あの探偵について。

なもなき草

序章・それは妖精のような美少女、一応の名探偵。

いきなりですまないが、助手でも語り手でもない探偵だ。


未来くらい予想がつく、私だからね。


だから私が亡き後彼が私を偲ぶながら私の記憶について語り記すことくらい予想がつくし、そんな未来に向けて心の中で返しが出来るのが私だ。


そういう訳で、いきなりだが番外で、序章だ。


彼が想像するしかない、彼の視点では知りえない私の視点で、私の心中で、私の語りで始めさせて貰うよ。


なに、健気にも私を大切に偲ぶ彼の思いに水を差すなんてつまらない真似はしない。


こういう彼が語れない記せない現在幕間はこれからも偶にはあるが、ちゃんと控えるとも。


ただ、大人しく語られるだけの私ではないので、私が最初に私のことについて語ることにしただけさ。


ごっほん、では――


とある雪の降る街道で一人、美少女が歩いている。


それはそれは妖精みたく可憐で神秘的、儚さともまた違う一種の透明感を身に纏っている美少女だ。


こんな真冬の夜に外で雪を被り続けてはいるが、無論、彼女は決して悲劇的なマッチ売りの少女などではない。


むしろその悲痛な運命を羨むような、ある意味悲喜劇的な少女だ。


道沿いにある建物の窓ガラスは彼女の姿を映し出す。


雪に染められたかのような短く白い髪、青空よりも澄み渡る青い目。


肌は白く、身体は華奢く、身に纏っているのは少しふわふわした服。


学校の制服のような、クラシカルなジャンパースカートのような…そんな不可思議な格好。


寒色系の色に占められたその装いは彼女によく似合うし、特に雪が降るこんな夜では妖精にすら見紛うことだろう。


これは決して自画自賛ではない、ただ単にこのガラスが映し出した美少女が実に美少女なだけである。


そしてこの美少女、つまり私の手には似合わないものが握られている。


――バットだ。


まぁ、似合わないと言っても美少女はなんでも似合うのだから似合わないのにむしろ似合わないからこそ似合うような独特的な美感を醸し出す矛盾的な魅力がある訳だが…


こんなバットを持って何をするつもりかというと、もちろん、振り回すためだ。



「――はっ!」



元気な掛け声と共に、私は目の前の窓を豪快に割る。


そして割った窓を飛び越えて中に着地。



「こら~!うちのペットを攫ったのが君たちだね?覚悟しろよ~悪党共♪」



暗闇の中、空間は広いが色んな物が置かれているから少し狭い部屋の中、十人に満たない柄の悪い男達が私を見るなり騒ぎ始めた。



「うわっ!出たあああ!!」 「あの探偵だ!」 「やばいやばいやばい」


「まるで悪魔でも見たかのような反応だね。」



呆れながらバットを担ぎ、私は微笑んで死刑宣告する。



「とりあえず、死ねい~~♪」



悲鳴を上げて逃げ惑う奴も居れば、どうせなら一矢報いようと私に飛びかかる奴も居る。


けど全て無駄だ、誰一人とて私に触れさせはしないし逃げさせはしない。



「えい!」



バットを振り、ナイフを避け、頭をかち割り、銃弾を回避し、またバットを振るう。


容赦のない私は返り血を浴びながら笑う、遊びを楽しんでる子供みたいに楽しく、純粋に。



――男達をバットで殴り殺しながら。



しばらくして悲鳴も無くなり、部屋中は静まり返った。


辺り周りは血だらけで、床には男達の身体が転がっている。


完全に死んだけど気にしない、どうせのだから。


気になるのはうちのペットだけだ。



「…死んだ?」


「…ペットじゃないから。」



目当てのペットは相も変わらず、反骨的なのに優しい声色で返事をくれる。


声自体は普通すぎて印象にすら残れないような特色も何もないものなのに、何故か耳障りがいい。


その声を聴き、思わず笑顔になり、私は彼の近くにしゃがむんだ。



「ペットじゃ不満かい?たくさん可愛がるのに~」


「………不満だね。」


「なにその間?」



グルグルと縄に縛られ、動けない彼の髪をわしゃわしゃと撫でてやると、少し不貞腐れた顔になったのでその顔をしばし楽しんだあと、彼を縛る縄をほどいた。



「帰り道に首輪でも買ってあげようか?」


「……マジでそういう趣味?」



寒いい~やっぱ外は寒いね~



「ところでアルバくん?彼らはどうして君を攫ったのかね?」


あの探偵おまえ用の人質だそうだ。」


「ぇぇ~?そんな無駄なのにー。」


「だから結局使わなかった。」


「……じゃホントなんで君を攫ったのさ?」


「……さぁ?」



ひょっとしてただのバカ?


バカは死んでも治らないと言うけど、治って欲しい。


くだらないちょっかいをかけられ続けたくはない。



「あ…0時だ。」



その声がまるで合図のように、一瞬にして服についてた血は無くなり、言葉通りの元通りになった。



「あいつら…今頃生き返ったんじゃない?…走る?」



その言葉を聴いて、思わず笑った。



「いやいや、流石の彼らもそこまで馬鹿じゃ――」


「居たぞ!!」「やっちまえ!」「俺たちのカタキだああ!!!」



えええぇ……


想像を超えるバカ具合に、流石に困惑を禁じ得ないのだけど…



「馬鹿は死んでも治らないということだ。」



この男、何を他人事みたいに。



「はぁ…」



さっきバットで殴り殺した男共がこちらに向かってくるのを見て、仕方なく、私はまたバットを振り回す事にした。



「とりあえず――もっぺん死ねい!」



程なくして、真冬の街道が血に染まる。


辺り一帯に転がる人体を見渡し、一息つく。



「お疲れ、ひとまずこれで明日までは大人しく死んだまま……なに?」


「私は不満なのだよ、ペットくん。」


「ペットじゃない、…んで、何が不満なんだ?」


「ご主人様がこんな物騒な人達に襲われていると言うのに、それを遠巻きに見ているだけだなんて、ペット失格だと思わないのかい?」


「だからペッ……はぁ…じゃ俺も一緒に戦ったら良かったのか?」


「邪魔だから引っ込んでて欲しいな。」


「理不尽な…」



やれやれだよ、また服が血まみれになったじゃないか。


これでは明日まで別の服にするしかない、次の0時までまだ23時間58分16秒もあるというのに。


仕方ない、折角のお気に入りだけど今日は別のにしよう。



「というわけで、どんな服を着て欲しいのかな?」


「メイド服でお願いします。」


「素直でよろしい。」



即答とは、このメイド好きめ。



「さて、着替えるためにも私達の愛の巣に戻るとしよ。」


「愛が何処にも見当たらないがな。」


「君からは有るじゃない。」


「………」



黙り込んだ彼には私は続きざまに言う。



「いつかちゃんと、私を殺してね。」


「………ああ、約束だ。」



その真剣な眼差し…少し嬉しくなる。


顔も不細工でもなければイケメンでもない、特徴の一つもなく形容するのに苦労するパッとしない顔だけど…


その眼差しだけは、確かに心に響く。



「ふふ、楽しみにしているよ♪期待はしないけど。」



――マッチ売りの少女が羨ましいよ…ホントに。

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