第21話 四章 白銀を裂く鉄の群れ パート3

 レヴィスは走っていた。

 全力疾走が向かうは南側。西側から迫っていた三十体ほどは、もう全て斬り殺した。

 体の各所に負傷はある。機巧の使用による劣化鉄血の蓄積が、手足の動きも鈍くしている。

 だが、関係ない。

 レヴィスの視界の先には、通常に数倍する巨大な精鉄レア個体の騎士が立ち上がっていた。その下の兵士たちの戦列は、錬鉄ノーマル個体の騎士たちにより半壊状態だった。

 そして、巨大な拳が今まさに振りかぶられている。

 さらに、立ち上がったアルフヒルドとソフィアが、しかし力尽きたように膝をつくのが見えた。

 だから、判断は即座だった。


内臓機巧エクスマキナ


 レヴィスの背中、改造された肩甲骨の中で、硫黄と混合された体内鉄血が錬金術により反応する。そして背中に開いた噴射孔より、点火された爆炎が恐るべき勢いで放出された。

 つまりこれは、彼に搭載された瞬間加速用装置クイックブースターである。


瞬鉄・疾風爆翼シュトゥルムスラスト


 常人ならば即座に五体が紙一枚の薄さに潰れてしまうほどの加速度を帯びたレヴィスの体が、雪原を刹那で離陸し一直線に飛翔する。

 巨体の鉄血騎士、その胸部へと。

 同時、レヴィスは両脚の機巧をも作動させ、圧縮鉄血の刃を展開していた。

 それは彼の意思に応じて形状を変化させ、爪先を回転軸とした螺旋らせん状の切削錐ドリルビットを形成する。

 そうして超音速の矢となったレヴィスが標的に突き刺さった。


『ぐおっ……⁉』


 着弾の衝撃に、鋼の巨体がのけぞった。

 そして眼下の兵士たちが、鉄血騎士までもが、我を忘れてその無茶苦茶な光景を見上げていた。

 岩盤じみた鉄血装甲に両足を突き刺したまま、レヴィスは背部からの熱噴射を維持しつつ回転する。

 鋼鉄を削る音が響く。すさまじい火花が、紙吹雪のように戦場に降り注いだ。

 人間大の掘削ドリルと化したレヴィスは重厚な装甲を貫き内部組織を抉りながら、巨大騎士の再生速度をはるかに置き去りにして、鋼の心臓を目指して突き進む。


『や、やめろ……俺の、な、なか、なかなか、中にぃっ……はいって、くるなぁぁあああっっ⁉ ア゛! ァァアア゛ア゛ッッ‼』


 そして、レヴィスは巨躯を維持する〈鉄真臓コア〉を破壊し、その背中までを貫き飛び出した。

 次の瞬間、巨体は無数の破片となって爆散した。

 そして、人も鉄も絶句する衝撃の最中さいちゅう風花かざはなのごとく舞い落ちる無数の灰とともに、レヴィスは着地した。

 それから一拍遅れて、鉄血騎士たちは沈黙を続け。

 兵士たちは、歓声と希望を取り戻した。


「残りを片付けろ!」


 ヘルマイネンの叫びとともに、残された数体の鉄血騎士に兵士たちの射撃と、レヴィスの剣が襲いかかる。

 そうしてようやく、この地獄は決着をみた。

 ファーランドにおいて初めて、ただの人間たちの戦術が貢献した勝利として。


         ※※※※※


「負傷者の手当て急げ!」「酒と包帯もってこい!」「……こいつはもうダメだ」「とにかく血を止めろ、このままじゃ寒さで死んじまう」


 勝利の代償は重かった。

 三四名が死亡。二二名が重軽傷。雪モグラ団は総員二一二名うち戦闘のできる兵士一七〇名から、およそ三割が戦闘不能になっていた。

 軍事的には全滅ないし、戦闘不能と判断しても差しつかえない状況である。

 しかし、そうはさせないと奮闘する者たちがいた。


「……これで大丈夫。止血は成功、くっつけた腕も神経がつながれば動くようになるから」

「あ、ありがとう……」


 ソフィアは錬金術を用いて、重軽傷をった兵士たちの手足を再構成していた。

 錬金術でも失った血や組織は戻せないが、切断や骨折は治療、いや修復可能だった。


「助かります、ユーゼルハイネ卿。……素晴らしいものですね、錬金術とは」


 包帯や薬を運び、自らも兵士への止血処置をしながらヨシュアが言った。


「ええ。でも、生き物に使うのは原則禁止なんです。慣れない術者だと……ちょっと、言葉にできない状態になっちゃうから。今は緊急事態だし、私は巧者こうしゃだから別ですけど」


 そんなソフィアたちから少し離れた場所で、アルフヒルドとヘルマイネン、そしてレヴィスが状況を話し合っていた。


「……姫さん、まずいなこりゃ。敵が脳みそを使い始めやがった」

「今までは出会い頭に襲いかかってくるだけだったのにな。クソ、計画的に奇襲してきやがった。ガチンコで殴りあうとたった一戦でこれかよ」

「雪が、降り始めました。すぐに吹雪になります。厳しいですが、急いだ方が良いと思います」

「……そだな」


 うんざりしたようにアルフヒルドは呟いた。

 同じ場所に止まっていては、立て続けの襲撃しゅうげきを受けるだけだ。

 動くしかない。そしてどうせ進むなら。後ろよりも前だ。

 青空は、気付けば灰色にくもっていた。そうして顔色を変えた天から、雪の欠片が風とともに舞い散りはじめた。

 アルフヒルドは白い息を吐き、ヨシュアを呼んで指示を出した。


「……食料と弾薬以外、荷物をいくらか捨てろ。軽くして先を急ぐ」


 その時だった。

 それは、誰も予想しなかった。

 前触れもなく音さえもなく、その場の全員の視界の外から、突如として鈍色にびいろの影が砲弾のように飛び込んできた。

 細く長い流線形の装甲、恐らくは精鉄レア個体、向かう先は――アルフヒルド。

 レヴィスの動体視力でさえ、判断できたのはそれだけのこと。

 しかし、それで十分だった。

 長剣を抜く、そして刹那の足運びで、奇襲から王女を守るように前に立つ。


「――」


 しかし鉄血騎士は、狙いを変えていた。

 まるで最初からそうするつもりだったかのように、あまりにもなめらかに直角に曲がり、その先にいた、銀髪の少女をかっさらう。


「――――ソフィア」


 全ては、一瞬の出来事だった。

 まだ誰一人反応すらできていない中で、レヴィスだけが急速に遠ざかっていく鋼の背中を追うため、足に力を込めて。


「待て」


 急に手綱を強くひかれた馬のように、動きを止めたレヴィスの足元で、蹴立てられた雪が弾け飛んだ。

 それを命じた者へと振り返った瞳は、一体どんな色をしていただろう。

 少なくとも、普段の彼とはかけ離れた様子だったに違いない。


「はあ……行くなっても、こりゃ無駄か」 


 それを認めて、諦めたようにアルフヒルドは言った。


「必ず助け出せ。そんで一時間以内に帰ってこい」

「はい」


 そして走り出した背中を見送って、アルフヒルドはもう一度ため息をついた。


「ったく、あの野郎」


 苦笑いを浮かべながら、いまだ呆然としていた周囲へ愚痴をこぼすように言った。


「……アタシの命令の前に、もう走り出してやがった」

「それより、姫さん」


 ヘルマイネンが切り出した。


「どうするつもりだ。レヴィスと嬢ちゃんがいなくなったってことは俺ら……」

「両腕をもがれたに等しい状況です」


 兵士たちを代表するように、ヨシュアが言葉を続ける。

 アルフヒルドは、髪をくしゃくしゃにしながら言った。


「分かってる。なら、頭を使うしかねえな」


 そして、声を返す。


「おいメガネ」

「わ、私ですか……? な、なんなりと。ですが――」

「実はアタシさ、お前がこっそりなにやってるか、知ってんだよ」


 ヨシュアははっとして、それから言い訳のように言った。


「いえ、ですがあれはまだ――」

「構わねえ、ぶっつけ本番で、いいから協力しろ」


 そうしてアルフヒルドはどこまでも強引に、しかしどこまでも前向きに、俯いていた皆の顔を上げさせた。

 黒髪の王女の瞳は、まだまだ到底、諦めてなどいなかった。


「進むのはやめだ。ひとまずアイツらが戻るまで、隠れるぞ」


        ※※※※※


 そして、レヴィスは吹雪はじめた雪原を駆ける。

 損傷し疲労した体を永久機関じみて動かすのは、ずっと前から、自分自身のはるか奥底から聞こえてくる、誰かの声だった。

 ――斬れ。敵を斬れ。

 ――お前は、そのための道具に。

 ――そのための、剣になったはずだ。

 雪よりも冷たく鋼よりも固い意思が、彼自身の情緒の一切を無視して肉体を稼働させる。

 だが、しかし。

 レヴィスは我知らず、唇を噛んでいた。

 

「ソフィア……」


 それは、冷たく固い誰かの意思ではない。

 今その胸を焦がしていたのは、まぎれもなく彼自身の感情だった。

 そのことに、レヴィス自身はまだ気づいていないとしても。


 そして前を見据えた視界の先に、銀の少女をさらった鉄血騎士の後ろ姿が見えた。

 先ほどからレヴィスは全力疾走を続けているが、一向に距離が縮まらない。どころか逆に開いていくばかりだった。速度が違い過ぎるのだ。

 先の視界外からの高速奇襲からも推察するに、敵は恐らく速さに特化した個体なのだろう。

 このまま走り続けても、追いつける可能性はない。

 そして背中の熱噴射機巧はあくまで短距離を瞬間的に移動するためのもので、長距離移動には向いていない。

 だからレヴィスは奥歯を噛み、それを解禁した。


内臓機巧エクスマキナ――狂鉄・獣心駆動マラトガルド


 奥歯を噛むと同時、顎下あごしたから首の血管へ注入された薬剤が、直ちに全身を巡って胸の劣化〈鉄真臓コア〉へと作用する。

 常に一定を保つはずの鋼の鼓動が、一時的にその制限を解禁された。

 そして通常の三倍以上に跳ね上がった心拍が、破滅的な熱暴走と引き換えに宿主に与えるのは、限界を置き去りにした身体能力の上昇だ。

 体内から焼かれながら、レヴィスは煙の尾を引いて雪原を爆走する。

 両脚が裂け、骨が音を上げようが一切無視。ただ前だけを見て突き進む。

 そのままぐんぐんと距離を詰め、レヴィスはついに標的に追いついた。

 ソフィアを抱えていたのは、まるで四足獣のような姿をした細身の鉄血騎士だった。

 騎士はいつの間にか己と並走していたレヴィスへ振り向くと、たまらぬように驚愕きょうがくの金属音声を発した。


『馬鹿な――』

「要件は二つだ」


 これほどの高速度領域の中、相手に声が聞こえるかは定かではない。しかしたとえ聞こえていなくても関係なかった。

 もう、やることは決めている。


「ソフィアを解放してもらう。それともう一つ、死んでもらう」


 並走しながら、レヴィスは剣を横一閃に振るった。

 回避する間もなく、鉄血騎士は両腕を切断された。

 慣性のまま、ソフィアの体は後方高くに放り投げられる

 レヴィスは落下予測地点を一瞥いちべつすると、そのまま激しい五月雨さみだれのように、鋭利極まる剣閃を連続させた。


『あばっ、ばっ、ばばッッーー‼』


 鉄血騎士は腕どころか全身をバラバラにされ、灰となった断片は慣性に沿って背後の空へばらまかれた。

 レヴィスは即座に、雪を砕きながら急反転して落下地点へと滑り込むと――。

 細心の注意を払って、両腕で衝撃を殺しながら、ソフィアを優しく受け止めた。


「無事か、ソフィア」

「……ここが、まだあの世じゃなければ……たぶん、無事」

「ならよかった。戻ろう。皆が心配している」

「ええと……うん」


 レヴィスはソフィアを抱き上げたまま、ゆっくりと立ち上がろうとして。

 がくりと、膝から崩れ落ちた。


「レヴィスっ⁉ まさか……」


 慌てた少女は、腕の中から飛び出して、よくよく彼の体を見回した。

 レヴィスの体は焦げ臭い煙を放ち、全身各所には再生の追い付いていない傷がいくつも刻まれていた。関節の動きも、油が切れたようにぎこちない。


「機巧の使い過ぎよ。劣化鉄血が大分蓄積してる……はやく戻って整備しないと」

「いや」


 レヴィスは首を横に振った。


「すまない。予定変更だ。どうやら、すぐに戻れそうにない」

「え……、あ⁉」


 まるで待ち構えていたかのように、雪を踏み潰す無数の足音と、擦れ合う金属の不気味な合唱が響いた。

 二人を取り囲み、新たに十数体の鉄血騎士が姿を現したのだ。


「包囲されている。僕を誘い出すための罠だったのか、あるいは君をさらった個体が合流する予定だったのかは不明だが、このまま逃がしてはくれないだろう」


 そう言って、レヴィスは空いた片手でソフィアを小脇に抱えた。


「きゃ! ちょ、ちょっとレヴィス!」

「済まない。少し我慢してくれ。すぐに片づける」

「その体じゃ無茶よ! 今はとにかく逃げて――」

「すまない。逃げ切れる自信はない」


 そのまま、平然と言ってのける。


「だから皆殺しにする――どうか安心してくれ、ソフィア」


 声の途中。長剣が閃き、突進してきた一体が胸から上を両断された。

 飛び散った鉄血が、ソフィアの頬を汚した。


「僕は今、そのためだけに存在している」


 ――そんな二人と鋼たちを、まるで覆い隠すように、雪原の太陽は次第にその影を濃くし。

 入れ替わるように、吹雪はその勢いを増していた。

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