十四 光秀

「ちょっと蘭丸らんまる‼ あたしもうミツ君に未練なんて……!」

「大ありではないか‼ 光秀みつひでの奴の首を取るのだ‼」


 無言でハンドルをさばらんに代わって信長のぶながが答えた。


「フハハハハハ‼ ころしちゃえ~~~~‼」


 若干ラリったようなかなの叫びが夏祭りの賑わいを阿鼻あびきょうかんの渦へと変える。


長谷はせがわ……そんな一面があったんだね……! 実は俺Мエムだからそういうところ結構好きかも……!」


 レックスが暴れ狂う車から振り落とされないようシートベルトを握りしめ、奏多に目を見開いてそう声を漏らした。

 光秀も死神の鉄塊くるまの気配を感じたらしい。


「おわあああああああああああああああああああああああああああっ⁉」


 光秀の背後3センチくらいまでせまり、ようやく車はまった。

 紺の浴衣ターゲットは尻を突き出しつつ地面に大の字になっていた。うつ伏せのまま動かないのは腰を抜かしているからなのか。

 真っ先に車から飛び降りた奏多が、


「ケケケケケ、光秀ぇ~? ねんの納め時だよぉ~?」


 信長が助手席側のフロントドアを開けて出てきた。


是非ぜひに及ばず。今すぐ腹を切れ。さすればさらし首にはせん。約束しよう」


 付近には人だかりができていた。信長はだらしなくのびている光秀の尻にあしにを叩き込む。


「しゃんとせんかいっ‼」

「ぎゃんっ⁉」


 続いて車から飛び降りた奏多も足蹴にを繰り出す。


「えいえいっ! こんな奴いじめちゃえー! あははははははっ‼」


 奏多に入ってはいけないスイッチが入ったようだ。


「ちょっと! 二人ともっ! さすがに可哀想だからやめなよって!」


 遅れて飛び降りてきたレックスが光秀といじめっ子二人の間に割って入った。奏多はまだ足蹴にを繰り返していたが、どうにか信長のほうは止めることに成功する。


「う……っ! ううううううううううううううぅぅぅぅぅぅ……!」


 いじめられてむせび泣く光秀。大和も後部座席で座ったまま、ぐすぐすと嗚咽おえつしていた。


「大和が泣いておるぞ。貴様……何も感じんのか」

「えぐっ……! うわあああああああああああああああああん‼ 何で……っ! 何で僕だけこんな目に遭うんだよおおお‼」

「貴様のことなどどうでもいいのだ‼ むやみやたらに女を泣かすな‼」


 信長の渾身こんしんの怒声に、騒がしかった付近の喧騒が、しん……と静まり返った。


「……奏多。奏多。足蹴にやめようか」


 レックスによってがされた奏多がじたばたと暴れていた。

 運転席では膝の上に肘を置き、頰杖をついた乱が優しく微笑む。


何故なにゆえ……大和を捨てたのだ……?」

「うぐ……っ……っ!」

「ミツ君……」


 少し落ち着いた大和が車から下りてきた。突き出された光秀の尻におずおずと触れる。


「おお、よしよし……」


 大和の尻へのあいに、光秀の目からどっと涙が溢れた。溢れ出した涙は止まらない。すぐさま光秀の顔は涙のしずくはなでまみれた。


「ぅぅうううううううううっ……!」


 顔を地面のじゃにつけたまま泣きじゃくる。あまりにもかわいそうだったので、大和が仰向けにしてひざまくらをつくった。


「ふん! どこまでも情けない奴め。本当に男児なのか!」

「まあまあ信長」

「ちょっとほり君! うちの腕放しなさいよ!」

「もう蹴らない?」

「蹴る!」

「あとちょっと、こうしてようか」

「何でよーっ!」


 ギャーギャーわめく奏多をレックスが取り押さえていると、人垣が割れて夫婦とみられる中年の男女が現れた。二人とも浴衣を着ている。


「ミツ……お前女の子を振ったのか⁉」

「……ミツ。そういうことなら今日のお出かけは中止。あんた当分家に帰ってきなさんな!」


 男女はまた人垣の中に戻っていき、見えなくなった。


「パパ⁉ ママ‼」


 光秀のさみしげな声だけがむなしく都会の真ん中でエコーした。手を突き出して固まる光秀を取り残し、辺りにいた野次馬が分かれ、さんしていく。


「えっと。光秀……君……? ほぼ口きいたことなかったよね? 俺は堀レックス。よろ!」


 思い出したように口を開いたレックスに、


「う……うぅ……ひどいやパパ……ママ……! あ、あの。僕……藤山ふじやま光秀、です……」


 肌寒さのあまりみんな背を丸めた。

 乱も運転席で同じように背を丸めている。

 真夏の熱帯夜の気温が、いやに低く感じられた。




 大和は歩道で光秀と遠巻きにたたずんで、夏祭りの様子を眺めていた。


「助かったあ……」


 光秀が肝を冷やしたと言わんばかりに胸に手を当てた。


「ん? レックスのこと?」


 くと、光秀はこくりと首肯しゅこうする。

 信長が「光秀をトランクに突っ込んで屋敷に帰る」と言い出したので、慌てたレックスが「それはアングラすぎる!」と信長に立ちはだかったのだ。二人はしばらくにらっていたが、やがて乱も「せっかく免許取ったのに、早速点数を引かれるのは嫌ですぅ」とレックスに同調。光秀の見張りを大和が買って出て——

 第六天の魔王が折れたのだ。夏だというのに明日は大雪が降るのか。

 大和は夜空を見上げた。大都会の天楼てんろうもと、星などまったく見えない。けれど確かに感じる星々の息吹いぶきに瞳を向けて。


「——あたし、男の子に振られたの初めて!」


 大和は。気付けばそう言って笑っていた。

 光秀は驚いたような、意外なような——そんな微妙な顔つきをしていた。


「何その顔! あたしに失礼!」

「ご、ごめん……!」


 大和はグーで光秀を小突こづく。光秀は落ち着かない様子だった。


「ベンチ……座る?」


 大和がベンチを勧めると光秀は、


「いや! あの、僕、お尻が痛むんで……!」

「そっか」


 大和だけベンチに腰かける。

 透き通るような微笑みを浮かべながら、大和は。


「男の子なんて……みんなあたしのこと好きだって思ってたのに」


 今までずっと振る側だったのにな、とこぼすのだった。


「あんたひょっとして。ご両親と一緒の夏祭りだったから嬉しそうだったの?」

「……」


 光秀は照れ臭そうに頷いた。


「このファザコン&マザコン!」


 そんな光秀を大和はまたグーで小突く。


「この間。あたしのお屋敷の前に来てたよね……? あれは……あたしに何か用があったの……?」

「……大和……どうしてるかなって……」


 光秀はもじもじとしながら、かぼそい声でそう答えた。

 大和はどこか晴れやかな笑みを浮かべ、明るい溜息ためいきく。


 この静かなひと時も、乱のオープンカーが帰ってくれば吹き飛んでしまう。

 あのアングラ戦国大名とその腹心ふくしんが二人を迎えにくれば。

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