第4話 白い足跡
私は雪を踏むたびに、あの音を思い出す。
三年前の冬。山小屋の管理人として最初の冬を迎えた私は、降り続く雪の中で奇妙な足跡を見つけた。人の足跡なのに、どこか違和感があった。まるで、誰かが後ろ向きに歩いているかのような足跡。
最初は野生動物の仕業だと思った。でも、その足跡は毎晩増えていく。そして必ず小屋の周りを一周してから、裏手の森へと消えていった。不思議なことに、どれだけ雪が降っても、その足跡だけは決して埋もれることがなかった。
ある夜、私は足跡の主を確かめようと、外の監視カメラをチェックしていた。すると、画面に映し出されたのは、白い着物を着た女性の後ろ姿。彼女は後ろ向きのまま、ゆっくりと歩いていく。
私は慌ててモニターの電源を切った。が、その瞬間、背後で木床のきしむ音が。振り返ると、濡れた足跡が部屋の中に続いていた。しかも、部屋の奥から入り口へと向かう方向に。
その夜は、毛布にくるまって夜明けを待った。翌朝、同僚の山田さんが定期巡回で訪れた時、私は昨夜の出来事を話した。
「ああ、あの足跡か」山田さんは深いため息をついた。「実はな、三年前にこの山で遭難事故があったんだ。女性の登山客が道に迷って。遺体は見つからなかったが、彼女が最後に目撃されたのは、この小屋の裏手の森」
その時、私は気づいた。三年前の遭難事故。そう、テレビのニュースで見た記憶がある。彼女は道に迷い、必死に助けを求めて歩き続けた。でも、強い吹雪の中、自分の足跡を追いかけているだけだった。結局、自分の足跡を追って、ぐるぐると円を描くように。
「あの足跡な、表向きは後ろ向きに見えるが、実は前に向かって歩いた足跡なんだ。ただ、その人が自分の進行方向を間違えていただけ」
山田さんの言葉に、私は背筋が凍る思いがした。
それから数日後、大きな吹雪に見舞われた夜のことだ。突然の停電で、小屋は闇に包まれた。懐中電灯を手に取ろうとした時、廊下から「カタン、カタン」という下駄の音が聞こえてきた。
そして、私の部屋のドアがゆっくりと開く。
月明かりの中、白い着物の女性が立っていた。彼女はゆっくりと振り返り、真っ白な顔で私を見つめた。その目は、どこか助けを求めているような。
「道…教えて」
かすれた声が響く。
「あなたの…足跡を…追って…」
次の瞬間、女性の姿は消え、代わりに激しい雪が舞い込んできた。
それ以来、私はあの足跡を見かけるたびに、女性に道を教えるようにしている。小屋の外に蛍光テープを貼り、非常用の照明を設置した。彼女の足跡は、今でも時々現れる。でも、最近は小屋の周りをぐるぐる回ることはなくなった。
ただ、吹雪の夜は今でも恐ろしい。廊下に響く下駄の音。そして時々聞こえる、あの掠れた声。
「正しい道…ありがとう」
私は毎晩、祈るようにベッドに入る。今夜も、彼女が迷わずに進めますように。そして、私の後ろで聞こえる足音が、ただの想像でありますように。
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