第17話 和解

「さて、麻帆。どうして今日は出てこなかったのかな」


 夕食後、部屋に戻った私は、麻帆に話しかけた。

 怒っているわけではないけれど、約束を破ったのだから、理由ぐらいは知っておきたい。


「ええっと‥‥‥」

 麻帆は言いにくそうに、口ごもる。


「小さい頃から教えてきたでしょ。約束をしたなら、ちゃんと守ることって」

「ごめんなさい」


「起きられなかった? それとも、起きられない事情でもあった? 体、っていうか意識? に何か異変はない? 大丈夫?」


 どちらかという、そこが一番気がかりだった。

 私たちに起こっている出来事は、不思議過ぎて次に何が起こるか予想がつかない。

 だから心配になってしまう。


「それは大丈夫だと思う。時間の感覚がわからなくて寝坊した、みたいな」


 体内に目覚まし時計をセットしているわけでもないから、起きる時刻がわからないのは理解できた。


「長い時間眠っていたから仕方がないとは思うけど、できるだけ起きているようにしなさいね。昼間は起きて、夜に寝る。慣らしていかないと、体に戻った時が大変だよ」


 安心したからか、ついお小言こごとになってしまった。


「う‥‥‥ん」

「歯切れ悪いね。まさか、ずっとこのままでいいなんて、思ってないよね」


「お姉ちゃんが良ければ、このままでもいいのかなって」

「良くない。お姉ちゃんは幽霊。この体は麻帆の物なの。麻帆の意識が動かしてこそ、なんだから」


 どうしてかわからないけど、麻帆に元気がない。声が沈んでいる。


「辛い時は逃げてもいいって、言ってたのに」

「逃げちゃダメな時もあるの。今がその時。お姉ちゃんだっていつまでこっちにいられるのか、わからないんだから」


「ずっといないの?」

「お姉ちゃんに聞かないでよ。不思議な現象に答えなんて出せるわけないんだから」


 麻帆が黙る。ちょっといい過ぎたのかな。

「気が乗らないの?」


「そうじゃないんだけど、あんなこと言っておいて、戻るなんてしていいのかなって」

「そんなこと気にしてるの?」


「だって、ついこの間のことだから、あたしには」

「あ、そっか。そうだったね。気がつかなくてごめんね」


 麻帆とケンカをした日から、現実の時間は九ヶ月経過しているけれど、眠っていた麻帆にとっては、ほんの少し前の感覚なんだ。だから気まずくて、困ってたんだね。


「お姉ちゃんとケンカしたの初めてだったし、それに完全に八つ当たりだったから、お姉ちゃんに呆れられても仕方がないし、酷いことたくさん言ったなって」


「つらかったよね。勇気を出したのにママとパパに反対されて。お姉ちゃんも悪かったなって思ってた。私がいたら味方になってやれたのにって。だけど声は届かなくて、何もしてやれなかった。無責任だった。ごめんね」


「ううん。お姉ちゃんがあたしのためを思ってくれてたのはわかってた。お姉ちゃんはいつも気づかってくれるから。一人でパパとママに立ち向かって、非力な自分を知って、情けなかった。お姉ちゃんに頼り切ってた」


「それは、私が過保護にしちゃったからだよ。私が幽霊になったのは、麻帆を私から独り立ちさせるためだね。いつまでもお姉ちゃんに甘えてちゃダメ。麻帆が自分の足で立てるようにしてきなさいって、神様が遣わせてくれたのかも」


「じゃあずっといてよ」

「独り立ちしません宣言しないで。しっかりしなさい」

「う‥‥‥わかった」


 素直でよろしい。

 思い返せば、麻帆に反抗期はなかった。それだけ私や家族を信頼してくれてたんだろうけど、私たちも甘やかしすぎてしまった。麻帆が可愛かったから。


「それで、これからどうしようか。どうやったら私、幽霊に戻れるんだろうね」

「戻らなくていいよ。このままで」


「ええ? 大丈夫なのかな」

「なにが?」


「だって、一つの体に、二つの意識って。脳と体のバランスとか、平気なのかなって」

「まあ、いいんじゃないの。楽しいし」


「楽しい、のかなあ。まあ、麻帆がそれでいいならいいけど。それで、まだ体の主導権を取り戻すつもりはないわけ?」

「それは、おいおい?」


 少し明るい声になってきた。本来の麻帆が少し顔をだしてきたかな。


「適当だなあ。戻りたくないの? 早く料理したいでしょ」

「しばらくお姉ちゃんの手際を観察してるよ」


「なにそれ。手際が悪いってバカにしてるなあ」

「してないしてない。お姉ちゃんも、料理が苦手なままだと、成仏しきれないでしょ」


「言うなあ。じゃあ、お姉ちゃんが実習受けるから、麻帆は座学受けなよね。おあいこでしょう」

「まあ、それもおいおい。じゃ、おやすみ」


「待ちなさい。麻帆。ったくもう」

 驚くほどの速度で麻帆は眠ってしまった。


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