第二章 ~『承徳との出会い』~
行方不明になっていた
『新しい領主は若いのに優秀だ』
『
『将来は安泰だな』
そのような声があちこちから聞こえてきた。
以前から聡明な弟であったが、それに加えて、冷静で的確な判断力が伴うようになっていた。領民たちの彼に対する信頼の声を耳にするたびに、
(
代行として一年間、領地を治めてきたがもう必要ない。さらに
(自由になれたのですね……)
重責から解放された
(でも恋愛は当分、遠慮したいですね……今は何よりも絵に集中したいですから)
(そのためにも日々、精進あるのみですね)
絵を描き続けた先に夢の実現が待っている。そう信じる彼女は、いつものように妲己からの依頼を受けて、後宮を訪れていた。
太妃宮の私室に足を運ぶと、炉から漂う香りが出迎えてくれる。妲己もまた
「よく来てくれたわね」
「妲己様のご依頼であればいつでも参りますとも」
「今日はね、この子の絵を描いて欲しいの」
妲己はふわふわとした毛並みの子猫を腕に抱えていた。柔らかな茶と白の毛色を持ち、小さな足と丸い瞳がなんとも愛らしい。腕の中でおとなしく身を任せ、穏やかな表情で
「とても可愛い子猫ですね。妲己様が飼われているのですか?」
「宮女の一人が世話している子猫を借りたの。大人しい子だから、私にもすぐに懐いてくれて……きっと
「分かりました。今日はこの子を描かせていただきますね」
「可愛い絵を期待しているわね」
「任せてください」
了承を得られたことを確認した
時折、子猫が退屈そうにしていると、
「完成しました」
妲己はその絵をじっと見つめ、穏やかな微笑みを浮かべた。
「上手ね。子猫の可愛らしさが本当によく表現されているわ」
「ご期待に答えられたようで何よりです」
「
妲己の問いの真意は読み取れない。だがその言葉の響きで、これが大切な話だとは理解できた。
「現在の
このような契約なのは、
「でも
その提案に
まず後宮との繋がりを強化できる。その人脈は卿士として領地を治める弟の助けになるだろう。
次に画師としての費用の心配がなくなるのも利点だ。活動をするには画材などが欠かせない。正式な女官となれば、予算も下りるし、画房も用意される。
(ただ正式な女官となると、住み込みで働くことになりますから。屋敷の皆さんと離れてしまいますね……)
帰ろうと思えばいつでも帰れるとはいえ、離れて暮らすことに不安がないわけではない。
その心中を見抜いたかのように妲己は言葉を重ねる。
「
妲己の説得に
「……少しだけ考えさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「私の下で働くのが嫌?」
「そういうわけではありません。ですが、領内には大切な人たちがいますから……しっかりと考えて結論を出したいんです」
その答えに納得したのか、妲己は柔和に微笑む。その優しげな反応に、
「無理強いするつもりはないから、
妲己の提案に頭を下げると、
留めてある馬車の元へ向かうため、庭園に敷かれた石畳の道を歩いていると、ふと、子犬の鳴き声が耳に届く。
その音に自然と足が止まり、あたりを見渡していると、少し離れたところで犬を抱きかかえている青年が目に入る。
その人物は異彩を放っていた。黄金を溶かしたような金髪が陽光に照らされて輝いており、風に揺れながらきらめく髪は幻想的であった。
顔立ちも端正で、青い瞳は空のように澄んでおり、自然と見る者を引きつける魅力を放っている。
(異国の人でしょうか……とても綺麗な男性ですね……)
青年は微笑みながら子犬の頭を優しく撫でている。その仕草には穏やかさが漂い、彼の内面が表れているかのようだった。
ふと、その青年が
「どうかしましたか?」
「君は動物に詳しいかな?」
「どうしてそのように思われたのですか?」
「以前、君が小鳥の世話をしているのを見かけてね。もしかしたら困りごとを解決できるんじゃないかと思ってね」
「困りごとですか?」
「この子の元気がないようなんだ。原因が分かったりしないかな?」
「お腹が空いているみたいですね」
「本当かい?」
「動物とのコミュニケーションが特技ですので。間違いありません」
自信を持って答えると、青年は感心したのか目を見開く。
「それはすごい……私も動物が好きで、彼らと心を通わせようとするんだが、どうも上手くいかなくてね……」
「こればっかりは慣れもありますから」
「私ももっと動物と触れ合わないとね」
青年は子犬の頭をそっと撫でながら、ふと、思い出したように
「そういえば名前を聞いていなかったね」
「私は
「私は
「この国の名前なのですね」
「母が異国の生まれだが、父はこの国の生まれだからね」
名前が異国風に染まっていないのもそのためだと、
「そういえば、
その問いに、
「どうして分かるんですか?」
「人間とたくさん接してきたからこその慣れだね。君が動物とのコミュニケーションが得意なのと同じさ」
「なら見抜かれたのも仕方がありませんね……実は、女官にならないかと誘われているんですが、受けるかどうかを悩んでいるのです」
誰かに相談したいと思っていたため、
「決められないなら、私が決めてあげよう。君は、女官になるべきだ」
「断言するのですね……」
「色々なタイプの女官を見てきたからね。その私が保証する。君は後宮で輝ける人材だとね」
「でも、話してまだ数分ですよ?」
「それでもわかるんだ。人を見る目だけは、誰にも負けない自信があるからね」
(悩んでいたのが馬鹿らしいですね)
叶えたい夢があるのだ。そのための最短の道を進むことに迷う余地はない。
「ありがとうございます。私は画師として成功するために、女官になる道を選びます」
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