第2話 店舗実習1 接客
地元の飲食店での実習が始まった。
カフェやレストラン、ケーキ屋、パン屋など2.3人に分かれて受け入れてもらった。
「麻帆はカフェにしたんだ」
「なんかかっこいいから。おしゃれだし」
学校から10分ほど徒歩で離れた場所にある、ひだまりカフェに決めた。一緒に行くのは、
二人は付き合っているらしい。
今朝クラスメイトから教えられた。あたしは二人の関係にぜんぜん気づいていなかったから、少しきまずい。
一度登校してから、各店舗に向かう決まりになっていて、あたしたちは三人でひだまりカフェに向かっている。
大浦さんは桃谷くんを見上げ、ボブヘアを揺らして、頷いたり笑ったりしている。
桃谷くんも楽しそうに話している。
高さのある肩を並べて仲良く話している二人を、二歩ほど後ろから見ていた。
「なんか入りづらい」
普段から二人と仲の良いグループではない上に、付き合っていると聞かされて、さらに話しかけにくくなった。実習は明日もあるのに。
「気にしなくていいんじゃない。必要以上に仲良くしなくても大丈夫」
「そっか。そうだね」
一緒に実習を受けるんだから、仲良くしないとダメかなと思っていたけど、お姉ちゃんがそう言うなら、それでいいよね。
一軒家の一階にある、ひだまりカフェに着いた。淡い黄色を基調にした暖かな外観。黒板に描かれたチョークアートがあたしたちを出迎えてくれた。
お客さんに向けた高校調理科の実習生を迎えるメッセージと、あたしたちを歓迎する事をステキなイラストともに描いてくれていた。
桃谷くんが、ガラス越しに中を覗きながら木製の扉を開けた。チリンとドアベルが鳴る。
「いらっしゃい」
「今日と明日お世話になります。調理科三年の桃谷です。よろしくお願いします」
大浦さんとあたしも名乗って、ちょこんと頭を下げた。
「オーナーの樋口
40歳半ばぐらいかな、ママと同じぐらいに見えるオーナーさんと挨拶を交わして、お店のバックヤードに案内された。
あたしたちは高校の制服の上から自前のエプロンを着ける。
大浦さんはピンク、桃谷くんは青。二人のエプロンをよく見ると、胸元にネコのシルエットが刺繡されていた。
「お揃いだ」
お姉ちゃんが呟く。あたしは見なかったフリをして、買ったばかりの深緑のエプロンを着けた。
「ではまず、お掃除からお願いします」
「はい」
お店に戻ると、オーナーさんから掃除の仕方を教わった。
天井から下がったオシャレなライトの傘を拭き、窓をピカピカにして、テーブルと床を拭いてアルコール除菌をして、個包装された焼き菓子を置いてあるレジ周辺も拭いて、トイレを掃除して。開店前からやることがたくさんで、手分けしたのに汗だくになった。
「お疲れ様。開店前に、ドリンク一杯ずつ飲んでいいよ。メニューから選んでね」
やった、と喜びながら、メニューを覗き込む。メニューは手書き。優しさを感じる少し丸い文字と、かわいいイラストが描かれている。
「看板商品は、生ジュースですか?」
桃谷くんがオーナーさんに訊ねた。
「ええ、そうよ。果物農家さんと契約してて、皮に傷ができて販売できないけど、味は変わらない新鮮な果物を、旬に合わせて分けてもらっているの。オレンジだけは定番メニューにしてるけど、種類は季節によって変えているのよ。今は甘夏ね」
「やっぱり、看板商品がないと。経営は難しいですか」
「そうね。立地の良い所だったら一見さんだけでやっていけるだろうけど、うちみたいに個人で住宅街にあるお店は、リピーターさん頼りだから」
桃谷くんが納得顔でふむふむ頷いて、生オレンジジュースを頼んだ。
大浦さんは生イチゴ、あたしも生オレンジを頼んだ。
キッチンは二階にあって、コップに注ぐのも自分たちでやった。
オレンジの濃厚な甘みと酸味が爽やかで、掃除で少し疲れていたからリフレッシュできた。
メニューはジュースの他に、サンドイッチ、ホットサンド、ピザトーストなどの軽食と、パスタは日替わりで3種類、ケーキが数種類あった。
厨房から料理専用のエレベーターを使って一階で受け取って、提供していると教えられる。
まずは二人が一階で、一人はキッチンをお願いと言われて、あたしたちは目を交わし合った。
「あたしはどっちからでもいいよ」
一緒に働きたいなら、二人が一階で接客からしてもらっていいし、やりたい方を優先させていい。
二人が決めるのを待っていると、
「僕、キッチンからいいですか?」
と桃谷くんが手をあげた。
「じゃ、女子二人は接客からね。お昼の混雑がすんだら、どちらかと交代しましょう」
促されて一階に戻る時、大浦さんは心細そうな顔で桃谷くんを見ていた。
♢
「い、いらっしゃいませ」
今日初めてのお客さんがカフェの扉を開けた。軽やかなドアベルの音とは逆に、あたしと大浦さんは緊張して、がちがち。挨拶の声も上擦ってしまった。
「ああ、高校の実習生。もうそんな時期なのね」
「一年はあっという間ですね」
女性のお客さんがオーナーと話をしながら、奥の席に座った。
「さっき教えた通りにやってみようか」
「はい」
開店前に、オーナーから接客の流れを教わった。
あたしと大浦さんは、どっちが行く? と目を交わし合った。
「ご注文は、お決まりですか?」
結局あたしが先に行くことになった。オーダー表とボールペンを持って、お客さんの席に向かう。
「ホットサンドのセット、アイスのカフェオレで」
オーダー表に座席番号とホトサン+アイオレと書く。
「ご注文を確認いたします。ホットサンドのセット、ドリンクはアイスカフェオレで、ございますね」
「はい」
お客さんから確認の返事をもらうと、今度はレジの裏に行って、カラオケボックスにあるような電話でキッチンにオーダーを伝える。
5分ほどして、調理用エレベーターが降りてきた。ブザーが鳴って、扉を開けると、香ばしい匂いを漂わせる木のトレーに載ったホットサンドとドリンクが届いた。
オーダーの品をトレーごと受け取り、さっきのお客さんに届ける。
本を読んでいたお客さんが、顔を上げて「ありがとう」と言ってくれた。
ぺこりと頭を下げて、テーブルから離れる。
学校でサーブの勉強もしたけど、緊張のあまり全部抜け落ちていた。
お昼を回って、お客さんが増えてくると、気持ちが焦った。
テーブル番号を間違えてオーダーの品を持っていってしまったり、大浦さんと何度かぶつかりそうになったり。零したり落としたりはしなかったけれど、何回かひやりとした。
ようやくお昼の混雑が落ち着いて、お昼休憩どうぞ、と言われた時には、すっかり疲れてしまった。
三階の休憩室に3人が集まる。あたしと大浦さんはぐったり。持参したお弁当はテーブルに置いたけど、手を付けてない。あたしたちは食欲がないのに、桃谷くんは楽しそうにしていた。
「食べないと、持たないよ」
お姉ちゃんが言ってくるから、仕方なく身を起こして箸をつけた。
「昼からの交代どうする?」
桃谷くんが聞いてくる。大浦さんを見ると、なんだか不機嫌そうだった。桃谷くんをちらりとも見ていない。
大浦さんは桃谷くんと一緒に接客がいいのかなと思って、「あたし、キッチンに」と言おうとして、
「私、キッチンに行く」
大浦さんに先を越された。
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