神魔伝承 ライガノルド戦記

天﨑工房

第1話 冒険者

 神魔伝承・ライガノルド編(Copyright2023天﨑工房)


 2度にわたる大戦の後、スティアン神族は総龍の動きを封じるために伴侶ミューリナを作り出したものの、滅びたスティアンの威霊によりミューリナが暴走し、総龍はミューリナをその手に掛けてしまう。

 最愛の者を自らの手に掛けてしまった総龍は自我を失い三度目の大戦を引き起こす。

 苛烈を極めた三度目の大戦で、創世の要である「創世」の律を持つスティアンが斃れた。

 引き換えに、総龍大君も強力な封印を受け、休眠することになる。

 休眠状態とは言え、莫大な力の一部は封印から流れ出し、下位世界において投影体として活動することができた。

 そうした投影体を使い、総龍は自身の封を破る手はずを整え始める。


 第7世代次元第192世界「ライガノルド」において。

 


 

 ライガノルドと呼ばれる世界があった。

 その世界は、かつて神々による統治を受け、強大な超魔法技術によって栄えた。

 しかし、神々は上位次元に去り、その時を境に神代の超魔法技術による恩恵を失った人類の文明は一度凋落した。

 だが、人々は長い年数をかけて少しずつ神々の残した遺産を解き明かし、再びその生活圏を広げていった。

 冒険者。

 神代の遺産をたずね、掘り起こし、見つける。

 そういった事柄を稼業とする者たちがいた。




 冒険者酒場<月光亭>。

 あるものは一獲千金を求め、あるものは職にあぶれたが故に、あるものは自己の腕試しに、冒険者となり、集う。

 <月光亭>の扉が今日も開く。

 金属鎧に身を包み、長剣を佩き、盾を背負った一人の青年が入ってきた。

 左目は傷で塞がれ、右目の眼光は鋭い。

 大柄な体躯と逆立つ頭髪が若さに不釣り合いな威厳を醸し出している。

 彼は、カウンター席に空きを見つけ、どかり、と腰を下ろした。

 <月光亭>は、他にもめいめいに武装した冒険者たちで席が埋まっている。

 酔いが回って大騒ぎする者、真実か怪しい武勇談を声高に叫ぶもの、戦い破れたのか意気消沈している者、そんな中で新客に目を向けるものは少なかった。

 青年-アイオリア・レイセントは、店主に出されたエールを一息であおると、一緒に出されたパンにかじりついた。

 隊商の護衛を終えたばかりの彼は、休息と次の仕事探しを兼ねて<月光亭>に来たのだ。

 彼の後ろで一際大きな笑い声が起きた。

 誰かがアイオリアの武装を揶揄しているようであった。

 無理もない。

 駆け出しの冒険者に限らず、高額になる金属鎧を身に纏うものは少ない。

 一部の成功者か、さもなくば貴族の子弟などが主である。

 実のところ、アイオリアも没落したとはいえ男爵家の次男であった。

 14の歳に初陣し、左目を負傷しながらも幾つもの首級を上げたことで、勇猛で鳴らした。

 その後も、幾度か戦場に立って武勇を誇り、近隣には<獅子将>として武名を馳せた。

 だが、アイオリアが19の年、父である当主が病により急逝すると、家は没落し、異母兄アイザックと不和になったアイオリアは家を飛び出したのだ。

 この剣、盾、鎧はそのときに持ち出したものだ。

 アイオリア自身は、自分の武装をどうこう言われることには既に慣れている。

 だが、このとき彼を笑った者は、酔いの勢いも手伝ってか、彼を後ろから小突いたのである。

 ぶんっ、と風切り音がして鋼鉄の篭手を嵌めた左手が、裏拳の形で背後の男を叩いた。

 アイオリアの直感は鋭い。

 片目を失ったことで逆に研ぎ澄まされた感覚は、後ろに立った男の位置を正確に把握していた。

 顔面をしたたかに打たれた男は、元いたテーブルにそのまま仰向けで突っ込んで倒れた。

 当のアイオリアは一瞥もせずにまた食事を再開する。

 後ろで喧騒が大きくなった。

 殴り飛ばされた男の仲間と思しき2人が何か怒鳴っている。

 その手には大きめのナイフが握られていた。

 だが、その2人がアイオリアに詰め寄るよりも早く、アイオリアが席を立った。

 振り返りざま、右拳、左拳と立て続けに二発のパンチを放ち、2人を殴り倒してしまう。

 それもそのはず、19歳で家を飛び出してから今までの3年間で傭兵や隊商の護衛、亜人退治などこなした戦の数は数十回を数える。

 この若さで百戦錬磨なのだ。

 パチパチと拍手する音がした。

 音の主は壁際に座った一人の男だった。

 短く切った灰色の髪、灰色の目、戦司祭の外套の下に鎧を身に着けた男だ。

 他の客もあまりの手際にぽかんとしている。

 アイオリアは表情を変えずに、一人ずつ首根っこを引っ掴んで店の外に放り出した。

 そして元の席に戻って腰掛ける。

 通り抜ける際に、灰色の髪の男-グイン・アレクトゥルスは一言「お見事」とだけ言った。

 別の方からも声をかけられる。

「すごいな、あんた。後ろに目でもついてるのかい?」

 聞き慣れない訛りで喋る男-金色の髪、尖った耳、切れ長の目に細身の体をした-がそこにいた。

 街ではまず見かけない<森の長命種エルフ>である。

 外見が目立つだけに、幾度か<月光亭>で見た顔であった。

 精霊使いだという噂は聞いたことがある。

「ぼくはアーサー。本名は長いからそう呼んでくれ。」

 人とあまり関わり合いを持たないエルフとは思えない人懐っこさで、アーサーと名乗った男はアイオリアの隣に座った。

 背後に人の気配を感じ、アイオリアは再び左拳を握る。

 立っていたのはグインだった。

「まぐれじゃないんだな。」

 グインは感心した顔で言った。

 グインは後ろの空いた席に座り、店主に軽食とエールを頼んだ。

「見事な腕前を見せてもらった礼だと思ってくれ。」

 この場は奢る、という意味である。

 戦司祭は、戦神に仕え、自ら戦の場に赴くとともに、優秀な戦士を補助する。

 戦士の素養によっては、同じ戦司祭や聖騎士に推薦することも少なくない。

 戦士にとって、戦司祭に見込まれるというのは名誉な話なのである。

「グイン・アレクトゥルスだ。お見知り置き願いたい。戦士よ。」

「アイオリア・レイセントだ。」

 短く答えるとエールをまたあおる。

 アーサーが干し果物を齧りながら2人を見た。

「街に来たのはいいんだけど、知り合いがいなくてさー。

 良かったら組まない?」

「組む」とは冒険者のいわゆるパーティ(チーム)のことだ。

 このエルフはかなり人間ヒューマンの世間を勉強しているようである。

「構わん。」

「私もか?

 別に異論はない。」

 アイオリアとグインが答える。

「やったぁ。」

 喜ぶアーサーを尻目に、アイオリアは(エルフはこんなに感情豊かなのか?)などと思っていた。

 しかし、単独でできる仕事より範囲が広くなるのはありがたい。

 まして、戦士単能の自分だけでなく、戦司祭や精霊使いと組めるというのなら歓迎すべき話である。

「でもリーダーはアイオリアね。♪」

「はぁ!?」

 ぽろり、と食べかけのパンを皿の上に落としたアイオリア。

「なんで俺なんだ!?」

「強そう?だから?」

 自分でも良くわからないような風でアーサーが答える。

 どうにも憎めない人柄…いやエルフ柄である。

「私もそれでいいと思う。」

 グインが賛同を示す。

「お、おう…。」

 なんともなし崩しにリーダーに据えられて困惑するアイオリア。

 そこへさらなる不意打ちがやってきた。

「面白そうな話じゃな。ワシも混ぜてくれんか。」

 後ろを振り返るとそこに顔はない。

 いや、少し下から声がした。

 銀髪に豊かにたくわえられた銀の髭、青い瞳、ずんぐりしてはいるが鈍重さは感じさせない肉体。

 ドワーフやドヴェルグなどと呼ばれる亜人種である。

 エルフ程に稀ではないが、見かける頻度はそれほど多くない。

 彼らは生まれついての鉱山師であり、鍛冶師であることが多い。

 頑固でときに狭量とされることもあるが、概ねヒューマンとは友好的に取引きを行い、鍛冶のみならず他の職工として街中で働いていることも珍しくない。

「武具の面倒くらいなら見てやるぞ?」

 エールの入ったジョッキを掲げ、髭面の口元を緩ませる。

「いいのか?」

 アイオリアは立て続けのことにびっくりして問い返す。

「構わんよ。ワシはゲバ。ゲバ・ガダロフだ。

 よろしくな。でっかいの。」

「ああ、その好意に甘えるよ。よろしく頼む。」

 アイオリアは、過去の仕事で別のドワーフと一緒になったときのことを思い出した。

 見かけによらず俊敏で、そして何より強靭である。

 ドワーフは、酒をこよなく愛するが、泥酔して醜態を晒すこともない。

 財貨に執着する者もいるにはいるが、あくまで黄金や白銀の輝きに魅せられただけで、盗みたかり騙しの手口を使うドワーフというのは寡聞にして知らなかった。

 味方にするには十分信頼が置ける。

「大将、もう一杯ずつエールをくれ。」

 口元を緩ませながら一つ息をついたアイオリアは、店主に声をかけた。

 あいよ、と威勢のいい返事が返ってきて、4人に新しいジョッキに入ったエールが配られる。

「では、新しいパーティ結成に乾杯!」

「「「乾杯!」」」

 こうして<月光亭>にまた一つ新しいパーティが生まれた。


「あ、でも僕ワインがいい…。」

「お、おぅ…。大将、ワイン一つ。」

 どこまでもマイペースなエルフのアーサーだった。


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