第3話 麻帆になりきるには

「おはよう。体はどう?」

 退院した翌朝、リビングに下りてきた私をママが気遣う。


「平気。もうなんともないよ」

「そう。無理はしないで、疲れたら横になっているのよ」


「はーい」

 麻帆らしい受け答えができただろうか。演技の経験はないから、どきどきする。


 冷蔵庫から飲むヨーグルトを取り出して、ガラスコップに注ぎながら、ママの様子をこっそりと伺う。

 ママはフライパンに卵を割っているところだった。「あ、失敗」指で殻を取って、あちちと言っている。

 大丈夫そうだ。


 ママの大雑把なところを見て、思わず笑みがこぼれた。

 麻帆もママに似て、大雑把だったなあと。


 私がスケールや軽量スプーンをきっちりと使って料理をしている横で、「大さじ2こんなもんかな」としょう油さしを傾けて、「あ!」と明らかに入り過ぎた声を上げていた。

 それでも私より美味しい物を作ってしまうから、姉としては少々情けない。


 お菓子もその調子で作ってしまい、膨らまなかったり、逆に膨らみ過ぎて破裂したり、型からはみ出たりと、たくさん失敗した。

 そしてお菓子に関しては、目分量はアウトだとすぐに気がついて、計量するようになったし、レシピをきちんと見て作るようになった。

 それでも失敗をしてしまうので、お菓子作りは料理上手な麻帆にも難しかったようだ。


 失敗をしても、二人で一緒に作ることが楽しかった。

 頬についた粉を払ってあげるつもりが、私の手についていた分を余計につけてしまい、「粉だらけになったよ」と麻帆が楽しそうにきゃっきゃと声を上げる。


 無邪気な麻帆を思い出して、私に演じられるだろうかと心配になってきた。

 甘えられることはウエルカムだけど、甘えるのは苦手。

 長女ゆえなのか、環境なのか、私の性格なのか。


 しっかりしてるね言われ慣れているので、人に甘えている自分の姿が想像できない。

 イメトレが必要なようだ。


 麻帆と一緒に行動をすることが多かったから、今後の予定は覚えてる。私がいない間に誰かと約束しているかどうかは、麻帆のスケジュール帳で確認しておこう。


「あのね、麻帆」

 考え事をしている間に、朝食を作ってくれたママが向かいの席に腰を下ろした。話があるみたい。言いにくそうにしている。


「今日、担任の先生と会ってくるから。転科について、詳しく訊いてくるわね」


 そうだった。それについてもきちんと考えて、答えを出さなきゃ。

「うん」

 と頷いたものの、それだけでは不十分だと思い、「まだ決めたわけじゃないって伝えて欲しい。もう少し考えたいから」とつけ加えた。


 ママが頷いてから、

「明日の法要はキャンセルして、お盆に納骨をすることにしたから。お姉ちゃん、もう少しいるからね」と言った。


 私の一周忌と納骨の法要。それもあった。

「わかった」

 明日のキャンセルは、麻帆の心情に配慮したんだろうな。

 私も複雑だった。自分の法要を見ることになるとは。


 ベーコンエッグとトーストを食べ、洗面所で歯を磨く。

「歯磨き、いつも夜しかしないのに、珍しい。どこかに出かけるの?」

 洗濯機の終了ブザーが鳴って、脱衣所にやってきたママに「あら」と驚かれた。


 しまった。つい習慣で磨いてしまった。

 食後の歯がざらざらする感覚が苦手で、私は毎食後、歯を磨く。

 麻帆はめんどくさいと言って、出かける前と夜しか磨かない子だった。


 同じ環境で育った姉妹なのに、習慣すらも違っていた。

 これが個性か、おもしろいな、と考えながら二階に上がる。


 麻帆の部屋に入り、机の上のスケジュール帳を開いた。

 人の秘密を黙って見ているようで、気が咎めるけど、こればかりは仕方がない。

 頭の中の麻帆に呼びかけてみたけれど、反応がなかったから。


「志乃ちゃんとの約束だけだね。木戸さんと約束してないんだ」


 麻帆と一緒に登校してみて、交友範囲が狭いことには気がついていた。

 明るい子だから、誰ともくったくなく話しをするけれど、深い付き合いは志乃ちゃんだけ。


 木戸さんとは学校で一緒にいるけれど、私のことを話していないことから、まだ心を開くまでではないかんじ。


 人見知りはないはずだから、麻帆が他人と距離を置くのはどうしてなんだろう。


「麻帆、朝だよ。起きないの?」

 声をかけるも、麻帆は応えてくれない。

「お姉ちゃん、自分の法要に出席することになるのかな。困惑してるんだけどな」


 独り言はむなしく部屋に響いて消えていった。

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