二十四 真相

 光秀みつひでは深くうつむいたまま、両の拳を震わせていた。

 そんな幼馴染の顔を大和やまとは不思議そうに覗き込む。


「ミツくーん? おーい、どったのー?」

「トイレにでも行きたくなったんじゃない? それで恥ずかしくて言い出せないとか」


 レックスが能天気なことを口走った。

 だが光秀の様子は明らかにおかしかった。何か思いつめたような表情で青筋を浮かべている。

 かなも光秀に歩み寄ってきた。にわかに活気づいてきていたその場の空気が、光秀に引っ張られて徐々に曇り始める。

 これに一番怒っていたのはもちろん——


「コラァ! 光秀‼ 貴様は空気が読めんのか⁉ ここは士気を大いに高めるシチュエーションだぞ‼」


 信長のぶながが火を吹かんばかりに怒鳴り散らす。


「だって……! だって! 大和が全然変わってないんだもん‼」


 珍しく光秀は信長に敢然かんぜんと立ち向かった。


「何だと貴様! に逆らうつもりか‼」


 無論、信長は光秀の挑戦を受けて立つ。こうして信長VS光秀の戦いのぶたが切られた。


「ちょっとちょっとミツ君! それどういう意味よ⁉」


 大和があまり見ない光秀の剣幕に目をき、無益な戦いを止めに二人の間に割って入る。


「うるさいうるさい! 僕だって男なんだ‼」


 意味不明なことをわめきながら、両腕をぶんぶんと振り回して暴れる光秀。大和は彼が何を言っているのか分からなかった。

 信長が光秀の腹をあしにし、光秀が吹っ飛ぶ。準備中だった長机に突っ込んだ光秀の体は、ばっきりと真ん中からそれを叩き割った。


「——! 二人とも喧嘩してる場合? 信長さん落ち着いて! 光秀も信長さんに逆らっちゃ駄目!」


 奏多が光秀に駆け寄った。周りのメイドたちは突然始まった喧嘩に混乱している。


「うう……! 僕だって男なんだぁ……!」


 腹を押さえて片膝を立てる光秀に大和が胸を揺らしながら走り寄り、抱きしめた。そんな大和を光秀は自身の体からがす。その場の誰しも、光秀が何に怒っているのかさっぱり分からなかった。


「光秀君! どうしちゃったんだよ⁉」


 動転したレックスが光秀の肩をつかんでがっくんがっくんと揺する。

 光秀の視線は大和に向いていた。涙で顔面がぐしょ濡れだったが、キッと大和の目を見据えて言う。


「大和はいっつも僕の分までお金を払う! 何で! 何でだよ‼ 僕はいっつもいっつもみじめな気持ちになってデートしてたんだよ⁉」

「はあ⁉」


 大和がとんきょうな声を上げた。信長は表情を崩さず、光秀を血走った眼でにらみつけていた。

 光秀は続ける。


「初めてデートした高級レストランから始まって……! 僕は必死にお小遣い貯めて自分で払う気満々だったのに有無を言わせず大和が僕の分まで全部払っちゃって‼」


 一行はこの気まずく複雑な空気をどうしようかと思案していた。


「次のブティックだってそうさ! 僕は大和に何か買ってあげる気満々だったのに大和がまた有無を言わせず全部自分で払っちゃって!」


 一行はわめき散らす光秀が、だんだんとびんに思えてきた。


「次の風情ふぜいがある旅館だってそうさ! 次の高級リゾート地だって……! うっ……! ううっ……!」

「光秀……あなた大和と色んな所をデートして回ってたんだね……」


 奏多が光秀の頭をでる。


「返せっ……! 僕の男としてのプライドを……! プライドを返せよう……!」


 すっかり興が醒めて怒りも冷めたらしい信長が後頭部をきながら歩み寄る。


「つまり貴様は大和に何か買ってあげたくても買わせてくれなかったから、へそを曲げておったのか……? そんなガキのような理由で女を振るな!」

「だって……! だってぇ……!」


 大和は晴れやかな笑顔をみせた。どこか申し訳なさそうにもじもじしながら、優しい幼馴染を抱きしめる。


「ミツ君……。ごめんね。それからありがとう!」

「ぅう……大和……」


 大和は光秀の肩を持ち、目と目を合わせた。

 お互いの潤んだ瞳が、お互いの瞳に映り込む。


「あたしたち……やり直そ……?」


 光秀ははなをずびびっとすすった。

 奏多が近くで見ていた信長の手を引いて必死に距離を取らせようとしている。


「……うん……!」


 メイドたちから一斉に拍手が起こった。

 奏多もレックスも拍手をしていたが、ただ一人信長だけが拍手をしていなかった。

 正式に仲直りした二人に、信長が近づく。


「もういいか」

「信長?」

「貴様たちがりを戻したのは喜ばしいが……光秀! 貴様この余に逆らいおったな‼」

「ええ⁉」


 信長は光秀の襟首を鷲摑わしづかみにした。


「余に逆らえばどうなるか。貴様の体に教えてくれようぞ!」

「ちょ、ちょいちょい信長!」


 止めようとした大和の腕を払いのけ、信長は光秀の顔面を近くの長机に思いっ切り叩きつけた。長机は轟音を立ててばっきりと真っ二つに割れ、光秀の体は大広間の床の上に力なく転がる。木片が飛散して舞う、文字通りの面目丸つぶれであった。




 出陣前の腹ごしらえということで、腹八分目、いや五分目かそれくらいに抑えておいた大和たちとメイドたち。そこへSNSで集めていた傭兵や武器が着々と集まり始める。玄関ドアを力強く開けるなり、全身に真っ黒なタトゥーを彫った強面こわもての男が銃火器を持って入ってきた。大和たちは必死で目を合わせないようにする。この男は信長のSNSのフォロワーらしい。

 その他、カラシニコフ銃や手斧なども集まってきた。


「ねえ信長。よくあんなの持ってる人がフォロワーにいたよね。ここって平和を愛する国・日本だったはずじゃあ……」


 レックスが信長にささやくと、


「ハハハハハ! 細かいことは気にするな! まあ集める時間がなかった故、この付近に住んでいた人員と武器だけになってしまったがな。集めた貴様と光秀には礼を言うぞ!」


 レックスとその隣にいる、りょう絆創膏ばんそうこうを貼りつけてティッシュペーパーを鼻のあなに詰めた光秀がこくりと頷いた。


「でも信長さあ。こんな銃とか使えるかなあ。あたし銃なんて使ったことないんだけど」


 大和が疑問をていす。


「そんなものネットで調べればいいだけであろう! 貴様は馬鹿か!」

「うぐ。……はいはい。あたしが悪うございました!」


 大和は表情を歪めながら奏多の隣にある自分の席に戻った。信長の言いかたに少し納得がいかないのか、しきりに首を傾げている。

 腹ごしらえという名目の懇親会も終わり、集まった武器を改めてみんなで眺めた。

 前述のカラシニコフ銃と手斧、そして鉄剣、日本刀、サーベル、拳銃、グレネードランチャー、槍、しゅりゅうだん……その他諸々もろもろ。よくこれだけの武器が短時間で集まったものだ。壮観である。


「信長さんのフォロワーさんってみんな戦争肯定派なの……?」


 奏多が震えながらそう呟くのも無理はなかった。信長はニンマリと頰を綻ばし、大和たちに視線を送った——ところで気が付いた。

 メイドたちが武器のようおびえている。

 初めて目にする本物の武器の数々。その光景は戦争素人のメイドたちの戦意をぐのに十分すぎるものであった。散々信長にこき使われてきた大和たちも息をんでいる。

 やにわに一部のメイドたちが騒ぎ出した。

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