いつか君が海に消えるとしても、僕はずっと愛してる。
泡沫 希生
一 海魔と人魚
黒い海の彼方から現れた三頭の海魔に、人魚たちが向かっていく。雲間から覗く太陽で、人魚の下半身がキラキラと輝き、身にまとう短いワンピースが波に揺れる。
海魔は、遠目には小島に見えるほど巨大だ。鯨に似た曲線を持つ黒い体は、まるで岩のように表面がゴツゴツしており攻撃が通らない。
緑髪の人魚が、一頭の海魔に向かって泳いでいく。対する海魔は大きな口を開いた。人など簡単に飲み込めるであろう口には鋭い牙が見えるが、恐れることなく、人魚は海魔の前に向かって進む。海魔が体をわずかにそらし、口から光線を人魚に向けて発射した。
海面を進む光を、人魚は両手を構えて作り出した魔法の壁で弾く。自分を飲み込むほど大きな光にも怯まずに、彼女が叫ぶのがかすかに聞こえる。
「今よ!」
海魔の両脇を二人の人魚が囲み、素早く海に潜った。
崖の上からでは見えないが、人魚たちは海魔の腹部を狙っている。そこが海魔の唯一の弱点であり、魔女が人魚に変身し戦う理由でもある。
まもなく、空気を震わせるような凄まじい重低音が海魔から発せられる。海魔の最期の声だ。海魔の体が水音をたてて沈んでいくとともに、人魚たちが海面に浮上してくる。全員無事だ。
僕は、残り二頭がいる方に目を向けた。横笛をすぐに吹けるよう構えながら、状況を確認する。
一頭を倒した三人が、別の組に合流していく。別の組も敵の気をうまく引きつけながら、弱点に攻撃を加えようとしているところだ。
海魔の光線を避けている彼女が視界に入ったものの、全体の戦況に意識を集中させた。
人魚たちの連携は鮮やかで、残りの海魔も沈めていく。その死体は海底に着く前に消えるのだと、人魚たちは言う。残るのは、その体から分泌される黒い油だけなのだと。
「海魔の姿、他に見えません」
沖の様子を見に行っていた魔女見習いが、崖に戻ってきて教えてくれた。
僕はうなずいて息を吸うと、決められた合図を笛で吹いた。明るい音階でまとめられた勇ましい音。勝利の合図を聞いて、人魚たちが近くの砂浜に泳いでいくのが見えた。
僕も急いで砂浜に向かう。
砂浜に上がった人魚たちは、全員が髪色と同じ色の鱗で覆われた下半身を持つ。魚のような尾びれが美しい。
一人、また一人と、人魚たちの足が尾びれから人の足に変わる。姿が戻ると、魔女たちは苦しげに呼吸を繰り返す。変身する度に魔女の身体には負担がかかっている。
魔女はみな、いずれ人魚から戻れなくなり消えてしまう。海魔に殺されるか、人魚になるか、どちらにしろ魔女は海に消える運命にある。
緑髪に緑鱗の人魚が、陸に上がってきた。桃色のワンピースがよく似合っている。彼女の足も元に戻り、彼女もまた苦しげに呼吸をする。僕は駆け寄るとその肩に優しく触れた。
「おかえり、ファーネ」
僕の声に、ファーネは微笑むと息を整えてから答えてくれる。
「ただいま、リート」
魔女見習いたちが、乾いた布を持って砂浜に来てくれた。僕はそれを受け取ってファーネにかける。
「ありがとう。あ、石鹸の良い匂いがする」
今横で笑っている君も、いつか海に消える。それでも僕は恋をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます