第9話 渇望
俺が福原優南と初めて話したのは二年生の五月だった。
と言っても福原の知名度は一年の頃から既に高く、もちろん名前は知っていた。
親が社長と芸能人で、本人もかなりの美少女。しかも明るく気さくで人気者。そんな人物、知らない方が珍しいくらいだ。
俺は後の将来のため、人脈を広げようと交友関係を広めていた。なので福原とも仲良くはなりたかったが、ただでさえ人気者で、更にクラスが違うとなるとなかなか機会に恵まれなかった。
ある日の放課後。
その日は大雨だった。
なのに俺は滅多に行かない大きめの街にきていた。こんな雨の日になぜかと言うと、翌日に迫った花音の誕生日プレゼントを買い忘れていたので、急いで買いに来たのだ。
その帰り道、歩道の真ん中で一つの傘の中、小太りの中年らしき男と若い金髪の女が言い争っているのが見えた。
夜なので顔はハッキリとは見えないが、男の方はスーツ姿で女の方は花柄の薄ピンクの綺麗なワンピース。その違和感は正直パパ活のような感じに見えた。
「……もういい!」
「あぁっ! ユウナ!」
喧嘩でもしたのだろうか、ユウナと呼ばれた女はこちらに向かって早足で歩き出す。
(こんな中で何やってんだか……さっさと帰ろ)
そんな事を考えて帰ろうとすると、その女がちょうど俺の目の前辺りで立ち止まる。
(えっ……福原……優南!?)
近くで顔を見るとその女は学園の有名人、福原優南だった。
しかしその顔にいつもの天真爛漫な笑顔はなかった。怒りとも悲しみとも取れるような表情で、雨に濡れているからなのか分からないが、泣いているように見えた。
「……キミ、藤川晋だよね。同じ学校の」
「! あ、ああ……俺のこと知ってるのか」
ろくに話したこともなく、クラスは一度も同じになったことはない。なのでどうせ俺のことは知らないだろうと思っていたので驚く。
「キミ、結構有名だよ。一般枠なのに凄いやつがいるって」
「え、そ、そうなのか?」
福原ほどの有名人に顔と名前を覚えられていて、しかも俺が有名だなんて言われると少し照れる。
しかし今日の福原は俺の知っている福原のイメージとは違っていた。雨で濡れた福原はいつもの華やかで明るい感じ違い、どこかか弱く、繊細な、すぐに壊れてしまいそうな雰囲気を感じた。
「……とりあえずほら、濡れるぞ」
俺は自分のさしていた傘を福原の方へ向ける。
「ありがとう。でも、もう濡れてるけどね」
「あっ……で、でも風邪ひくだろ」
「フフ、そうだね……」
福原に指摘され確かにそうだと恥ずかしくなる。そして初めて見る私服のワンピースが雨で濡れて体に張り付き、透けていた。その姿はどこか大人びていて儚さを感じる。あまり意識しないようにしたいが、少しドキドキしてしまう。
(可愛い……とは違う。美しい……というのかこれは……)
理由はわからないが、福原は今とても悲しんでいるのだろう。
なのに雨に濡れる美少女の姿は、その暗い表情とは対照的に煌びやかに光るネオンの背景と合わさり、まるで映画のワンシーンみたいでとても美しく見えた。
「優しいんだね。でもこれじゃキミが濡れちゃうよ」
「……俺は大丈夫だから」
このまま一緒にいてはどうもやりにくい。それに誰かに見られると面倒なことになりそうだ。福原と仲良くしたいとは思っていたが、敵は作りたくない。
なので俺は傘を福原に渡してこの場を去ろうとする。
「ま、待って!」
「っ!?」
去ろうとした瞬間、福原に俺の腕を掴まれる。
そんなに強い力ではないが、驚いたのもあってつい立ち止まってしまう。
「行かないで……。ねぇ、一緒にどこか行こうよ!」
「は? …………な、何で俺と?」
急なことで俺は驚く。今初めて話したばかりだというのに一緒にどこか行こうってどういうことなんだろうか。
これが陽キャの距離感の詰め方なのか!? なんて考えてはみたが、儚げで寂しそうな表情を見るに、そういうのでないのかもしれない。
「今は一人になりたくなくて……ダメかな?」
「……ダメ、じゃないけど」
「じゃあ決まりだね。場所は……あ、あそこにしよ!」
福原が指差したのは近くにあったカラオケ店だった。こうして俺は今まで話したこともなかった学園のアイドル福原優南と二人っきりでカラオケに行くことになった。
「……だから結局わたしは一番じゃないの」
「…………なるほどな」
カラオケ店に入って30分ほど、福原は俺と初対面だというのに自分の話をいっぱいしてくれた。むしろ初対面だからこそイメージを気にせず話せたのかもしれない。
福原には優秀な兄がいて自分は両親にとって一番じゃないこと。
モデルの仕事をしても親が芸能人だからって正当な評価をしてもらえないこと。
そして今日は自分の事を一番だと言ってくれていたカメラマンの男と付き合っていたが、妻子がいる事がわかり、もう会わないと言われて喧嘩になったこと……。
「ごめん、わたし長々と……。らしくないよね、こんなの。いつも通りバカみたいに笑ってた方がいい、の、にっ……」
そう言って福原は笑顔を作るが、無理しているのだろう、その目からは涙がこぼれ落ちていた。
いつも元気で明るい人物だと思っていたが、なんともないように見えて悩んでる人はいるんだと改めて感じた。
「いいよ別に。何でも話してくれて。俺には聞くくらいしか出来ないけど」
「ホ、ホントに!? ありがとう! ……じゃあこれからいっぱい話すね」
俺の言葉を聞いて福原の目には光が戻る。
実際俺には本当に話を聞くくらいしか出来ない。だが、それだけで福原の力になれるのなら全然構わない。
こうして俺は思わぬ形で福原と話す機会を得、これからの繋がりもできた。
だが、この時はまだ知らなかった。
福原優南の持つ愛情の恐ろしさ、そして彼女が周囲に与える影響力の大きさを……。
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