3.疑惑の男

 森を抜け、街へと続く道をエリスと並んで歩きながら、彼女は不思議そうに小さく首を傾げた。


「――そういえば、どうして『シャドウマスター』に《プロテクト》がかかっていたんでしょうか?」


 エリスのその疑問は、俺の心にも引っかかっていた。

 理由はさっぱりわからん。

 だが、頭の片隅に、妙に引っかかる人物が1人だけいた。


「そうだな……理由はわからんが、1人思い当たる人物がいるんだ。いや、この場合、1人と言ったほうが正しいかもしれんな」


 俺は、あの時のことを思い出しながら言葉にする。

 周囲が歓声と祝福で沸き立っている中、その男だけは違っていた。


「その人だけは、薄い笑みを浮かべてたけど『目』だけは笑ってなかったんだよな。それに――」


 俺のスキルで沸き上がる中、声はハッキリと聞こえなかったが、口の動きからすると――。


「『危険だな……』って呟いてたと思うんだよな。あの時は、それだけ俺のスキルが扱い方によっては危険って意味かと思ったけど、今回のことで確信したよ」


「それって……」


「ああ。教会で担当になった司祭の『グレゴリー・ベネディクト』……理由はさっぱりだけど、俺のスキルは教会にとって、または彼にとって都合が悪かったのかもしれん」


 風の噂では、枢機卿にまで上り詰めたと聞いた。

 俺とは違い、随分と出世したものだ。

 それだけ権力があるのなら、きっとまだ教会にいるだろう。


「その人物が……」


「多分な。ま、機会があれば直接聞いてみたいもんだな」


 もし本当にあの男が俺に《プロテクト》をかけたのなら、1発どころか気が済むまで殴りたいところではある。

 が、正直、今はそれよりも、封印されていた力が解放されたこれからが楽しみでたまらん。


「教会……」


 浮かれ気分でいる俺とは反対に、エリスは少し考えるように小さく反芻していた。



 ◆◇◆



 しばらく歩き、ようやく街に到着した俺たちは、その足でおすすめの飯屋に向かった。

 道中、エリスの腹が何度か鳴っていたからな。

 早く連れてってやらないと、かわいそうだ。


 メインストリートから少し外れたところにあるその店は、昔から馴染みのある店で、俺がペーペーだった頃から通っている。


「年季の入ってる店構えだろ? 外はこんなんだけど、味は俺の中で街1番だな」


 店の扉を開けると、顔馴染みの獣人の女性が出迎えてくれた。

 その特徴的な耳が、ピクリと動いた気がした。


「『外はこんなん』とは、ずいぶんな物言いだねぇ? シェイド」


 獣人特有の耳の良さで、外の会話をしっかりと聞かれてたみたいだ。


「おっと、はは……」


 俺は慌てて言葉を濁し、愛想笑いを浮かべた。


「ま、『街1番』って評価をしてくれたから許してやるかね。2人だね、好きなところに座りな」


 女将のリーマは、笑いながら席を勧めてくれた。

 俺たちが適当な席に着くと、リーマが水を置きながらニヤニヤと笑う。


「誰かを連れて来るなんて珍しいじゃないか。しかもこんな若い娘捕まえて」


「捕まえたとは人聞きが悪いな。新規客を連れてきたんだ、サービスの1つでもしてほしいね」


「よく言うよ。そういうのは、もっと金を落としてから言いな。お嬢ちゃんはフードなんて被ってどうしたんだい」


「えと……」


 エリスは、少し困ったように視線を逸らす。


「この子はエリスだ。たまたま森で出会ってね。エリス、ここでは誰も君のことを差別する奴なんていない。無理にとは言わないが、フードを取っても問題ない」


 困り顔のエリスに、俺はそう促した。

 エリスはおずおずとフードに手を掛け、ゆっくりと脱いだ。


「おや、珍しい。ハーフエルフかい」


「――っ」


 エリスは、リーマの言葉に少しだけ体を震わせた


「人種とハーフエルフの恋……いいじゃないの!」


「ぶほっ!?」


 リーマの的外れな言葉のせいで、俺は思いっきりむせてしまった。

「へ? へえぇ!?」と慌てているエリスの代わりに、


「――ったく、あんたらみたいな関係じゃないの、こっちは。恩人ではあるけど、そういうんじゃないんだよ」


 俺は、吹き出した水を拭きながら否定した。


「なんだ、そうなのかい。つまんないね」


 リーマはその言葉通り、あからさまにつまらなそうな顔を浮かべた。


「エリス。このリーマの旦那は、厨房で料理をしてるカーンっていう人種なんだ。だから、この店ではどんな種族もいらっしゃいませってことだ」


「お金さえ落としてくれれば、ね」


「はいはい。ま、俺としても気兼ねなく来れる所だから……まあまあ気に入ってるよ」


「なーにが、『まあまあ』だよ。ほとんど毎日来るじゃないかい」


「うっ……」


 エリスはくすりと笑い、


「とっても素敵な場所ですね」


 と、周りを見ながらそう言った。


「そうだろう? いい子じゃないか。うちのとっておきを持ってくるかね」


 リーマは、そう言って厨房へ下がっていった。


「やれやれ……」


 俺は、好きなだけ喋っていなくなるリーマに、小さくため息をついた。


「ふふっ」


「どうかしたか?」


「いえ」


 エリスは、笑顔で首を横に振った。

 今のやりとりに、何かそんな笑うところなんてあったか?


「そういえば、エリスはどうしてそんなに腹をすかしてたんだ?」


 すると、それまで笑顔だったエリスの表情が曇る。

 エリスは一瞬ためらい、口を開いた。


「実は……お店に行っても追い出されてしまって……」


 種族による差別、か……。


「こういうお店が見つけられればよかったんですけど……。それで、食事があまりできなかったんです。ギルドでも登録させてもらえなくてお金も……」


「え、ギルドでもか?」


「……はい」


 ――それはひどい。


 ダメに決まっているが、個人経営の店ならまだわかる。

 だが、ギルドは違う。

 ギルドは、種族を問わず平等であるべき場所のはずだ。

 そんなこと許されていいはずがない。

 この国は、人種以外の種族に対して差別する傾向はあるが、まさかギルドでもそんなことがあるとは……。


「――でも」


「ん?」


「そんな私をシェイドさんは助けてくれました。ハーフエルフだと分かっても、嫌な顔1つせずに接してくれて……本当に嬉しかったです」


 エリスは、そう言って俺の顔を見た。


「いや、俺のほうこそ助けられたよ。本当に」


 確かに人種という枠の中で考えると、俺の行動は稀有なものだろう。

 だけど、どう考えても俺のほうが彼女に救われている。

 あの時、1人で逃げようかとも思ったけど……いや、ほんっとエリスを助けることができてよかったよ。


「はいよ、お待ちどうさまね!」


 俺が心の中で安堵のため息をついていると、リーマが続々と料理を運んできた。

 小さなテーブルの上がいっぱいになるほどの料理に、エリスは目を輝かせながら釘付けになっていたので、会話は一旦切り上げて食事タイムとした。

 味に関しては俺もなんの不満もないため、エリスと一緒に舌鼓を打った。


「美味しかったです! シェイドさん、ありがとうございます」


「喜んでもらえてよかったよ。明日なんだが、よかったら一緒にギルドへ行って、何か依頼を受けてみないか?」


「一緒に……ですか?」


「ああ。迷惑じゃなければだが……」


「迷惑だなんてそんなっ! むしろ、私が迷惑を掛けちゃうんじゃないかと心配で……」


 エリスの顔に暗い影が落ちる。


「迷惑なんてない。俺と一緒なら、少なくとも依頼を受けれないなんでことはないだろうし。……多分だけど。折角の機会だし、どうだ?」


「よ、よろしくお願いしますっ」


「ああ、まかせてくれ」


 食事が終わると、俺はリーマに頼んで2階にある部屋を2部屋取ってもらった。

 一応、この店は2階が宿部屋になっている。

 料理屋メインということで、部屋数は少なく料金も割高となるため、普段は別の安宿で寝泊まりしている。

 だが、そんなところにエリスを連れて行くわけにもいかんし、ここなら安心して寝れるだろう。

 何度もお礼を言うエリスに、俺は「気にしないでくれ」と言って部屋に入るのだった。


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