第12話 勇気を出して
期末考査が終わって短縮授業になり、今日は終業式だった。
自分なりに勉強を頑張ってきたけれど、専門教科の点数は伸びなかった。中間考査よりは、ほんのちょっとましだった程度。
問題を解いている時から、もう無理だと諦めてしまうほど。
お姉ちゃんに転科の道もあると勧められてから、ずっと迷っていた。
かっこ悪いからなんとか頑張りたい。でも頭に入ってこない。
気持ちばかり焦って、勉強に集中できなかった。
そんな時に料理をすると、気持ちを落ち着かせることができた。
中間考査の後から、週一回程度だった料理が、週末は必ずするようになった。
「旨いな。うん。どんどん腕が上がってるんじゃないか」
「ほんとに?」
帰宅したパパが、夕食を褒めてくれた。
先に食べたママもパパの隣の席で「そうなのよ」と頷いてくれる。
今日は鶏もも肉の甘酢ダレ炒め。
塩とコショウで下味をつけた鶏もも肉に、料理酒を振りかけてしばらく置いておく。
片栗粉をまぶして、ごま油で揚げ焼きしている間に、ニンジン、タマネギ、ニラに火を通して、酢と砂糖と醤油を混ぜた甘酢だれに漬けて、冷蔵庫で冷やす。
焼き上がった鶏もも肉と甘酢ダレをからめて出来上がり。
7月後半に入って、毎日暑くて食欲が落ちるから、さっぱりと食べられ物をと考えた。
パパもママも、喜んで食べてくれた。
今日は二人に決心を伝えたいと思っていた。ご機嫌を取るために作ったわけじゃないけど、話すならやっぱり機嫌が良い時の方がいい。
「あのね、相談があるんだ」
「どうした、改まって。何か欲しい物でもあるのか」
「欲しい物ってわけじゃないけど、進路のことで、話したいことがあって」
「進路? まだ一年の夏なのに、決めないといけないことでもあるのか? 研修先とか?」
「違うの。あのね‥‥‥」
言いだしづらい。パパとママは、看護科に受かった時、とても喜んでくれた。お姉ちゃんを失った我が家に訪れた、久しぶりの笑顔だった。
あの顔を思い出すと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
両親の後ろ、骨壺を置いてある棚の横に佇んでいるお姉ちゃんをそっと見る。
お姉ちゃんは両手を胸の前で力強く握っている。頑張れと応援するように。
よし、と心の中で気合を入れて、向かいに座るパパを見つめた。
「看護科から調理科に移りたいと思ってるんだ」
やっと言えた。
パパとママが何て言うのかわからないけど、少しだけ、心が軽くなった。
お姉ちゃんは拍手をしてくれていた。
「看護科の勉強がとても難しくて、あたしの頭じゃ無理なのかなって。あたしなりに努力はしたんだけど、中間も期末もあまり点数が伸びなくて。ダメなのは専門教科だけで、一般教科は平均点以上取れてるから、転科するなら早い方がいいのかなって思って」
パパがお箸を置いた。まだ半分残っている。食べ終わってから話をした方が良かったかな。
「結論から先に言うぞ。パパは反対だ」
「え?」
「まだ一学期が終わったばかりだ。難しい用語を覚えるのは、とても大変だと理解はする。命を扱う仕事だからな。でも慣れればなんとかなるものじゃないのか? ママはどうだった?」
「そうねえ。歯科も聞き慣れない言葉と略語がたくさんあるわよ。『虫歯』は『う
「ママは転科に賛成?」
パパの質問に、ママは少しだけ口をつぐんだ。考えているのか、うーんと言ってから言葉を出した。
「命に関わる仕事だから、無理強いはしたくない。お給料はいいし、安定してる。でも勤務時間が不規則だし、責任感の必要な仕事でしょ。医療ミスのニュースを見ると、ヒューマンエラーって怖いなって思うから。でもね、パパの言うように、まだ一年の一学期が終わったばかりで、諦めるのは早すぎる気もするかな」
ママは、パパみたいに即反対はしなかった。仕事柄、慎重に返事をしたように思った。
「ダメってこと?」
「もう少し頑張ってみて欲しいっていう話よ」
「もう少しってどれくらい?」
「どれくらいって‥‥‥」
二人は顔を見合わせて、パパが言葉を継いだ。
「とりあえず一年とか。それを乗り越えたら、達成感にも繋がるだろうし。慣れてもくるだろうし。五年もあるんだから、焦らず気長にやっていこうや。な」
「パパたちにしたら五年は長いかもだけど、あたしは一年をムダにしたくないよ」
「そもそも、麻帆はどうして看護科に入ったの? 看護師になりたいなんて、ママ聞いた覚えがないんだけど」
「それは‥‥‥」
明確な理由はないから、言葉を考えてしまう。
お姉ちゃんをあたしのせいで亡くして、責任を感じたから。あの時は、それが最善に思えた。向いてるかどうかや、自分がなりたいなんて、考えていなかった。
「お姉ちゃんの遺志を継いで、みたいな?」
ようやく絞り出した言葉に自信が持てなくて、疑問形になってしまった。
「今、その気はないってこと?」
「‥‥‥」
ママの鋭い追及に、何も言えなかった。
「もし料理を逃げに使っているなら、ママも反対する。こっちがつらいからあっちに、なんて料理に失礼だと思わない? 確かに料理の腕は上がってるけど、しょせん家庭料理。レシピを見ればほとんどの人が作れる物。プロはそうじゃない。自分の味や盛り付けを、一から作り出していかなきゃならない。そのために厳しい修行を何年も、何十年もしないといけないの」
「逃げてないよ」
一応、反抗してみるけれど、自分でもそう思ってるから、声は小さくなる。
気分転換のために料理をしているところがあったから。
「厳しい事を言ってごめんね。麻帆が料理を甘く見てるように思えたから、料理人に失礼だなって思ったの。ママもパパも、麻帆の料理とても大好きよ。料理は続けて欲しいとは思ってる」
「もし、あたしが最初から調理科に行きたいって言ってたら、反対しなかった?」
「そうね。最初から決めていたのならね。でも、料理が嫌になったから普通科に行きたいって言ったら反対する。今と同じことよ」
「それじゃ、あたしが間違えたんだ。お姉ちゃんみたいになれたら、責任を果たせるのかなって思ってた」
一時の感情に流され、結果、投げ出そうとしてる。ああ、情けないな。自分を嫌いになりそうだった。
「パパたちは、麻帆のせいじゃないって言ったろ。最悪の事態がたまたま重なっただけだ。責任なら、パパにある。パパに海や波の知識がなくて、麻帆たちに伝えてなかったせいだし、あの時二人を見てなかったから」
「ママにだって責任があるわ。みんなが油断してたせいでもあるけど、誰も予想してなかった。考えもしなかった。麻帆ひとりが責任を感じることはないの。パパとママの責任なんだから」
食卓が暗く重苦しくなる。お姉ちゃんを失った直後のように。
「あたしに責任がないんだったら、あたしはあたしでいていいってことだよね。お姉ちゃんにみたいにならなくてもいいってことでしょ」
「パパもママも、汐里の代わりなんて求めてない。麻帆は麻帆でいていいんだ。当たり前じゃないか」
パパの言葉に、ママが頷く。
「だったら、どうして転科はダメなの。看護科はあたしじゃいられなくなるから、調理科ならあたしらしくいられると思ったのに」
「看護師になるのが嫌なの? ただ勉強が嫌なだけなの?」
「同じだよ。看護師になるためには難しい勉強をたくさんしないといけなくて、その勉強についていけないんだから」
堂々巡り。両親にわかってもらえないことが、こんなにも悲しいんだなんて。じんわりと涙が滲んでくる。
パパとママの顔を見ているのがつらくなって、下を向いた。涙がぽたりと落ちて、ズボンを濡らした。
「麻帆、落ち着いて。転科するにしても、先生と相談しないと。定員が空いているかどうか、専門の授業の問題もあるし、学年の途中で可能なのかわからないし。勝手にできるわけじゃないのよ」
「そうなの?」
ママの言葉に驚いて、顔を上げる。
「そうよ。調べないで言ってたの?」
「簡単に移れるのかと思ってた」
「誰に教えてもらったのかわからないけど、自分できちんと調べないと。他人の噂や意見を鵜呑みにしちゃダメよ」
「他人じゃないよ。お姉ちゃんが言ったから」
「汐里が? あの子も転科を考えたことがあるのかしら」
ママが目を見開き、意外そうな顔をした。
「クラスメイトで普通科に転科した人がいるって。不登校になって、一年生からやり直したって」
「もう一度受験したのかしら。わからないけど」
ママから受験という単語が出て、初めてその可能性に思い至った。転科は試験無しで、いけるのだと思い込んでいた。一年生からだったら、もう一度受験したかもしれないんだ。
「また受験しないといけないの?」
「ママも知らないわよ。それこそ、先生に確認してみないと」
戸惑っていると、パパから呼ばれた。
「もし再受験で、一年生からってなったら、麻帆はどうするんだ? 料理の勉強のためにそれでもいいっていう覚悟があるなら、パパはもう反対しない。でも調理科も嫌になったから普通科に行きたいは認めない。ちゃんと考えなさい」
せっかく勇気を出して相談したのに、両親は反対だった。
上手く自分の気持ちを言葉に出来なかったのが悔しくて、唇を噛む。
「わかった」
何を言ってもわかってもらえない。納得できなくても、頷くしかなかった。
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