第6話 猫の子ではない存在

 ようやく猫を抱くことができた憂炎ゆうえんが付き人に言った。


「猫を連れて帰る」

「返してくださると約束したではないですか!」


 皇子の言葉に顔を真っ赤にして陽紗ようしゃが怒った。

 大きな瞳から涙が溢れそうである。


「私のはくです!返してください!!!」

「「陽紗!!!」」


 娘が憂炎に掴みかかろうとするのを、両親は止めようとしたが憂炎が邪魔である。

 

「お前も来るがよい」


 憂炎が陽紗に言った。

 突然の皇子の申し出に、陽紗は驚いて立ち止まった。

 憂炎はその腕を掴んで猫を抱かせた。


悦傑えつじゅよ、そなたの娘を后にしたい。猫も一緒に連れていくがいいか?」

「……え?……は。……はあ」

「よし、帰る。

 陽紗ようしゃの持ち物は悦傑に任せる。後から来るがいい」


 と言うと、憂炎は猫を抱いている陽紗を抱き上げ去っていく。


「お父さま!!!」

「……え!?」

「あなた!陽紗は猫の子ではありませんよ!?」


 陽紗が涙声で叫んだ。

 憂炎に抱きかかえられ、不安の表情を両親に向けたまま遠ざかっていく。

 慌てて後を追いかける悦傑の後ろから可馨も小言を言いながら駆けてくる。

 玄関から出て馬車に乗ろとしている皇子に追いついた。


「何ですか?義父ちち君」

「あの……」


 義父君と皇子から呼ばれてしまった悦傑は言葉を続けることができなかった。


 ――娘を返してください!


 とは言えない。


「む、娘をよろしくお願いします」


 と頭を下げた。

 隣にいた妻はギョッとして夫を睨んだが


「こちらこそ、よろしく頼みます。

 陽紗は大切にお預かりさせていただきます。

 義父君、義母はは君には、婚礼の日取りなど決まり次第正式にお伝えさせていただきます」


 と皇子に頭を下げられたので、頭を下げざるを得なかった。


 ――義父君

 ――義母君


 二人は呆然と皇子の乗った馬車を見送った。

 第一、第二の皇子は幼い頃に病ですでにこの世を去っている。

 つまり、第三皇子は皇嗣こうしである。


「困ったことになった」


 次の皇帝の義理の母になるのかもしれない、と気づくに至った可馨かけいの傍で、夫が頭を抱えて呟いた。

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