第六話

 三人が向かった公園はドガの中心に位置しており夜以外は人の出入りも多い。本日も例に漏れず人々が語らう声が聞こえてくる。

 公園の中央に向かう道すがら三人は雑談がてら自己紹介をした。


「改めまして、ロットだ。よく間違われるがゼストの弟ではない」


 シャルロットとフロワは親交があるのでレディオルに向けて軽い身ぶりを交え行った。生意気な少年といった風情の自己紹介はシャルロットにとってもう手慣れたものだった。


「それにしては雰囲気が似てるよね君たち」


「同じ村で育ったからね。都の西のグルース村は知ってるか?」


「ああ、ガラス細工が有名だよね。だからあの店を?」


「そうだ。といってもうちの店は村のみんなが遊びで作ったものを置いてるんだ。注文品や真っ当な物は中心にある本店に」


 シャルロットの一家は都の生まれだが、石英が多く取れガラスの加工が盛んなグルースの評判を聞いて移り住んだ。

 現在は世間の流行や世情の変化による需要の変化を伝えるマネジメントを中心に村のガラス産業に深く関わっていた。


「……遊びとは言っても職人が作ったものだ。品質に問題は無い」


「だったら一個くらいお求めになってくださいな。安くしますよ?」


「際限が無くなる」


 あくどい笑顔と態とらしい敬語で迫るシャルロットを躱すフロワ。そこに追い打ちをかけるようにレディオルが続けた。


「まあでも実際付き合いで買うのもいいんじゃないかな。あそこに欲しいものが無かったなら本店に行けばいいだろ?」


 思わぬ援護にシャルロットは目を丸くした。自発的に自警団を名乗るという挙動からもっと傍若無人な性格を想像していたためだ。


「意外だね。こういった人付き合いには興味がないと思っていた」


 ロットの利点はある程度不躾な振舞いをみせても気に留められないことだ。子供じみた笑みでシャルロットはレディオルを顧みた。


「そんなことないよ。むしろ俺は人が好きだ。他人と関わることで初めて己が定義されるから」


 哲学めいたレディオルの持論はシャルロットに郷愁を抱かせた。断片的な前世の記憶の中に哲学に関する勉強を行っていたものがある。ほんの触りをなぞるような授業で理解しがたい概念も多々あったが、懐かしいものであることは違いない。


「いや、この言い方だと誤解を招くね。ただ単純に人と接するのが好きなんだ」


 声音は穏やかで他者に対する慈しみにあふれている。苛烈な印象を抱かせた紅蓮の瞳が炉端の火の色に変わっている。


「だったらこの間みたいな怪しい口ぶりは控えた方がいいだろう。あれは気味が悪かったぞ」


 趣味で都の治安を守る暇人。その言葉を聞いて関わりたがるものは少数だろう。


「あれはあれで必要なんだよ。故郷では愛想よくしてたら厄介ごとに巻き込まれちゃったし」


 昼日中の日差しに照らされた肌は青白い。北方の生まれであることは明白だった。北にある国々はドガよりも信心深い人々が多く内乱も多い。レディオルも何かしらの争いに巻き込まれたことは想像に難くなかった。


「優しくするって良いことではあるけど勘違いをされやすいことでもあるよね。二人はそんな経験ない?」


「あんまり。そもそも身内以外に優しくしたくない」


「人に気を使うと胃を痛める性質だと判明してからは気遣いをしていない」


「聞く相手が悪かったかな?」


 とりとめもない会話をしていれば公園の中央に着く。休日らしく人で賑わっていた。


「向こうにいる親父さん、分かる?」


 レディオルの指差す先にはベンチで一服を行う壮年の男性がいた。普段、自宅と市場にしか用がないシャルロットには見慣れぬ人物だった。


「中心街の建具屋、だったか?」


「ああ。煙草が好きなんだけどおかみさんの前では吸わないように申し付けられてるんだ。先月の頭、四人目ができたことが分かったらしい」


 職人らしい無愛想な相好を崩さぬまま煙をくゆらす様子は近寄りがたく、周囲の人間にも若干遠巻きにされている。節くれだった指の間から覗く白い紙煙草が不釣り合いに小さい。


「あれで子煩悩の愛妻家なのさ。……おーい! ベック、聞きたいことがあるんだ!」


 前触れもなく男に向かって呼び掛けるレディオルにフロワは驚きで肩を跳ねさせた。シャルロットも突如集まった視線に煩わしさを隠すことはなかった。


「うるせえぞレディオル!」


「いやあ最近顔会わせてない気がして嬉しくなっちゃってね!!」


 昔かたぎな見目そのままによく通る声が穏やかな公園によく響く。相対するレディオルも舞台役者じみた妙に耳に残る声をしていた。周囲の人間も声の主がレディオルに気付くと温かな視線を向けており、節々の仕草がおおげさで容姿もドガではなじみの薄い目立ち方をするにも関わらず馴染んでいるようだった。


「それで、質問していいかーい!」


「まず近寄った方がいいんじゃないか……?」


 人の視線に酔い、若干青ざめつつあるフロワの提案が空しく地面に落ちた。






「失踪事件ってえとあれか。先週トワイライトの坊っちゃんが聞きに来た」


「そうそう。俺もエヴァンの捜査に協力してるんだ。暇だから!」


 付け足された言葉は明らかに余計だったが指摘する者はいなかった。


「んで連れの坊主共も暇人か」


「白髪頭は重要参考人だな」


「こっちのチビは僕が巻き込んだ」


 どちらともなくシャルロットとフロワはお互いの頬をつねり合った。無論手加減はしていたので二人で間抜け面をさらしただけだったが。


「自分の店にレディオル達に追われたこいつがやって来て、気付いたら協力することになってた」


 改めて思い返すと中々に理不尽な流れである。シャルロットはこの数ヶ月どころかドガに来てから一人で夜の街を歩いたことすらないというのに。


「そいつは人を巻き込まずには生きていけない野郎だ。諦めろ」


 苦虫を噛み潰したように漏らす姿には妙に実感がこもっており、シャルロットとフロワも薄々感じつつあった覚悟を決めた。

 今日の聞き込みを終えようと恐らく事件が解決するまでこの集まりから自分達が解放されることはない。


「その言い方、人聞き悪くない?」


「俺は事実しか言わん」


 中空に吐き出された煙は誰の言葉も待たずに霧散した。


「見てもいないことも喋れん。近所のろくでなしが石も残さず消えた。それしか知らん」


「ろくでなしって言うと酒屋のニール? 油売りのバスキン? ベックの言う近くってどれぐらい?」


「都中のろくでなしの名前をあげる気か。……博打打ちのコニーだよ」


 次々と挙げられるろくでなし達の名前はシャルロットにとって馴染みの無いものだった。都では少年として振る舞っているがゼストの過保護でそういった噂話からも遠ざけられているためだ。


「名前だけは聞いたことがあるな。日暮れ前、中心街の近くに行くと物乞いのふりをした平民がいるから近付くなと教わった」


「ああ、そいつだ。奴さん親から継いだ店があったってのにたちまち潰しちまってな」


 思い出したことで怒りが沸いてきたのか、手元の紙煙草が音も立てずにへし曲がった。


「親を早々に亡くしたから助けてやろうって言い出した奴等が貸した金も踏み倒して賭博三昧。ろくなもんじゃねえ」


 見目の通り筋の通らないことが嫌いなのか、煙と共に吐き出される言葉と表情は実に憎々しげだった。


「奥さんや子供もいなかったっけ」


「幸いにもな。褒められるのは一人でおっ死んだことだけだ」


 思いがけず潰してしまったまだ長い煙草を見つめながらベックは答える。もう一度火をつけるか逡巡した後、結局携帯灰皿に吸い殻が放り込まれた。


「まだ死体は見つかってないよ」


「変わりゃしねえ。一ヶ月も経っちまえば話題にもならん」


 その言葉の通りコニーを惜しむ者はいない。弑された現場に花は手向けられず、晶石代わりの物品を使った葬儀も執り行われることはない。


「ああはなりたくねえもんだ。俺も女房とガキはいるが、せいぜい愛想尽かされんようにするだけさ」


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