十九 暗所

 らんが最寄り駅まで車を走らせ、近くの空き地にあるさびれた小屋を発見したのがその日の十二時過ぎ。もうすっかりお昼時だ。

 途中、車の中から呼び出しておいたかなと合流した。奏多はタクシーで現場に向かっており、もう着いていた。大和やまとに手を振りながら走り寄ってくる。


「『金砂きんしゃ』の手がかりが見つかったってホント? すごいねー!」

「奏多ー、ごめんね急に。少し遠かったんじゃない?」


 大和のねぎらいの言葉に、奏多は信長のぶながカーの後部ドアに手をかけてぶんぶんと首を横に振った。


「全然! うちは大和の為ならどこへでも飛んでいくよーっ!」

「大和殿、先ほどの声……『金砂チャンネル』とかいうチャンネルで動画を観た時に流れていた人物の声では……」


 怪訝けげんな様子の乱の声に、大和たちは思い出した。信長と出会った日。爆弾テロが起こったビルの近くの公園で観た動画の声の主。


「えーっ! あいつが電話してきたのー?」

「そっか……あいつか……」

「しかもそいつの名前も分かったんだ。猿玉楽さるたまがくっていうんだよ」

「ふーん。変な名前……」


 大和たちは車から降り、作戦会議を始めることにする。いつものことながら乱は車をめにいった。


「間取りが分からんな……」


 信長がぶつくさと愚痴ぐちった。

 大和たちは大体の外観から、空き地の地面に木の棒を使って推測の見取り図を作成した。


「討ち入るのかー。すごい! 新選組みたい!」


 一人だけワクワクしているレックスはまるで子供のようだ。


「シンセングミ? 何だそれは。知らん!」


 信長がそう吐き捨てた時、大和が信長から預かっていた坂倉さかくらのスマホの着信がまたもや鳴った。


「どわっひゃああああああああああ⁉」


 パニックに陥った大和が握りしめていた坂倉のスマホを宙に放り投げた。スマホは浮かれるレックスの元へと飛んでいき、そのままレックスが受け取る。受け取った時、指が受話器のアイコンに触れたようだった。


『お、坂倉。わしだ。猿玉だ』


 またも聞こえてくる不快な高音。

 やむを得ずスピーカーにしてレックスが出ることに。


「お、おーぅ、坂倉だぞーぅ」

「……また下手くそな坂倉ですねえ。キャラがテキトーすぎる気が」


 車を駐めて戻ってきた乱が正直すぎる感想を述べた。レックスは恥ずかしさからか頰を真っ赤にした。拳をグーにして乱の額をこつんと小突く。


『……さっきの「死ね下郎‼」という電話で儂の心は深く傷ついておるんだぞ。腹心ふくしんのお前からとんでもない暴言が出たものだ。……分かっておるのか?』

「お、おーぅ。分かってるよーぅ」


 レックスのテキトーなキャラの坂倉に、みんな手で口を覆って笑いをこらえていた。吹き出すのを抑えるので精一杯だ。レックスはますます顔を真っ赤にして必死に坂倉を演じる。


『今日のお前は声が低くなったり高くなったり、はたまた中性的になったり大変だな。ちゃんと夏風邪を治せよ?』

「お、お、おーぅ、もちろんだよーぅ!」

「あははははっ! もう駄目です~! お腹痛い! ひーっ!」


 ついに乱が我慢の限界を迎えて吹き出してしまった。ゲラゲラ笑いながら崩れ落ち、地面をバンバン叩く。


『……坂倉。そいつは誰だ?』


 信長を除くみんなの顔から一気に血の気が引いた。優秀なはずの乱の大失態。信長が眼光鋭く乱をギロリとにらみつける。


「猿玉! こいつは俺の部下だよーぅ!」

『…………何だ、そうか。部下がいるなら早く言ってくれ。とにかくこれからはお前であろうがあのような言動は厳に慎んでもらうぞ』

「分かったよーぅ。それと猿玉。アジトの入り口のパスコードとかあったら教えてくれーぃ!」


 電話の向こう側で一瞬間が開いた。


『……そこまで忘れてしまったのか? 本当に難儀な夏風邪だな。アジトの入り口は「0602」で開くぞ』

「あーりがとーぅ!」


 プツリと電話が切れた。


「やったぁ! レックス君お手柄!」


 光秀がレックスに抱きついた。レックスは依然赤い頰をぽりぽりときながら照れ笑いをみせる。


「『あーりがとーぅ!』だって! あはははははは!」


 乱はいまだに笑っていた。レックスの坂倉がよほどツボにハマったらしい。そんな乱の後頭部を信長が派手にどついた。


「乱‼ 貴様のせいで危なかったのだぞ‼ 分かっておるのか‼」


 更に信長は乱の首をぎりぎりと絞めつける。


「ぐ、ぐええええぇぇぇぇ……‼」


 白目をいた乱がぶくぶくと泡を吹いてその場に伸びた。

 乱の周りで大和たち高校生四人組はこの戦いの勝利を確信し、抱き合って喜んでいた。

 その光景を盗み見る一団の影にも気付かずに。




 寂れた小屋まで歩みを進めた大和たちは先ほど入手したパスコード「0602」を入力した。扉が音もなく開く。


「ここより先は死地である。貴様たち……覚悟はできたか?」


 先頭を行く信長が振り返り、大和たちに静かに問うた。


「えー? 楽勝っしょ! だってあたしたちに敵いないじゃん!」

「うちら最強だよねー!」


 そんな女子たちに乱が警告を発する。


「何を戦う前から油断しているのですか。敵を侮る者は戦いに勝てませんよ?」

「でも、相手があの猿玉だったら俺たちでも……」

「そうだよね。何とかなりそう……」


 乱は眉を綺麗な八の字にした。


「お二人まで……」


 小屋の中に入るとすぐにエレベーターがあり、地下に続いているようだった。エレベーターで地下に行くということは、先刻の推測見取り図の意義は一体何だったのか分かったものではない。


「手が込んでいるな」


 呟いた信長に続いてみんなエレベーターに乗り込み、扉が閉まる。「1」「B1」のボタンしかなかったので「B1」のボタンを押した。

 しばらく体が上に引っ張られる。どうやら下降しているらしい。その後、唐突な重力を感じて扉が開いた。目に飛び込んできたのは、それこそ未来にタイムリープしてきたのかと思わせるほどの近代的な機械の数々から伸びる無数の管。

 ここからは臨戦態勢が求められた。

 信長と乱はそれぞれ刀を抜いた。じりじりと前へ進んでいく。騒がしかった大和たちもさすがに静まり返っていたが、レックスだけはワクワクしているようだった。


「……ここは広いな。太い柱が何本もあるのか。待ち伏せに最適やもしれん」

「ちょっ、ちょっと信長! 怖がらせないでよ!」


 大和は信長の腕にしがみつきながら進んだ。奏多はそんな大和の腕をぎゅっと握りしめているし、光秀に至ってはレックスの背後に隠れて顔だけ前に出している。最後尾の乱は光秀の後ろで後方を警戒していた。


「まったくだらしがない。そこまで怖がる必要は皆無であるぞ。さっきまでの威勢はどうした!」

「あ、あああたしたちはあんたたちみたいな戦国の猛者もさじゃないの!」


 がたがたと震えながら大和が返した。


「……そしてここから細い通路になって……少しくびれておるのか?」


 引き続き信長が先頭となって薄暗い通路を進んでいく。しばし進むと急に開けた空間に出た。


「砂時計のような形になっていたのでしょうか……?」

「うむ……。そのようだな……」

「きゃっきゃっきゃっきゃっ……!」


 空間の奥のほうから何者かの笑い声が聞こえた。黒板をいたような不快な高音だ。大和たちは思わず耳を塞ぐ。


「——時は今 あめがしたなる 五月さつきかな……。ようこそ我らのアジトへ。儂が猿玉楽斗だ」

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