『氷雪の黙示録 - 雪が語りかける7つの物語』SF・ホラー・異世界ファンタジー・文学 珠玉の雪景色アンソロジー

ソコニ

第1話  最後の雪



「粒子の結晶化が始まります」


気象制御研究所主任研究員の風間雪乃は、モニターに映る数値を確認しながら、静かに呟いた。高度1500メートルの上空で、ナノマシンを含んだ雲生成粒子が、天然の雪の結晶構造を完璧に模倣し始めている。


窓の外では、人工的に生み出された雪の結晶が静かに舞い落ちていた。気温調整システムが完備された地下都市D-07に住んで30年。本物の雪を見るのは、これが最後になるだろう。


机の引き出しから、古びた写真を取り出す。祖母が残してくれた、2024年の大雪の記録だ。写真の中では、真っ白な雪が古い街並みを覆い、人々は厚手のコートを着て歩いている。今では博物館でしか見られない光景。その年を最後に、日本の平野部から雪は姿を消した。


地上の気温は年々上昇を続け、もはや人が住める環境ではなくなっていた。人類は50年前から徐々に地下へと移住を始め、今では地上に残る者はほとんどいない。


「風間主任、粒子の凝集率が予定値を超えています」


助手の声に、雪乃は素早くデータを確認した。結晶化の速度が想定より20%上回っている。このまま放置すれば、雪崩を引き起こす可能性もある。


「第三層電磁制御装置、出力30%減少。雲生成粒子の拡散を促して」


的確な指示により、数値は徐々に安定域に戻り始めた。今日の実験は、地上の気象制御実験の一環として行われる、限定区域での人工降雪プロジェクト。雪乃は10年の研究生活をかけて、このプロジェクトを主導してきた。


防護服を着て地上の観測所に出ると、変わり果てた街並みが目に入る。かつての建物は風化し、荒れ果てている。しかし、空から降り注ぐ人工の雪は、まるで昔と変わらない純白の輝きを放っていた。


「主任!装置に異常が」


通信機から助手の焦った声が響く。モニターには、電磁制御装置の急激な温度上昇を示す警告が点滅していた。このままでは実験の続行が危ぶまれる。


「落ち着いて。バックアップシステムに切り替えて。私が現場で調整します」


雪乃は即座に判断を下し、観測所の制御パネルに向かった。祖母は昔、「雪が降ると世界が静かになる」と言っていた。その言葉を思い出しながら、彼女は冷静に機器の調整を続けた。


15分後、システムは完全に安定を取り戻した。観測データを確認すると、人工雪の結晶構造は自然の雪と見分けがつかないほど精緻なものになっていた。科学の力で作られた雪だとしても、その神秘的な美しさは変わらない。


実験終了後、地下都市への帰路につく前に、雪乃は最後にもう一度空を見上げた。雪は既に止んでいたが、灰色の空には薄い光が差していた。


あの光の向こうに、きっと私たちの新しい可能性がある。そう確信した雪乃は、次の実験計画の構想を胸に、地下都市のエレベーターに足を踏み入れた。人工雪の技術は、まだ進化の途上にある。いつか必ず、失われた自然を取り戻す鍵となるはずだ。

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