第28話 禅の初心

黄婉児は結局、林承天の強引な態度に抗えず、慎重に玉笛を受け取りました。

林承天も、黄婉児がこの玉笛を本当に気に入っていることがわかりました。

少し話した後、彼は今回の目的を直接伝えました。

錦繡と錦蓮はそれを聞いて、飛び上がらんばかりに喜びました。よかった、また城外に出て遊べる!

簡単に支度を整え、一行は黄思遠に挨拶をして、馬車に乗り北門へ向かいました。

黄思遠は門の前で笑顔で馬車に手を振りました。

「若いっていいなあ。年を取ると、何をするのも面倒くさくなるよ、まったく。」

「旦那様、安国公が午後、一緒に囲碁をしようとお誘いです。」阿福が横でそう告げました。

「碁を打つ?彼にここへ来いと言え。わしは彼のところまで行くのは面倒だ。」

阿福は笑って応えた。

「かしこまりました、旦那様。」

馬車はゆっくりと北門を出て、東へと向かい、十里ほど進んだところで川辺に到着しました。

昨夜の雨のせいで水位が上がり、川の流れも少し速くなっていました。

川辺の両岸は緑の草で覆われ、所々に色とりどりの花が隠れ、時折遠くから鳥のさえずりが聞こえてきます。

馬車から荷物を降ろし、林承天は肩をほぐしながら、思わず深く息を吸い込みました。目を軽く閉じると、無形の気流が彼を中心に巻き起こり、落ちた花びらや小石を舞い上げました。

錦繡と錦蓮は普通の人間なので、その奥深さは気付いていないですが、殿下の姿が突然ぼやけ、周りの景色と一体化しそうに見えました。

黄婉児と程海は違いました。彼らは一目で、林承天が自己冥想の状態に入ったことを見抜きました。

普通の武者は一生をかけても、このような状態に至ることは難しいでしょう。

この状態が終わった後、得られる悟りは本人にとって計り知れないほど有益なものです。

ただ深呼吸しただけで自己冥想の状態に入るとは、林承天が武者としての才能がどれほど非凡であるかがわかります。

「お嬢様…殿下はどうなさったのですか?なぜその場に立ったまま動かないのですか?」錦蓮は少し怖くなって尋ねました。

「しっ、殿下の邪魔をしてはいけません。」

黄婉児は柳眉をひそめ、指を唇に当てて、非常に厳しい口調で言いました。

それを見た二人の侍女は急いでおとなしく立ち、息をするのも控えめにしました。彼女たちは自分のお嬢様がこんなに厳しい表情をするのを初めて見たのです。

程海も口をたたかず、静かに刀を抜いて一番外側で守りにつきました。今日、殿下の邪魔をする者は誰であろうと許しません!

どれくらい時間が経ったか、林承天は突然目を開きました。その墨色の瞳には千山万水が映り、気流で巻き上げられた花や草、小石が一斉に地面に落ちました。無形の気の波が急速に川辺に広がっていきました。

程海は高く飛び跳ねて女性三人の前に立つ、長刀を胸の前に横たえて三人の女性をこの気の波から守りました。

「殿下はまさか神遊境に入られたのか?!」

この気の波の影響で、程海は全身の細胞が震えるのを感じました。

黄婉児は二人の侍女の前に立ち、美しい顔が少し青ざめました。彼女はこれほど近くで林承天の実力を感じたのは初めてでした。

殿下は一体どれほど恐ろしい境地に達しているのだろうか。

祖父が全力で気勢を放っている時でさえ、今のような無力感は感じませんでした。

「ふぅ…」

林承天は口から一道の真気を吐き出し、目の前の十丈余りの川幅を持つ大河は瞬時に数十メートルの高さの水幕を上げ、激しい流れの川水はその一瞬、止まったかのようでした。

この光景に錦繡と錦蓮は呆然としました。一息で川を断ち切るほどの威力とは、殿下はまさか本当に仙人なのか?!

程海は平然としていたが、黄婉児は思わず美しい目を見開き、小さな手で桜色の唇を軽く覆った。

林承天は我に返ると、無意識に指先で鼻先をこすった。さきほど彼は自己冥想状態に入り、身体が自然と一体となり、意識は天地を巡りながら宇宙の秘密を探求していたようだ。

山を見れば山、水を見れば水。

山を見ても山ではなく、水を見ても水ではない。

山を見ればやはり山、水を見ればやはり水。

幾つかのものを掴み、また幾つかを手放した。

静かに内省すると、自身の境地はほんのわずかだけ前進していたが、残念ながら突破には至っていない。ただ剣の道においてはまた一歩進むことができた。

手に剣はない?

いや、この掌に剣があると悟れば、ここにこそ絶世の名剣が在る。森羅万象ことごとく剣となす.

林承天は自分の掌をじっと見つめた。俗っぽく言えば、概念法則のようなものの入り口に手探りで触れたということか?伝説中の「道」というやつだろうか?

太陽を見上げると、申し訳なさそうに口を開いた。「すまない、こんなに長く心配させてしまって」

「殿下のご武運の進歩、おめでとうございます」

一同が集まってくる中、黄婉児はそっと林承天の衣の裾を指でつまんでいた。彼女は聞き及んでいたことがある——冥想から覚めた武者が急に衰弱し、気血が滞り、早急に調整しないと体調を崩すことがある、と。

その懸念を伝えると、頬を朱色に染めた少女は二人だけに聞こえるささやき声で言った。「婉児、少しばかり医術を心得ております。お許し頂ければ、殿下のお身体を診させていただきたいのですが...」

林承天は苦笑を禁じえなかった。小説では普通、ヒロインの身体検査をする時に主人公が必死にセクハラするものじゃないんですか?どうして逆パターンになってしまったのだ?もしかして黄婉児が自分に手を出そうとしているのか?

この危険な妄想が頭をよぎった瞬間、彼は自らその思考を打ち消した。

まさか! 絶対に違う! 婉児はただ心配して言ってるだけだ。邪な気持ちなど微塵もないはずだ!

とはいえ、彼はつい相手をからかってみたくなった。

「よいだろう。王府に戻ったら、わたしの身体は存分に診察させよう。ただしこの公共場所で衣を脱ぐわけにはいかぬからな」

ポッ。

その言葉に、婉児の思考が二秒間停止した。頬が目に見えて赤く染まっていき、白玉のような首筋まで紅潮が広がっていく。

(殿下が...なんておっしゃるの...!?)

(わたしが言ったのは...脈診のことなのに...なぜ衣を...)

(まだ嫁いでもいないのに殿下の御身を見るなんて...だらしないというのに...)

(でもなぜか胸が高鳴って...)

(いけません婉児! こんなこと考え続けたら、穴があったら入りたい気分になってしまいます!)

ぷすぅ…! あ、本当に湯気が…!

比喩ではなく、黄婉児の頭頂からまさに白い蒸気がふわりと立ち上っていた。

「どうした? 大丈夫か?」

林承天が慌てて手の甲を黄婉児の額に当てると、少女は蚊の鳴くような声で喘いだ。

「殿…下…わたしが申したのは…脈を診ることでして…その、あの…」

説明すればするほど思考がこんがらがり、頭の中が湯気でモクモクと霞んでいく。

(しまった…殿下に完全に誤解されてしまった…!)

「ふむ。実はわたしも脈診のことを言っていたのだが」

赤面しながらも厚かましく取り繕う林承天。流石にノリが乗り過ぎたか。

(次からはほどほどにせねばな)

「そうでしたか…婉児、殿下を穿った見方をして…」

「きゃーっ! お嬢様めちゃくちゃ可愛いですぅ~!」

錦蓮が錦繡の腕にしがみつき、頬を紅潮させながら小躍りしている。廊下に乙女の嬌声がこだました。

「お嬢様の可愛らしさは天下一品でございますわ」

錦繡は軽く咳払いし、殿下と接するたび別人のように輝く主人の姿に感慨深げだった。視線を転じると、炭火台を組み立てる程海に付き添う錦蓮の手を引いた。「蓮ちゃん、程さんのお手伝いをしましょう」

「はーい!」

七輪をセットし、炭を入れ、火を点ける。団扇でそっと仰ぐ程海の手際の良さは、前世の焼き鳥屋の親方に劣らぬといった様子だ。

(読者なら思うだろう——王府親衛隊隊長のくせして、なぜここまで炭火扱いが上手いのかと)

程海なら即答するに違いない。「全て殿下のご指導の賜物でございます!」

(林承天の独白:文武両道に芸術体育家庭科まで、わしは部下をまんべんなく鍛え上げたまでのこと。旅先でも食いっぱぐれのないようにな)

「すまないが追加の炭を」

「承知しました!」 常に控える錦繡が小走りで資材を運ぶ。

「わあ! 白い蝶々だよ!」

解き放たれた小鹿の如く、錦蓮は花畑を駆け回りながらひらりひらり舞う蝶を追う。

「蓮ちゃん! 走り回らないの!」

「大丈夫だよー! お姉ちゃん!」

小川のほとりでは、折り畳み椅子が二つ並び、釣り糸が水面に微かに揺れる。二人の背影は山水画の一部のような佇まいで、自然と溶け合っていた。


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