五 装束

「あの黒い筒の正面に立つのか? 撃ち抜かれんのか?」

「いいから黙ってて! 遠くを歩くだけよ。こういう地道な努力って大事よね、どんな大物がこの放送観てるか分かんないんだから。あたしスカウトされないかな……?」


 信長のぶながはあくまで大和やまとを心配してくれているようだ。

 煌々こうこうとライトが照らす中、リポーターがカメラの前で現場の状況を伝えている。

 その後ろのほうを大和が偶然映り込んだふりをして歩き出した。


「(いいぞー! 大和————っ!)」


 かなが声量を極限まで下げて応援する。


「では私も! いいですよーっ‼ 大和殿————っ‼」


 クソデカボイスで応援したらんをレックスが口を塞いで黙らせた。


「むぐーっ! 何をするのですか⁉ 私はただ大和殿に元気を——!」

「はた迷惑だからやめてくれ……」


 何人かのテレビ局のクルーがこちらを振り向いたが、中継は続くようだった。

 リポーターによると、これまで分かっている限りでこの事件により九人が亡くなったという。大和たちが生きているのが不思議なくらいだ。

 奏多は乱が黙ったのを確認すると、またスマホをいじり始めた。


「あっ! 『金砂きんしゃ』がまた動画上げてる! この動画サイト、規制が緩いよ! こんなチャンネルはBANバンしてよ!」

「ええっ⁉ 上様うえさまーっ‼ 『金砂』の奴らまだ全然りてないみたいです‼ また動画上げてます‼」


 再びの乱のクソデカボイスに、テレビ局のクルーがほぼ全員こちらを向いた。

 信長は通りの向こうで「何だと⁉」と叫んで怒りに顔をゆがませると、


「大和よ。あの黒い筒は情報を飛ばせると言っておったな?」

「え? うん、そうだけど……。何するつもりよ。嫌な予感しかしないんだけど……?」


 大和に確認を取った信長は、中継を終えようとしているリポーターの横にずかずかと歩いて行った。いきなりのちょんまげおじさんの登場にテレビ局のクルーが言葉を失う。


「ちょっと信長‼ お仕事の邪魔でしょ⁉」


 信長の腕を引っ張ってテレビカメラのかくから外そうとするが、大和の細腕ほそうではいとも簡単に振りほどかれてしまった。テレビ局のクルーはリポーターを含めオロオロしている。

 信長はしばし目を閉じ、息を吐く。

 そしてカッと目を開けた。


「よく聞け悪劣あくれつなる『金砂』の賊徒どもよ‼ こそはたいらの朝臣あそん織田おだ上総介かずさのすけ三郎信長さぶろうのぶながである‼ これ以上民の暮らしをおびやかすのであれば容赦はせん‼ 貴様たちのそっ首まとめてね飛ばし——」


 信長は一拍間を置いた。けんしわを寄せ、にやりと片方だけ口角を上げて舌なめずりをする。


「貴様たちのされこうべをさかなに——うたげでも開くとしよう……!」


 誰もが思わず息を呑む迫力であった。


「オーケーでーす!」


 テレビ局のクルーが間の抜けた声を出した。大和はそのクルーの胸ぐらをつかみ、


「何がオーケーなのよあんた‼ こいつ放送禁止用語乱発してたでしょうが‼」


 がくがくと揺すった。


「上様! さすがの脅迫でございました‼」

「これ全国中継じゃないよね? もし全国中継だったら俺は逃げるよ」


 レックスが心配そうに目配せする。


「全中ですよー!」


 さっきのクルーが間の抜けた声で返した。「全中」とは全国中継の意だ。終わった、とばかりに大和は頭を抱える。


「あの! このおじさんとあたしたちゼンッゼン何の関係もないから!」


 それだけ言い残すと、大和たちは信長を置いてそそくさと屋敷に帰っていった。



 ★ ★ ★



「待~て~! 大和~‼」


 路地裏の街灯を頼りに信長は大和たちの足取りをうめきながら追っていた。中途半端な半月より人類の文明のほうがよっぽど役に立つ。そしてこの戦国大名に「夜に呻き声を上げたら近所迷惑になるかも」という発想はなかった。


「大和め! 見つけたら張り倒してくれる……!」


 そこまでひとちた信長の足が止まった。


「……ぬう」

「さすがだなてめえ。俺様の気配に気づくとは」


 何者かの気配が信長の背後にあった。


「何奴」


 信長はすかさず抜刀した。ともにタイムリープしたじっきゅう光忠みつただが街灯に照らされてあやしく光り輝く。


「よくも俺様たち『金砂』に喧嘩売りやがったな」


 信長は振り向きざまに刀で背後の気配を鋭く水平にはらった。

 気配は大きくバク転して距離を取る。


「てめえの剣。えてやがんな。……そうこなくっちゃな」


 間もなく気配の輪郭線が信長の目に飛び込んでくる。顔は暗闇でよく見えないが、かなりの細身だ。全身を黒装束で包み、首には赤く長いスカーフ——手にはくさりがまを構えていた。


「ほう。鎖のこすれる音がせんかったが。……貴様、なかなかの手練れだな」

「へっ……。黙れよ!」


 黒装束が疾風しっぷうの如く信長に突貫してきた。鎖鎌を左右へ八の字に動かしての乱れ斬りだ。信長はそれらを難なく打ち払う。


「しかし余には遠く及ばん」


 信長は黒装束の腹に一発蹴りを入れて吹き飛ばし、間合いを取る。


「ぐっ……。答えろ。……てめえは本当に織田信長なのか?」

「貴様のようなせんの輩に答えるすじもないが……。いいだろう、教えてやる。……いかにも。余はたいらの朝臣あそん織田おだ上総介かずさのすけ三郎信長さぶろうのぶながである」

「そうかよ……! じゃあ俺様も名乗ってやるぜ。俺様は『金砂』の坂倉誠八さかくらせいはちだ。以後よろしゅう……。忘れるな。てめえらはもう俺様たちから逃れられねえってことをな」


 坂倉は空高く跳躍すると、屋根をつたって逃げていく。

 信長はその背中をただただ睨みつけていた。

 令和の時代の夜に、戦国大名がひとり、路地裏にたたずんでいた——

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