第4話 バリキャリ母
「ただいま」
「おかえりなさい」
夜20時。母の真弓が帰宅する。
夜になっても暑さは引かず、母はシャワーに直行した。
お風呂場から出てくるのを待って、私はきんきんに冷やしたビールグラスを母に渡した。
「今日はこれのために、がんばってきたのよー」
「お仕事お疲れ様でした」
私が注いだビールを、母はごくごくとグラスの半分まで喉に流し込んだ。
「プハー。いいねえ。ご褒美ビール最高」
いつもは第3のビールを飲んでいるけれど、毎年この日だけは特別。
「お母さん、53歳のお誕生日おめでとう」
「歳を取るのは歓迎しないけど、ビールが飲めるのだけは嬉しいね」
ショートの毛先からぽたりと雫が滴り、母は首に巻いたタオルでわしゃわしゃと髪を拭いた。
「ご飯はソーメンチャンプルなんだけど、ご飯の前にこれ見て!」
昼間に作ったバタークリームサンドを手渡した。
「え!? 作ってくれたの?
「初めて作ったから、美味しいかどうかわからないけど」
「食べていい?」
「どうぞ」
夕飯の前にも関わらず、母は好物にかぶりついた。
「んー。美味しい。しっとりめのクッキーにラム酒のきいたレーズンとクリーム。いいよ、いいよ」
相好を崩した母は、上機嫌でバタークリームサンドを二つ食べてくれた。
私も一個もらって食べてみた。上出来な仕上がりで大満足。
また一つ、私が作れるお菓子が増えて、うきうきする。
ソーメンチャンプルを作って、母が食べている間に、私もシャワーを浴びた。
髪を拭きながらリビングに戻ると、
「彩綺、ちょっといい?」
母に呼ばれた。アルコールを摂取したように見えない、真面目な顔をしている。
私はなんだろうと思いながら、母の向かいに座る。
「歯医者の仕事を辞めて、何カ月だっけ?」
「三か月ぐらい」
「再就職は考えているの?」
「一応」
ネットや雑誌で求人情報を探しているけれど、面接にすらまだ行っていない。
「22歳といえばもう大人だから、お母さんも細かいことは言いたくないのよ。でも先のこと、考えているの?」
それを言われると、口を閉じるしかない。
私が3歳の時、父が交通事故で亡くなった。それからは母ひとり子ひとりで暮らしている。
あまりにも幼い時に父がいなくなったので、私の記憶に父の姿はほとんどない。写真や動画で見た姿を覚えているだけ。
母は不動産会社で働いていて、営業部長を任されるバリキャリ。活動的だし、体力も私よりある。
この母から生まれたのに、私は根気がない。外で働くのを少し苦手に感じている。
ただし、家事はわりと得意な方だ。
小学生の頃から母と家事の分担をしていたので、炊事も洗濯も掃除もこなせる。なんなら、雑な母よりも上手だと自負できるぐらい。
「彩綺はさ、器用なんだから、それを生かした仕事はどうなの? ハウスキーパーとか」
「う‥‥‥うん」
答えられない。家庭レベルのスキルでお金をもらっていいのかなと思うし、他人の家に上がるのは、ためらいがある。
仕事はしなきゃいけないのはわかっている。
求人情報を見てはいるけれど、したいなと思う仕事はなくて。
この三か月、まだ一度も応募をしていない。
怠け癖がついてしまったのかな。
「じゃあ、アルバイトからしてみない?」
そう言って、母から一枚の書類を渡された。
次回⇒第5話 アルバイトのすすめ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます