第3話 母さんと姉さんの過剰な心配、押し切られる俺

「酷い顔?」


「あんた、顔洗ってきたんじゃないの? なら鏡を見たでしょ。ていうか、そんなに顔色が悪いのに、風邪気味とか、どこか具合が悪いとかじゃないの? ママー!!」


「はぁ、今度は何よ。ペンダントは見つかったんでしょ?」


 面倒くさそうに母さんが台所から出て来る。


「ちょっと、和希を見てよ!」


「……あら嫌だわ。和希、あなた、どこか具合が悪いの?」


 姉さんに言われて俺を見た母さんは、姉さんほどじゃないけど、やっぱり驚いた顔で声をかけてきた。


 何だ? 二人がそんなに驚くほど、俺の顔って酷いのか? さっきはなにしろ頭をスッキリさせたくて顔を洗ったし、体が痛くて鏡を見る余裕まではなかったんだよな。

 まぁ、前世の記憶を思い出すは、その衝撃が体に痛みとして出るわで、確かに本調子じゃないけど。ご飯を食べているうちに体の痛みはほとんど治まったし。今は少し頭痛が残っているくらいだ。


「まったく、体調にはいつも気をつけなさいって言ってるでしょ」


「あんた、すぐ風邪引くんだから。ほら、とりあえずこれ全部飲みなさい!」


 姉さんは戸棚を開け、中に置いてある薬箱からいくつか薬を取り出して、ダイニングテーブルの上に、それをバサバサバサと無造作に置いた。

 そしてまた別の戸棚を開け、今度は栄養ドリンクを10本も取り出して、ドンッ! と勢いよく薬の横に置く。


「風邪の症状は? 熱、鼻水、咳……鼻と咳は大丈夫みたいね」


「熱はどうなの?」


 母さんが俺のおでこに手を当てて、熱があるか確認してくる。


「熱もないわね」


「そう。でも、こんなに顔色が悪いんだから、これから症状が出てくるかもしれないわ。総合薬のこれを飲んでおきなさい。それから、栄養ドリンクはこれとこれと……」


「ね、姉さん、待ってくれ! 俺は別にそこまで具合が悪くないから! 少し頭が痛いだけで……」


「ほら見なさい! やっぱり具合が悪いんじゃないの。『少し頭が痛いだけ』ですって? 少しどころか、かなり痛いんじゃないの? ほら、自分の顔を鏡で見てみなさいよ!」


 姉さんが近くに置いてあった手鏡を渡してきた。仕方なくそれを受け取り、自分の顔を確認してみる。すると、母さんや姉さんの言う通り、本当に具合が悪そうな顔色をしていた。これじゃあまるで重病人みたいじゃないか。これなら母さんも姉さんも驚くは。


 でも本当に、顔色ほど具合は悪くない。どちらかといえば、精神的なものだろう。前世を思い出した時、悲しくてショックな出来事まで、思い出してしまったからな。それが顔色に出てしまったのかもしれない。


「確かに具合悪そうな顔してるね」


「何が『してるね』よ! 実際、頭が痛いんでしょう? ならとりあえず、この薬を飲んでおきなさい! それからドリンクはこの5本よ!!」


「5本って、いくらなんでも飲みすぎだよ」


「いいから飲みなさい! まったく、あんたは小さい頃からよく体調を崩すんだから。ママ、後で薬の補充しておくわ。それに栄養ドリンクも」


「そうしてくれる? ママ、忙しくてなかなか買い物に行けないのよ」


「優也が帰る時に、途中まで一緒に行って買ってくるわ。それと、優也に回復魔法をかけてもらいましょう」


「あら、優也君って回復魔法を使えるの?」


「最近目覚めたのよ。まだそこまで強力な回復魔法は使えないけど、薬と回復魔法をかけてもらえれば、今より少しは良くなるはずよ」


「じゃあお願いしましょう」


「それから……」


 俺が口を挟む暇もなく、次々といろいろなことが決まり、結局押し切られる形で、姉さんと母さんの言うことを聞く羽目に。


 食事が終わると、逆らう気力はなく。姉さんに監視される中薬を飲み。さらに栄養ドリンクを5本を飲んだ後、リビングで優也さんが来るのを待つ。


 そうして30分もしないうちに、姉さんの彼氏である優也さんが玄関にやってきた。玄関先で姉さんたちが何やら話している声が聞こえ、その後すぐにリビングに入ってきた優也さん。俺は立ち上がって挨拶をしようとしたが、すぐに止められた。


「おはよう、和希君。本当に顔色が悪いな」


「おはようございます、優也さん。顔色は確かに悪いんですけど、そこまで具合が悪いわけじゃないんですよ。ただ少し頭痛がするだけで、少し寝れば良くなると思うんです。それなのに母さんと姉さんが騒いで……」


「何言ってるのよ! これからもっと悪くなるかもしれないでしょう! 優也、悪いけどお願いできる?」


「ああ、もちろん。ただ、聞いてると思うけど、俺の回復スキルは目覚めたばかりだから、あまり大した回復はできないよ」


「いえ、そんな! そもそも、こんなことで手を煩わせるなんて……」


「和希!!」


「……はい」


「ハハハッ。じゃあ、すぐにやってしまおう。それでゆっくり休むといい」


 優也さんがすぐに回復魔法をかけてくれた。なるほど、確かに優也さんの回復魔法は目覚めたばかりらしい。回復魔法を使うと淡い緑の光が溢れるけど、魔法の力が強いほど光が強くなり、弱いほど光は弱くなる。優也さんの回復魔法の光は弱かった。


 それでも、体全体の疲れが取れたし、頭痛もほとんどなくなった気がする。


「優也さん、ありがとうございました」


「悪いな、まだこれくらいしか力がないんだ」


「いえ、体が軽くなりました。本当にありがとうございます」


「そうか、それなら良かった。このまま無理せず、ゆっくり休むんだよ」


「はい」


 俺は礼を言った後、そのまま自分の部屋へ向かう。が、階段を上がっている途中で、背中から姉さんの声が飛んできた。


「ちゃんと寝るのよ! クッションで横になるのはダメだからね! ベッドでしっかり掛け布団をかけて、お腹を出さないようにね!! あんた、すぐ体調崩すくせにお腹出して寝るんだから!!」


 ……姉さん、少し黙ってくれないか。

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