第5話:南美亜子
うめき声を上げた三宅をよそに、人形は傍らに置いていた丸縁の眼鏡を掴み、体を起こす。
眼鏡をかけた小柄な女子生徒は、小さな丸顔に黒く無骨な丸縁眼鏡がアンバランスだった。
「寝ている女性の顔を覗き込むのは、感心しない」
「寝てたんですか……。驚かせないでください」
「いや、寝ていない。正確には横になって目を瞑っていた。私は目を開けただけで、勝手に驚いたのは君の方だろう」
「それは、そうですけど」
「何の用事だ? 部活に戻ってくる気になったか?」
「いえ、今日は聞きたいことがあって」
「幽霊の話か」
「なんで……それを」
美亜子はにやりと口を歪める。
「当てずっぽうだよ。つい最近のトレンドと、君が何故わざわざ今日に限って、私を訪ねたのかを考えてみただけだ。だが、簡単なまじないの効果かもしれないな」
ソファから立ち上がった彼女は、円卓の椅子の一つへと座りなおした。そして、傍らの椅子を三宅に勧める。
誘われた椅子に座り、鞄を床に置いた。以前は学校の備品のパイプ椅子だったが、木製で座面にクッションがある椅子に変わっていた。
「今日は、部活は休みですか」
「いや、活動日だ」
「その割には、部員は来ていないようですけど」
「一名を除いて揃ってるな」
三宅は首を傾げる。
部活から足が遠のく前は、十人以上は部員が居たはずだった。椅子が足りない、と当時の部長が生徒会やら教師陣やらと交渉するために東奔西走していたのを覚えている。
「……何か、やらかしたんですか?」
何がおかしいのか、美亜子はくっくっと押し殺したように笑った。
「私が部長になって、少しばかり趣を変えてみたら人が来なくなってしまって。今では私と千紗都だけだ」
美亜子が部長になったと聞いた時から薄々想像はしていたが、予想通りオカルト研究部は崩壊寸前らしかった。
「あの子も寂しがっているよ。名誉会員で良いから、たまには顔を出したらどうだ?」
「……いえ、遠慮しておきます。一度、辞めた身ですし」
「君の女嫌いも筋金入りだな。私や千紗都は平気なくせに」
美亜子の瞳が、じっと三宅を見た。
三宅は虚を突かれて返す言葉を失った。
まさに三宅が部活動を忌避したのは、見知らぬ誰か——特に女子生徒と、この狭い部屋で毎日顔を突き合わせる事態だった。
その性状は、千紗都以外は知らないはずだった。
「……千紗都はもちろんですけど、先輩もいいんですよ」
それ以上のことを、三宅は口に出さなかった。
三宅が美亜子を信じられる最大の理由は、
もちろん第二の理由は、美亜子自身に裏表がなく、どこか胡乱なところはあるが一定の信用はおけるという、三宅の個人的な評価による。
「そうかい。まあいいよ、部活は無理に勧めるようなものでもないしな。気が変わったら、また声をかけてくれ」
「……はい。そのときは」
そんな日は来ないだろう、という心の声を偽って返した言葉に、三宅の胸は僅かに痛んだ。
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