第8話 塔
山賊討伐から1か月。
十分な休養と武装の修繕を終えた一行は、新しい依頼を受けるべく、三度(みたび)冒険者ギルドの扉を叩いた。
大都市タイジェルには冒険者も多く、仕事も取り合いになることが多い。
それでも、その規模に見合った数多くの仕事が舞い込むというのも事実である。
タイジェルに回ってくる依頼の一つに、神々の遺跡調査がある。
タイジェルの北方にそびえる「不帰の山脈」には、いまもまだ手つかずのまま神々の遺跡が残されており、腕に覚えのある冒険者たちの目的地となっているのだ。
だが、その名の通り、行きて帰らぬ冒険者もまた数多い。
曰く、魔導迷宮の仕掛けに倒れる、山脈に住む龍に食われる、遺跡最深部に眠る魔神の餌食となるなどなど・・・。
調査隊を組む依頼は不帰になった冒険者たちと同じだけ舞い込み続ける。
不帰の山脈に存在する遺跡は、いまだ「浅い」部分しか踏破されていないからだ。
さて、閑話休題。アイオリアたちの話に戻そう。
不帰の山脈の入り口付近にある遺跡―――「塔」と呼ばれる史跡について調査依頼が出されていた。
撃退された冒険者パーティからの情報によると、塔の深部は、魔導兵器である巨石兵ゴーレムや龍牙兵(龍の牙を媒介として制作した骸骨型自立兵器)で守られているということであった。
その他の罠については、判明している範囲でギルドが有償で情報提供してくれるという(撃退されたパーティはこういった情報を「売る」ことで報酬を得ている)。
この塔を調査することについては、魔導兵器に興味を示したゲバやリョーマの推しがあった。
調査完了報酬も魅力的である。
先の盗賊討伐と同額の報酬(金貨で15枚)に加え、塔内部で発見された遺物については、ギルドによる精査の上、買い取りや自分の持ち物に加えて良いとの条件が付されている。
神々の遺跡から得られる魔導の遺物は、人類の到底到達し得ない高度なものもあり、冒険者垂涎の的となっている。
戦力の充実したアイオリアたちの中で異論を唱えるものはなく、この調査依頼を受けることとなった。
一行は、予備の馬も含めてギルドから借り受けると、大量の食料品や水を揃えるなど入念な準備を行った。
不幸中の幸いというべきか、中堅どころのパーティが撃退されたという経緯から、そうそう他パーティに出し抜かれる可能性は低かった。(もちろん、一行が依頼受諾した時点で報酬付きの依頼自体は消滅している)
1日かかりで準備を行った一行は早めに休み、翌朝タイジェルの門を出た。
街を出て馬で2日を掛けて、一行は「塔」の見える位置に到着した。
「塔」はその名の通り、複数の階層からなる建造物で、最上部には何らかの魔力装置が設置されているものと目されていた。
「塔」が目視できる位置まで来たところで、アーサーとフィレーナの目が何かを捉えた。
「どうした?」
怪訝な顔をしてアイオリアが二人に尋ねる。
「塔の上空に強力な精霊が舞ってる。しかも一種類じゃない。」
「…なんだと。」
精霊と戦うとなれば、かなりの危険を伴う。
だが、情報を持ち込んだ冒険者たちは精霊に襲われたとは言っていなかった。
(塔内部には入ってこない可能性があるな)
精霊は本来、その精霊力に関連深い領域にしか展開しない。
だが、アーサーらの話によれば、地水火風すべての精霊が複数舞っているという。
「塔の『防衛』か『制御下』にある可能性を考える必要があるな。」
リョーマが告げた。
「もうちょっと近づいてみないと、彼らの反応は分からないね。
どのみち、行くしか無いと思う。」
アーサーの言葉にメンバー全員が同意した。
どのみち、まだ何もわからないのに引き返す訳にもいかない。
唐突に羽音と甲高い笑い声のようなものが聞こえた。
木立の合間を見れば、十匹あまりの小悪魔(インプ)がパーティの周囲を飛んでいた。
手には三叉銛のような武器を持っている。
いやらしく笑うその表情は醜悪で、明らかに害意が在るのが見て取れた。
アーサー、フィレーナ、リョーマ、ディオノスの魔法攻撃が同時にインプたちを襲う。
4体がもろに魔法攻撃を受け、地に落ちる。
それをジェルザーホースに乗ったオルディウスとヴレンハイトが踏みしだき、とどめを刺す。
形勢不利と見たインプたちは、一斉に背を向けて逃げ出した。
負う必要はない。
インプはそこそこ戦況判断力があるので、一度やられた相手や自分より明らかに強い相手に仕掛けることはまずないからだ。
「この先は、下級魔族の巣でもあるな。
警戒を怠るな。」
アイオリアが剣をしまいながら言う。
チリッ。
アイオリアの目の奥に走る感覚。殺意独特の感覚だ。
「右だ!」
アイオリアは馬を駆り右手の林に猛然と向かう。
はたして、そこにはオークと呼ばれる人身豚頭の亜人の集団が居た。
棍棒、粗末な剣、盾、そして鎧とは言い難い皮の上着。
だが、数はこれまた十体以上。
オルディウス、ヴレンハイトもアイオリアとほぼ同時にオークの集団に向かう。
アイオリアは、馬上から剣を打ち下ろし、手近なオークの頭を砕く。
イリアス兄弟はジェルザーホースの踏みつけと、その長大な剣を使って、次々にオークを葬っていく。
グインとゲバがそれに続く。
リョーマとディオノス、アーサー、フィレーナはそれぞれ呪文攻撃で前衛を支援攻撃する。
戦闘は1分ほどで方がついた。
アイオリアらの一方的な勝利だった。
オークはしばしば大きな群れになる。
討ち漏らしは、インプと違って禍根になるが故、討ち果たさねばならない。
オークらを討ち果たしたアイオリアたちは、一路「塔」に向かう。
今のところパーティに損耗はないが、「塔」の中の戦力は侮れないだろう。
やがて森の中を進んでいくと、「塔」の前の開けた土地に出た。
アーサーとフィレーナによれば、上空を舞っている精霊たちは、こっちのことを気にすることはないとのことだった。
「塔」の入り口扉には、前のパーティが撤退時に低レベルの施錠魔法をかけていたので、これをリョーマが解除する。
アイオリア、オルディウスが並んで扉を開け、くぐる。
石造りの塔の中は、1フロアが幾つかの部屋に分けられているようだった。
(前のパーティの到達は5階までのはずだ)
神代の遺跡の可能性がある以上、戦力が再配置されていることを考慮しつつ、一行は1階ごとに慎重に探査しながら上階へと進んでいく。
途中の階にあった魔術品は、前回のパーティが概ね回収したと聞いている。
(つまり俺たちは最後の扉をくぐらなければジリ貧という訳だ)
5階。
ガシャリ、ガシャリと音がする。
階段の前に、剣と盾、簡素な鎧で武装した骸骨が立っている。
(龍牙兵か)
死人返しで作ったそれとは戦闘力は比較にならないと聞く。
アイオリアとオルディウスが抜刀する。
階段前のホールとも呼べない狭い空間では、2対2で戦うのが精一杯なのだが、後方支援が望める分、獅子隊の方が有利である。
龍牙兵の鋭い剣撃を盾で防ぎつつ、これも苛烈な攻撃を加えるアイオリア。
ガギィン!
身体を構成する骨の部分に命中したが、その感触は骨のそれではない。
まるで鋼かなにかを叩いたかのような手応えだった。
(チッ)
アイオリアが内心舌打ちする。
オルディウスは大剣は振れない空間なので、予備の片手剣を抜いているが、これもあまり効果を上げていないようだった。
後方で呪文と祈りの声が聞こえる。
アイオリアとオルディウスの剣が微かな光を帯びる。
魔力付与だ。
同時にディオノス、アーサー、フィレーナの呪文が飛ぶ。
ビシリ、と龍牙兵の骨にヒビが入る。
オルディウスは、空いている左手に大地の精霊力を集中し、全力で龍牙兵を殴りつけた。
龍牙兵の盾が凹み、盾ごと石壁に強かに叩きつけられる。
オルディウスは右手の剣も捨てると、右拳にも精霊力を集中し、激しく乱打した。
先に述べた通り、岩塊ですら砕きかねないその威力は絶大だ。
大剣を振るっていなくとも威力に遜色はない。
龍牙兵は身体を構成する骨をあちこち砕かれ、残骸となって床に散らばった。
アイオリアの方も、魔力付与と魔法弾の援護のお陰で龍牙兵を破壊することに成功した。
「…ふぅ」
アイオリアが一息つく。
「6階にはこれ以上のゴーレムがいるんだろうな。」
オルディウスが告げる。
「魔力付与を重ねがけしよう。」
リョーマが提案した。
断る理由はない。
グインも祈祷を始める。
アイオリアは自分の体の奥から力が湧き上がるのを感じた。
(身体強化の祈祷か)
気力が漲り、全身の筋肉が駆け巡る力の衝動に歓喜するのを感じる。
一行は装備点検と戦闘の事前準備を念入りにし、6階へ上る。
そこはやや広い部屋だった。
奥には扉がある。
そして扉の両脇を守るように、巨大な剣と斧を持った石像が鎮座している。
パーティが行動に移る前に、両脇の巨大な石像が動き始める。
ゆっくりとした動きだが、おそろしい重厚感がある。
(剣が通用するか!?)
オルディウスとヴレンハイトが大剣を抜くくらいの空間はある。
「ヴレン!アイオリアを援護しろ!」
オルディウスが叫び、猛然と向かって右の石像・・・ゴーレムに向かう。
「ゲバ爺!、オルディウスの援護を頼む!戦鎚なら抜けるかもしれん!」
パーティは一瞬で己の役割を理解し、2体のゴーレムと戦いに入った。
ゴーレムの動きは緩慢だが、武器を振り下ろす速度だけは別格だった。
巨大な鋼鉄の塊である武器を自身の重量を乗せて振り回してくるのは、脅威以外の何者でもなかった。
ゴーレムの剣を、盾を使って紙一重で受け流したアイオリアは、その脚部にフルスイングで剣を叩き込む。
ガギィッ!と鈍い音がして、手に痺れを感じる。
魔力付与をかけていなければ、剣が折れていてもおかしくない。
まして今は、アイオリア自身も膂力増加がかかっている。
剣にかかる負荷は相当なもののはずだ。グインの声が聞こえる。
「武具は神威なり。神威は武具なり!」
アイオリア、オルディウス、ヴレンハイト、ゲバの武具全てが薄い光輝を纏う。
かなりの強化を受けたようだった。
同時に、ヴレンハイトとオルディウスから大地の精霊力が流れ出し、アイオリア、ゲバに流れ込む。
流れ込んだ大地の精霊力も、アイオリアとゲバの身体、武器、鎧のすべてを強化した。
全力を込めたゲバの戦鎚が、バキリと音を立てて、わずかにゴーレムの脚にめり込む。
オルディウスが石像の斧をかわしざま、その手の部分に大剣を振り下ろす。
これも鈍い音を立てて食い込んだが、腕を砕くには至らない。
アイオリア、オルディウス、ヴレンハイト、ゲバはそれぞれ狙った部位に何度も攻撃を叩き込んだ。
薄皮を貼り重ねるようにダメージを積み重ねさせる。
リョーマとディオノスは魔法弾で後方援護し、アーサーとフィレーナは風の精霊力を使い、前衛4人の敏捷力を強化する。
幾度も重ねた攻撃の結果、それぞれの攻撃した部位が明らかに削れてきていた。
だが、痛覚のないゴーレムの攻撃は緩むことはない。
それでも愚直にヒビの入った部分を狙う。
バキリ、と音がして、右のゴーレムの腕がもげた。
武器ごと右腕を落としたゴーレムは残った左腕でオルディウスを狙う。
だが、その隙にゲバが削れてきていたゴーレムの左足に戦鎚を叩き込み、ついに左足も砕けた。
ズシン、とゴーレムが砕けた膝をつき、倒れる。
アイオリアも増強された膂力に任せ、ゴーレムの左足に剣を叩き込む。
そのアイオリアに向けて振り下ろされたゴーレムの大剣を、ヴレンハイトが自分の大剣を叩き込んで逸らす。
ゴーレムの両腕を砕き終えたオルディウスとゲバが、アイオリアらに加勢した。
こうなれば、さしもの巨石兵ゴーレムと言えどもさすがに耐えられない。
四肢を砕かれ、ゴソゴソともがくだけの石塊となった。
一行はゴーレムを完膚なきまでに砕くと、ようやく休憩に入った。
問題は扉の向こうに何もいなければよいが、ということだ。
手傷こそ負ってはいないが、極限の疲労(魔力付与の反動を含め)がパーティを襲っているからだ。
リョーマは魔力感知をかけ、目前の扉が魔術で施錠されていることを見抜いた。
これは元々かけられていたもののようで、その魔術の強度は入り口にかけられていた簡易的な魔術施錠とは比べ物にならない代物だった。
リョーマの精神力の回復を待って、解錠の呪文を使ってみたが、どうやら威力的に及ばないらしかった。
どうしたものか、と一行が頭を捻っていると、ゲバがなにかに気づいたようだった。
扉の取っ手付近の金具に、何かを嵌め込めるような穴がある。
「・・・そういえば、ゴーレムには『核』があるんだったか?」
アイオリアがうろ覚えの知識を引っ張り出す。
以前、組んだことのある魔術師の話の受け売りだが。
一行は、さきほど倒したゴーレムの破片を丹念に探し始めた。
ほどなくして、2体のゴーレムの破片の中から、明らかに磨き上げられた石球を見つけ出した。
リョーマが改めて魔力感知をかけると、石球はかなりの魔力を発散している。
「・・・たぶん、それが核で間違いないと思う。」
アイオリアは、2つの石球を手に取ると、扉に近づく。
やはり、あつらえたかのように、2つの石球は扉に設えられていた穴に嵌まり込んだ。
ブゥン、と音を立てて、何かの気配が動いた。
一向に緊張が走るが、それ以上は何も起きなかった。
リョーマが再度魔力感知をかける。
「大丈夫だ。扉の魔術施錠が解けた気配らしい。」
ゲバが扉の取っ手周りを丹念に観察する。
「他に仕掛けはなさそうじゃの」
武具の扱いのみならず、機械的なものにも造詣が深いゲバの見立てなら信用できよう。
「よし、念のため、戦闘準備を整えよう」
アイオリアの号令で、一行はそれぞれ強化魔法や精霊力を行使する。
一通り強化魔術を使い終えると、アイオリアとオルディウスが先頭に立ち、両開き扉をゆっくりと開く。
果たして中には。
機械音を立てる、見慣れない「装置」と思しきものが数十基、整然と立っていた。
「これは・・・・なんだ?」
全く想像だにしていなかった光景にアイオリアがうろたえる。
敵の気配はない。
アーサー、フィレーナ、リョーマには別の光景が見えていた。
膨大な魔力。
それも精霊力に関連する力だ。
「外の精霊は、この『物体』に引き寄せられてるか、束縛されてるかどっちかだろうね。」
アーサーが感想を口にする。
とはいえ、リョーマは半我流の魔術師であり、装置を解析するほどの魔術理論を会得してはいない。
アーサーとフィレーナも精霊力を感知することはできても、このような装置にとっては門外漢だった。
「ふむ・・・これはギルドに報告して『踏破報酬』をもらうべきかな。」
グインがお手上げ、とばかりに口にした。
「魔術師ギルドに情報を売ったほうが良くないか?」
ヴレンハイトが口を挟んだ。
「なるほど。それはありだな。」
オルディウスが賛同を示した。
「よし、ヴレン、グイン、アーサー、フィレーナの四人は一旦タイジェルに戻って、冒険者ギルドと魔術師ギルドに報告してくれ。
その間、俺たちはここを守る。」
アイオリアが指示を出す。
誰も異論はなかった。
ヴレンハイトら4人は早速出立した。
その間に、残ったアイオリアらは注意深く、最上階の部屋を見て回ったが、残念ながら魔力武器などの戦利品は見当たらなかった。
「これだけ大掛かりな装置だ。
魔術師ギルドの方が興味を示してくれればありがたい話だな。」
オルディウスがつぶやいた。
4日後、「塔」にヴレンハイトらが帰還した。
魔術師ギルドからの調査員を連れて、である。
5人の調査員の中から一人の男が前に進み出てきて、慇懃に礼をする。
「魔術師ギルドから派遣されました調査班班長のキー・リンと申します。
以後お見知りおきを。」
ひょろりとした体に、簡素なチュニックにズボン姿、魔術師ギルドの紋章を下げていなければ、どこにでもいそうな中年男性だった。
5人の調査員は、装置を見るなり目を輝かせた。
興味津々で「装置」を調べ始める。
少し時間を飛ばそう。
彼らの調査の結果はこうだ。
この「塔」は不帰の山脈の一部地域の天候を操作できる施設だというのだ。
塔の周囲を舞っている精霊たちは、塔の装置による影響で集まってきており、このような影響をかなり広範囲に展開し、天候を操作しているのだという。
「吹雪の領域などもこれで解除できるかも知れません。
何にせよ、お手柄です。」
キー・リンはその風貌に似合わない興奮した表情で述べた。
また、魔導の水晶球で遠隔通話をしていた冒険者ギルドとしても、この塔の内部にいた脅威が廃されたのであれば、今後のためにベースキャンプとしたいということであった。
その話通り、翌々日には冒険者ギルドと魔術師ギルドから拠点構築用の増員が派遣されてきた。
アイオリアらの依頼は無事終わったということだ。
一行は一旦タイジェルに戻り、報酬を受け取ることにした。
今回の報酬は、冒険者ギルドから各人に金貨で15枚、そして魔術師ギルドからは魔力武器の提示があった。
アイオリアは剣と盾を、グインとディオノスは剣、リョーマは使い手のいなかった魔力付与された鉄杖(エルル=カイゼンという名がつけられている高位の武器)、アーサーとフィレーナは精霊力を秘めた護符を手に入れた。
オルディウスとヴレンハイトの使うほどの魔剣はギルドに保管されていなかったため、二人は大剣に恒久的魔力付与をかけてもらうことになった。
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