第11話 新しい付き合い
「木戸さん、私、調理科に転科することにしたの」
終業式の日、私は木戸さんにだけ転科を告げた。
「え?! 看護科辞めちゃうの?」
木戸さんは目を大きく見開き、顔を強張らせた。
「一年間仲良くしてくれてありがとう」
「‥‥‥」
何も言わず、ぽかんと口を開けている。
「突然でごめんね。一学期が終わった時から、私に看護師は無理だなって思ってて」
木戸さんは一度唇を嚙み締めたあと、その唇を舐めた。
「寂しくなっちゃうよ。一緒に頑張っていくんだって思ってたのに」
文句の一歩手前、ぎりぎりのところで感情を抑えている顔だった。眉が下がり、唇を軽く震わせている。
きっと本音は裏切られたと思っているだろう。でもそれを言ってはいけないと、自制心を働かせてくれたのだと思う。
学校では長い時間を一緒に過ごしていたけど、学校の外では一度も会わなかった、深いようで浅かった関係性。
連絡先の交換はしているけれど、私が転科すると連絡を取らなくなるような気がしていた。
私は次のクラスで新しい付き合いが始まるし、木戸さんは同じクラスのままだけど、そのままだからこそ、出来上がっている関係性に入っていかないといけない。
「料理が好きっていうだけで、仕事にするのは難しいかもしれないけど、でも頑張る。木戸さんも看護の勉強、頑張ってね」
「私は諦めないから」
強い力で見つめてくるその目に、麻帆の姿はすでに写っていなかった。
◇
四月になって、新学期用の教科書を受け取るため、リュックと頑丈な袋を持って登校した。
体育館に向かうと、生徒たちの話し声ががやがやと響いていた。
学年学科毎に分かれて、受け取るようになっている。
二年の調理科を見つけて向かうと、こっちに来る木戸さんを見つけた。すでに教科書を受け取っていた。
木戸さんも私に気がついてくれた。笑いかけ、挨拶をしようとしたけれど、木戸さんは気まずそうな顔をして素早く通り過ぎた。
彼女の中では麻帆は裏切り者で、終業式から二週間ほど経っていても許せない存在になっているようだ。
わかりあい、お互いにエールを送り合える付き合いができればいいなと思っていた。
寂しいけれど、仕方がない。
気を取り直して、調理科の順番に並んだ。
目の前には、三人の女子が話をしながら並んでいた。
「あの、調理科の二年の列で合っていますか?」
合っているのはわかっていながら、話すきっかけを作るために訊ねた。
三人の視線が私に向く。
「あ、はい。合ってるけど、え? クラスにいた?」
三人が困惑するようにアイコンタクトを取る。
調理科も看護科と同じで、一クラスしかない。だから三人が私を見て戸惑うのは無理もない。
「四月から調理科に転科することになりました、海野麻帆と言います。よろしくね」
にこりと笑顔を浮かべると、三人の顔が晴れた。
「そうなんだ。よろしく」
「どこの科にいたの?」
別の生徒に質問された。
「看護科にいたんだ」
「看護科は毎年出るらしいね。普通科に行く人が多いみたいだけど、海野さんはどうして調理科に?」
「体について勉強している内に、食に興味が移って。それに料理が好きだから。でも一年遅れてるから、頑張らないと置いていかれちゃうね。いろいろ教えてくれると嬉しいなって」
「うちらで良ければ。ねえ」
三人が頷いてくれる。いい子たちそうで良かった。
「ありがとう」
彼女たちの順番が回ってきたので、お話はそこでストップ。私も順番を待って、二年分の教科書とコックコートを受け取った。
他の子たちの倍以上の荷物を抱えて列を離れると、さっき話したクラスメイトになる三人組が近くで待っていてくれた。
開いているスペースに移動して、リュックに収めていく。
「コックコート、新品。いいなあ」
袋に入った白いコックコート上下と帽子を見て、一人が羨ましそうに言った。
「一人だけ新品って、浮きそうじゃない?」
「すぐに汚れちゃうよ。気がついたらなんか飛んでるからね。油とかおしょう油とか」
「そうそう。気にしなくて大丈夫だよ」
「本当? 緊張してたんだけど、お陰でちょっと軽くなった。ねえ、お名前聞いていい?」
名前を教えてくれた三人と連絡先を交換した。彼女たちはクラスのグループラインに招待してくれて、転科してくるんだって、と紹介してくれた。
初日から知らない教室に入るのは少し抵抗があったから、事前に情報を共有できて、よかった。
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