しんしん、ナゾは凱旋す

秋雨みぞれ

第1話 探偵がナゾを見つけるまで




「雪だ~!」



 ふわふわと舞う白い粉は、灰色の街を妖精のように飛び回る。

 掴もうと手を伸ばした少女の鼻に、意思に反してぼたん雪が乗った。


「冷たい……えへへ」

「風邪引くぞー、コト」


 コトと呼ばれた少女は、玄関口で寒そうに体を震わせる兄に走りよって、


「ポケット!

 手は入れちゃダメ!危ないよ!」


「……すまん」


 どれだけ珍しく楽しい景色でも、ダメなものはダメである。

 兄は慌てて手のひらをさすった。白い息を吐きながら、一歩を踏み出し――。


「え?」


 水たまりに足を滑らせ、仰向けに吹っ飛んだ。


「お兄ちゃん?!」

「痛ってぇ……っ!」


 その拍子に、リュックとお守りが地面とサンドイッチになる。

 ……頭は打っていないらしいが、尻を抑えて悶える兄はあまり見たくない。


 ぐぅぐぅと情けない声を漏らす兄に、コトは確信した。



(今日のお兄ちゃん……絶っ対、変!)



 いつもの兄なら、足が滑ったくらいでバランスを崩したりしない。自慢の体幹あにである。

 そもそも、凍った水たまりに気づかない時点で妙なのだ。

 よく観察してみると、今日の兄は何となくボケっとしている気がする。……家族の勘だけれど。


「じゃあ、出掛けてくる」

「どこ行くの?」

「……ちょっと」


 この答えはますます怪しい。明らかに『ウソです』って顔だ。目が泳いで素知らぬ方向を向いている。


 ……だが、心優しいコトはいつも通りの笑みを浮かべて言った。


「いってらっしゃ~い。

 気を付けてね!」

「……ああ、うん」



 兄に手を振る。

 曲がり角にそのリュックが消えた瞬間、コトはきびすを返して家に飛び込んだ。



「おかーさーん!

 お散歩してくる~!」


「はいはい、お昼前に帰るのよ~?

 あと、あんまり遠くには行かないで……」


「『何かあったらお巡りさん』でしょ!分かってる!」



 おやつにするクッキーを、ポシェットに仕舞う。お出かけ用のポーチを首から下げて、姿見の前でコトはくるりと回り……首をかしげた。

 お気に入りの桃色コートに、姉から貰ったココア色のブーツ。手袋も帽子も完璧なのに、何かが


 うんうんと悩むコトの目に映ったのは、机に広げられた新聞だった。

 正確には、その上に乗せられた虫メガネである。


「……これだっ」


 ブーツを脱ぐのももどかしく、コトは膝立ちで机に手を伸ばす。祖母が見たら眉をつり上げるだろう。

 ふわふわした心に促されるまま、コトはドアノブを押し込んだ。



「いってきます!」



 目指すは兄の行き先。

 こっそり尾行して、おかしくなった兄のナゾ、その真相を暴くのだ。










「あんれ?」


 その数分後。

 コーヒーを片手に戻ってきたコトの父は、新聞を見て眉をひそめた。



「かーさん? 机にあったルーペ知らない?

 あれがないと新聞読めないんだけど……」


「さっきコトが持っていったわよ?」


「えぇ………何でぇ?」



 娘のナゾの行動に頭を悩ませる親二人がいたことは、ここだけの話である。

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