第3話 氷結楽章



第1章:氷の音色


コンサートホールに響く音色は、この世のものとは思えなかった。


私は音楽プロデューサーとして、数多くの演奏を聴いてきた。しかし、ユキハラ・レイの奏でる「氷の音楽」は、あらゆる常識を超えていた。


透明な氷で作られた楽器から流れる音は、まるで時間そのものが結晶化したような響きを持つ。観客は皆、魅了されたように聴き入っている。


「森口さん、これ...普通の録音機材じゃ収録できないかもしれません」


レコーディングエンジニアの声に、私も気付いていた。波形が不規則に乱れ、まるで音が時間の隙間に紛れ込んでいくかのようだ。



第2章:特殊な氷


「この氷は、特別なものなんです」


コンサート後、楽屋でレイが静かに語った。彼女の手には、氷で作られたフルートが握られている。不思議なことに、室温なのに少しも溶ける気配がない。


「奥山田の研究所で作られた氷です。音を永遠に封じ込める力を持っています」


その言葉に、私は耳を疑った。奥山田製薬の秘密の研究所。都市伝説として語られる実験施設の名を、彼女がなぜ知っているのか。



第3章:記憶の音色


「私の母は、奥山田研究所の被験者でした」


レイの告白に、部屋の空気が凍りつく。


「母は研究所の冷凍睡眠実験で、特殊な氷の性質を発見したんです。氷に音を封じ込められることを」


彼女は氷のフルートを掲げた。その中に、かすかに渦を巻く模様が見える。


「この楽器は、母の最後の贈り物。音を永遠に保存できる、唯一の媒体です」



第4章:時を奏でる者


レイの演奏に秘められた真実が、少しずつ明らかになっていく。


氷の中に封じ込められた音は、時間そのものの断片だった。聴く者の記憶を永遠に保存する力を持つ。だからこそ、通常の録音機材では捉えられない。


「でも、この力には限界があります」


レイは演奏を終えるたび、少しずつ透明になっていく。まるで、母と同じように。



第5章:最後の演奏会


世界ツアーの最終公演。会場となる東京オペラシティには、満員の観客が集まっていた。


レイの姿は、ステージライトに透けるように儚げだった。


「今日の演奏は、特別なものになります」


彼女の手にある氷のフルートは、これまでと違う。より深い青さを湛え、内部の渦模様がより鮮明になっている。


演奏が始まった瞬間、会場全体が青白い光に包まれた。


観客は誰もが、不思議な感覚に襲われる。まるで記憶が氷の結晶となって、永遠に保存されていくような。



第6章:永遠の記録


演奏の終盤、レイの姿が徐々に透明になっていった。


最後の音が響き渡ったとき、彼女は完全に姿を消した。残されたのは、氷のフルートと一通の手紙だけ。


『永遠の記憶を求めた実験は、三つの場所で行われました。

アイスランドの研究所で、時間を氷の中に閉じ込め、

奥山田で、人々を氷の中で眠らせ、

そして私は、音楽として時を封印する。


これが、人類の永遠への挑戦の記録です』



エピローグ:時を超える音


レイの最後の演奏を収録したはずのテープには、何も記録されていなかった。


しかし、その日の記憶は、観客全員の心に鮮明に残り続けている。まるで、時間が氷となって、永遠に溶けることのない結晶となったかのように。


時折、静かな冬の夜に、どこからともなく神秘的な音色が聞こえてくるという。


それは、永遠を求めた者たちの、氷の記憶なのかもしれない。

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