あの海辺で ~想い出で終わらせたくなかった君との出会い~

松瀬なつ

さゆり

第1話 1996年4月

「ねぇ、さゆり、もし今日、運命の人に会ったらどうする?」

 私の唯一の友人、竹内茜はいきなりそんなことを口にした。


「え? 運命?」

 私、河野さゆりは、土手のベンチに座りながら隣の茜を見た。茜の背後には緑色の山、目の前には空を映した青色の川が流れている。


「うん。運命の人」

「え? 何、急に」

 珍しく真剣な顔をしているので眉をひそめていると、


「いやぁ、ちょっと想像してみただけ。今、読んどる小説がね、運命の人に出会って恋に落ちて、でも二人は一緒になれんっていうストーリーでさ」


「ロミオとジュリエットみたいに?」

「あぁ、まぁそんなもん。で、運命なんて信じたことなかったし、そんな恋愛しとる人なんておりそうにないし? じゃけん、おもいっきりフィクションじゃなぁって思うけど、でも、もし万が一そんなことが実際起こったらどうなんじゃろ、って思って」

「ふーん。そっか」


 やっと意味の分かった私は視線を目の前の川へと移した。左手の瀬戸内海の方から心地良い風が吹いてくる。右手には大橋の上をゆっくりと車が移動していた。穏やかな風景の中にいると、時間さえもがゆっくりと流れているように感じる。こんな田舎町で運命の人に出会うなんてまず想像できないと思ってから、それ以前に私みたいな人を好きになってくれる人なんていないだろうと思い直す。


「無理……。じゃろ」

 なんでも話せる茜を前に正直な気持ちを口にすると、茜は眉根を寄せた。


「なにが?」

「まず会えんと思うし。でもそれより、こんな私のこと好きになってくれる人なんかおらんじゃろうし……」

 口にすると自分でも情けなくなってきて声がしぼんだ。


「もうっ。さゆり! またいつものー。そんなことないって。さゆり、めっちゃ可愛いし、勉強もできるし、優しいし。もっと自信持った方がいいって。あ、そう言えばうちのクラスの男子で、さゆりのこと狙っとる子おるって聞いたことあるもん」

 そんなの嘘ばっかり、と思いながらも、そうやって励ましてくれる茜の優しさがありがたかった。茜に悪い気をさせたくなくて、笑顔を作る。


「いいって、そんなん言わんで。でもね、じゃけん、がんばって夢叶える」

 茜に、というよりは自分自身に言い聞かせるように口にしていた。


 ――私の夢。 


 自分とはかけ離れた『都会で颯爽と歩く素敵な女性』を想像し胸を躍らせた。

 絶対に叶えたい。いや、叶えるのだ。そうなればもっと自信が持てるはず。こんな私でも好きだと言ってくれる人が現れるはず……。


「別に夢叶えんでも、今のままで十分自信持ってええと思うけど……」

 聞く耳を持たない私をよそに茜は独り言のように呟いた。


「そうだ! 今週の金曜またさゆりン家泊りにいっていい?」

 話題を変えようと明るい声を出す。

「うん、もちろん」

 笑顔で応えると、茜は目を大きくして続けた。

「やったっ! じゃ、さゆりが録画しとるビデオ一緒に観よ!」

「オッケー。じゃ、ビバヒルね!」

「えぇー、またぁ?」

 茜は口を尖らせた。


 私は海外ドラマが好きで、特に今はアメリカの高校生の日常が描かれているビバリーヒルズ高校白書にハマっている。

「まぁしょうがないか。さゆりの夢の世界じゃもんね、ビバヒル」

「うん!」

「来年東京の大学行って、その後キャリア積んで、絶対さゆりの夢叶うよ!」

 笑顔の茜を見て頷いた。


 そうだ。来年の今頃は大学に通っている……。

 そして、その向こうには私の夢……。

 彼氏なんて今の私にはできない。

 好きな人もいらない。

 だって、まずは夢を叶えなくちゃ。


 そうすれば、きっと愛される自分になれるから……。


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