第13話 家族

(しかし結局よくわからなかったな……藪の態度の理由。どうみても俺の事避けてるというか、話してくれないし……)


 藪と以前は普段は近くまで一緒に帰っていたのだが、最近は用事があるとかなんとか理由をつけられて一緒に帰れていない。

 かといって俺が一緒に帰ろうと誘うのもおかしい。別に付き合ってるわけでもないのだから。


(だが、あんなに避けられると仕事もやりにくいしな……。思い当たる事はないが、とりあえず謝るしかないか)


『はぁ? 謝るのに手ぶらってどういうことかしらー?』


 足を組み、生ごみに溜まる蛆虫を見るような鋭い目つきでそう言う藪の姿が頭に浮かぶ。


 ……何か詫びの品でも持っていくか。


 でも女子に渡すって何がいいんだ? 

 無難にお菓子とかか? でも好みもあるしな。

 仕方ない、帰って花音に聞いてみるか。



「ただいまーっと」

「あ、おかえりー。ご飯できてるよ」


 そんな事を考えながら帰宅するといつも通り花音が出迎えてくれる。


「父さんは?」

「残業だって。最近仕事頑張ってるよね〜」

「ふーん……」


(ギャンブルにハマる癖さえなければいい父親なんだけどなぁ)


 男一人で俺たち二人を育ててくれていることは本当に感謝している。

 花音も自分のプライベートを犠牲にして家事をしてくれている。

 俺が今こうして頑張れているのも家族のおかげだ。


「あ、そうだ花音、聞きたいことがあるんだが」

「んー? なに?」


 花音はテーブルに肉じゃがの入った皿を置きながらこちらを見る。

 しかし妹にいざ頼むとなると少し照れ臭くて言葉に詰まる。


「……えっと……」

「? 早く言ってよー?」

「……女子にプレゼントしたいんだが、何がいいか一緒に選んでくれない……か?」




 ♦︎



(約束してしまった……藤川さんがウチに……!)


「っーーー!」


 私は日課であるペット達の世話をしながら、彼を家に誘った時のことを思い出し、恥ずかしさで悶絶する。


(いきなり家に呼ぶなんて変じゃないかな……。で、でも別に変なことするわけじゃないから! ウチのペット達を見にくるだけだし……)


 そう言い聞かせはするものの、初めて自分の部屋に人を呼ぶので緊張してしまう。

 なんせ今まで友達といえる存在はいなかった。彼氏なんてもってのほかだ。


(……やっぱり何かお菓子とか用意した方がいいのかな?)


 まだ日にちの約束はしていない。なので日を決めてから前日に街に行って、百貨店でお菓子でも買いに行こう。

 そんなことを考えているとガチャガチャっと玄関の鍵が開けられる音が聞こえてくる。


「えっ!? まさか……お母さん?」


 私は慌てて餌用コオロギのケージの蓋を閉めて、部屋を出る。


「ふー久しぶりの我が家ね〜、入って入って……あ、莉亜〜元気してた〜?」


「お母さん……酔ってるの?」


 一週間ぶりにみた母からは相変わらずのきつい香水の匂いと、酒の匂いがしていた。


「お邪魔しま〜す。お? 君が娘ちゃん? かわいーじゃーん」


 母の後ろから金髪に顎髭を生やした中年男性が姿を現す。


 またか……。

 母はこうしてよくわからない男を連れて帰る事がよくある。

 そして大体は見ただけであまり話したくないと感じる雰囲気を放っている人ばかりだ。


「そぉ〜? まぁ莉亜は〜私に似て顔だけはいいからねー。なのにこんな前髪伸ばして陰気臭い格好しちゃって……せっかく可愛く産んでやったのに」

「いやいや、最近こういう大人しそうなのにいい体してるってのは需要あるよ〜」


男は目を細め私の体をじっくり、じっとりと見まわすと醜い笑みを浮かべる。


「ふ〜ん。……ま、こんなのほっといて〜はやくいこ〜」


 母は私が褒められたのが面白くなかったのだろう。私を睨みつけ、すぐに男を連れてリビングの方へ向かう。


(……はぁ、なんでこんなタイミングで帰ってくるんだろ……。せっかく藤川さんが来てくれるのに)


 いてほしいときはいつもいなかった。

 なのにいなくていい時に限って帰ってくる。それにいつも邪魔な男も連れて……。

 今回はいつまでいるんだろう……?

 このままじゃ藤川さんを呼ぶことができない。こんな親、彼に合わせられない……。


(やっと私にも幸せが来ると思ったのに……)


 壁の向こうから物音がして、母の大袈裟な喘ぎ声が聞こえてくる。

 今まで何度も聞かされた忌まわしい声。


「……最悪」


 私は机の引き出しを開け、いつものカッターナイフを取り出す。


「っ……はぁっ……はぁっ……! 藤川……さんっ!」


 白い腕から赤い液体が滴り落ちる。


(藤川さん、藤川さん、藤川さん……っ! ああっ!)


 痛い、はずなのに私の血を吸った刃を眺め、自然と笑みが溢れる。

 いつもとは違う感覚だ。

 何故だろう。

 彼の顔を思い出しながらだと、この痛みも快感に思えたのだった。

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