皆既日食注意報

山口鳶

第一回 推しです、先生。

 高校という箱の中で生きる私たちは、テレビの中より近い存在に惹かれやすいのだと思う。

画面の先の世界よりも、足を運んで会えるアイドルよりも、ちょっと身近なみんなが知っている人、それが“先生”という存在。


高校生のわたし達にとって誰よりも近いその人達は、もはや芸能人のような存在だ。


そしてわたしは、出会ってしまった。

“推し”と呼べる先生そんざいに____。




 その人に出会ったのは高校一年の夏の時だった。

うざいくらいの熱を帯びた空気に飽き飽きしながら、忘れ物を取りに学校に行った夏休み某日。

それは漫画のような出会いだった。


ドサッ

廊下の角から急に現れた人にぶつかり転けたわたし。

その人は何かプリントを持っていたらしくぶつかった衝撃でプリントが散らばってしまっていた。

「ご、ごめんなさい!」

慌てて謝り紙を拾い集めるわたし。

その人は片手でわたしを止めて一言。

「怪我ない?」


捲り上げた白シャツの袖から見える細い腕。

結ばれた長めの黒髪、から見えた長いまつ毛と息を呑むほど綺麗な瞳。

まるでテレビから出てきたようなその人の首元には職員証がぶら下がっていた。


いつの間にか紙を全て拾い上げていたその人は立ち上がり、この場をさろうとしていた。

「あ、あの!」

わたしの声に振り返る。

わたしは必死に呼び止めた言い訳を考える。

数秒の時間。だがわたしには一時間ほど長く感じた。


「……い、一年三組の教室ってどこですか。」

「この上」


遠ざかる背中に遅れて小さなありがとうを呟く。


その人の名前は、高良東たからあずま

その日から高良先生は、わたしの新しい“推し”になった。


◯⚪︎・


 高良先生は学校のちょっとしたアイドルのような存在だった。

顔がカッコよくて、若くて、少し気だるそうなクールでミステリアスな雰囲気が女子高生の人気に火をつけていた。


“カラス”


一部の生徒が先生をそう呼んでいたのを聞いて、わたしはカッコいいと思った。


ファンがいるおかげで高良先生についてたくさん情報を得ることができた。

身長から誕生日、嫌いな食べ物もまでわたしは高良先生を知っていった。


でも、先生との接点はなくわたしは直接姿を見ることも少なかった。

来年こそはと願うものの、二年は高良先生は一年の担任になってしまった。


そっと影から姿を見るだけ。


でもやっぱり、先生と話したい。


でもそんな勇気は出ず、わたしは三年生になってしまった。



「担任の高良東です。一年よろしくお願いします。」


顔が真っ赤に爆発した。

その時、わたしは人生全ての運を使い切ったのではないかと思った。






 全ての成り行きを話し終えるとわたしは額の汗を拭う。

目の前で推しであり担任になった高良先生がなんだか複雑そうな表情でコチラを見ている。

憧れの先生が目の前にいるだけでドキドキするのに、見つめられてしまうと困ってしまう。

(冷静に、冷静に。)

わたしはすっと表情を消して先生の目を見返す。


(……)

(……)


わたしが沈黙に耐えられず口を開こうとした時、先生が言う。

「……、今お前の進路の話をしているんだけど」


(名前呼ばれた)


わたしは喜びを顔に出さないようにしながら相槌を打つ。

「はい、わかっています。なのでわたしは先生との出会いについて話をしました。」

「なんでお前の話に俺が出てくる」

「それは……先生がわたしの担任推しだからです」

理解できない、という顔をする先生。


「先生はわたしの好きなこと、夢について聞きましたよね。なのでわたしも今の自分についてできるだけ細かく話しました。

ちなみにわたしの今の夢は、先生の写真を撮ることです。」


「……カメラ向けんな」

先生がぐいっとわたしのスマホを下に向ける。

少し困った顔を見れて嬉しいと思ったことは秘密だ。


「写真嫌いなんだよ」

「……わかりました」

やむなくスマホをしまう。

そんなわたしを見て先生がぽつり。

「卒業式の時くらいならいいけど」

「!」


クールで人を寄せ付けないような雰囲気だけど時折見せる優しさが心に沁みる。

そんな高良先生は、わたしの推しで憧れだ。

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