第7話 割天

「奥義〝割天かってん〟!」


 オトゥリアは強い魔力で空を切った。

 と同時に白く光る衝撃波が、アルウィンに向けて放たれる。


 身に迫る重い斬撃の音がアルウィンの鼓膜に警告音として響き渡った。アルウィンの直感が警鐘を鳴らしているのである。


 ───これはヤバい。


「ッ危ねぇ!!!」


 アルウィンは身の危険を感じ、落下途中で身体を無理矢理左に捻って軌道を変化させる。

 衝撃波はアルウィンの数インチ横の空間を轟音と共に通過し、訓練場の遥か後ろにある庭木を斬り裂いていた。


 斬撃を衝撃波として飛ばす技はレオンの所属するヴィーゼル流に存在するが、その技は魔力で身体を強化すればただの切り傷程度で済む技であるため、主に猫騙しの技として使われている。

 しかしオトゥリアの放ったものはヴィーゼル流のそれに比べスピードは若干遅く、似ても似つかぬ濃密な魔力をベースとした破壊的な威力であった。


「うわっ、凄く研ぎ澄まされた反射神経だね」


 ギリギリで回避したアルウィンに、オトゥリアが声をかける。予想もしなかった技を放たれてはあはあと息を切らすアルウィン。


「オトゥリア……!さっきの技は何だよ!」


「これが私の奥義のひとつ。アルウィン、私に追いつきたいならそっちも奥義を出さないとだよ。このままだと、本気の私に出会う前に潰されちゃうからね?」


「オトゥリア……」


 ───あの奥義も、今までもずっと本気じゃなかったってことかよ。そういえば前からそうだ……オトゥリアがオレに本気を見せてくれるのは勝負の行方が決定する最後の瞬間のみだったっけ。


 覚悟を決めたアルウィンは腰を低く落とした。オトゥリアもそれに応じ、目に力を込めてゆっくりと魔力を練り上げる。


「オトゥリア。これが今のオレシュネル流剣士だ!見ててくれよ!」


「アルウィン、私が6年間待ち望んでたのは……これだよ!」


 アルウィンは両足と右腕に魔力を込めて左手を前に突き出した。

 対するオトゥリアは木剣にありったけの魔力を込めていく。

 光り輝く剣の先が遠くのアルウィンの眉間と重なった。


「シュネル流奥義!〝七折蛇行しちせつじゃこう〟ッ!」

「奥義!〝割天〟」


 2人は同時に叫んでいた。


 アルウィンは縮地を最大魔力で発動させて〝割天〟を振るうオトゥリアのもとへ瞬時に到達し、身体を回転させながら右後方から左上へと円を描くように振り抜いていた。

 オトゥリアに捧げたこの技は、今までの鍛練の中で至高の一振りだ。


 アルウィンの木剣がたった今、オトゥリアの振り下ろす木剣に接触したというその刹那───轟音が訓練場に響き渡る。


「「はぁぁぁぁぁぁッ!」」


 互いに全力をぶつけ合う力み声。

 途端、砂埃が至近距離で睨み合う2人の周りを包み込んだ。


 2人の手の汗握る戦いを観ていた訓練兵、及び教官の騎士は格の違いに終始圧倒されることばかりであった。

 この戦いは、遂に6分という時を経て勝者が決まったのだった。


 砂埃がゆっくりと晴れていく。

 先程よりも速さと厚みが増していた飛ぶ斬撃。

 それを至近距離で浴びたアルウィンは、15ヤードほど遠くに転がっていた。剣も遠くへ投げ出され、オトゥリアの奥義が勝っていたことを優に物語っている。


 一方で無傷のオトゥリアは、煙の中で高らかに剣を掲げ、勝利宣言をする。訓練兵達から莫大な歓声と拍手喝采があがった───がその瞬間。オトゥリアの持つ木剣がバッキリと真二つに割れてしまったのだ。


「……えっ」


 オトゥリアの驚きを漏らす声と、観衆の興奮が最高潮に達するのは同時であった。

 アルウィンの奥義はオトゥリアの木剣の弱点を確実に突き、真二つに破壊していたのである。


「鈴蘭騎士も凄いけど、相手の男も凄いな」


「これが集団戦だったら、勝ってたのは相手の人だよね」


 などとアルウィンを称える声が増え、オトゥリアは自分の事のように嬉しさを感じて満面の笑みを浮かべる。

 飛ばされたアルウィンはよろよろと起き上がり、歩いてくるオトゥリアに顔を向けた。


「あーあ、痛えよ。また負けた…オトゥリアの背中はまだまだ遠いな」


 そんな彼を見て、オトゥリアは首を横に振る。


「アルウィン。これを見て」


 オトゥリアの左右の手には、綺麗に真二つにされた木剣があった。

 その2つの物体を見たアルウィンは目を大きく見開き、やがて少し頬をピクつかせる。


「アルウィン。これは私の剣。

 今回は……引き分けだよ。今まで私の背中を追いかけてきてくれてありがとう」


「引き分け……」


 今まで負けっぱなしだったオトゥリアに、6年の歳月がかかってようやく掴めた初めての引き分け。勝つことは出来なかったが、アルウィンは拳を高く振り上げ、喜びを顕にした。


 2人に盛大な拍手が贈られる。


「お2人とも、素晴らしい剣技を見せて頂き光栄です。私どもも精進致します。ありがとうございました!」


 教官の騎士が駆け寄り、2人に一礼。続いて、「「ありがとうございました!」」と訓練兵たちからの厚みのある声が沸き起こる。

 オトゥリアとアルウィンは、訓練兵たちに軽く手を振りながらもとの部屋へと戻って行った。






 ………………

 …………

 ……





 部屋に置かれた紅茶にフーっと息を吹きながらアルウィンはオトゥリアに目線を向ける。


「さっきの剣技はシュネル流でも…他の流派にも無い技が多かったな」


 オトゥリアが使っていた剣術は、今までアルウィンが戦ったことがある他の流派とは似ているが、本質はまったく異なったものであった。


「ヴィーゼル流やトル=トゥーガ流とかに似ていたけど、もっとなんだ?剣の威力を高めたみたいな?」


「やっぱ解っちゃったか。さすがアルウィンだね」


 オトゥリアはいたずらっ子のような笑顔でアルウィンを見る。不意打ちで見詰められたアルウィンは、耳を僅かに染めて、一度机に目を落としてから彼女の視線に応えた。


「これは私たちエヴィゲゥルドの王国騎士で独自に開発した剣技だなんだよ……」


「やっぱり、他の流派とは違っていたもんな。

 オトゥリアの姿、ヨハンさんが昔やってた剣にそっくりだったなって思ってた」


「彼はね、私のもう一人の師匠なんだよ。

 まだ仮称だけど、〝エヴィゲゥルド騎士流〟っていう剣技を開発したんだ」


「その剣技って……剣の重さに重点を置いて、相手の防御を崩すみたいな感じだよな?」


「ご名答。さすがアルウィンだねっ」


 両手を組みながら満面の笑みを浮かべるオトゥリア。


「騎馬に乗って剣で戦う時だと、バランスの悪さとかが相まって、防御主体のトル=トゥーガ流や、馬が駆ける速度を生かしたヴィーゼル流しか生かせなかったんど、この剣技を開発したことでもっと汎用性が高い剣術を騎馬隊でも使えるようになったんだ」


「シュネル流も足を使うから、普通の馬との相性は悪いよな」


 シュネル流と馬術は本来、相性が悪い。

 そんな中でゴットフリード家は、シュネル流に適応した馬を作るためにかなりの年月を費やして試行錯誤をしていた。

 けれども、そんな事が出来るのは、白兵戦最強と謳われるシュネル流を活用しようと思う歴代領主の尽力があったおかげだ。

 シュネル流が主流でない王都では、そんなことを考える人物などほぼ居ないだろう。


「シュネル流は馬との相性は良くないよね。

 私は所属が騎兵隊じゃないからいいんだけど、騎士団にシュネル流の人が私しか居なくて……自主練しか出来てなかったんだ。

 私のさっきの〝辻風〟はアルウィンには簡単に無効化されちゃったけどどうだったかな?」


「あの頃と変わらない、いや寧ろ、かなり研ぎ澄まされてて鋭かったよ。6年間誰にもシュネル流を教わらなくっても、忘れないでいてくれてありがとう」


 アルウィンの言葉に、オトゥリアは嬉々として口角をすこし上げる。


「こちらこそ……アルウィンには内緒で師範と手紙でずっとやり取りしてたんだけどね、アルウィンが奥義を全部習得したのを知って凄く嬉しかったんだ」


「えっ……?師範としてたのならオレにも手紙寄こしてくれれば良かったのに」


「アルウィンとは……手紙じゃなくって会って話をしたかったんだ。手紙だけで会えない関係は苦しいから……多分、耐えられない」


「そっか……」


 オトゥリアが会いたかったと言ってくれた。その事実にアルウィンは今までに出会ったことの無い、強烈な感動を覚えていた。


「オレは絶対に次の剣舞祭で騎士の座を勝ち取る。6年遅れてだけどオトゥリアに追いつくから……見守って欲しい」


 アルウィンのその一言に、オトゥリアは一瞬だけ、もの悲しげな目を浮かべていた。

 が、瞬時に表情を変えて満面の笑みに戻る。


「わかった。剣舞祭の日は予定を絶対に開けておくね」


 そう言うと、オトゥリアは紅茶のカップに入った残りをぐいと飲みきった。


「じゃあ、一旦ここでの話はこれまでにして、街でご飯にしよ!田舎から来たばっかのアルウィンには見た事ないものだらけだと思うから、私が食べ歩きついでに色々教えてあげる」


 オトゥリアは立ち上がり、アルウィンの手を取った。

 宿舎を抜けて駆け出す二人を、街の活気が包み込んでいた。

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