カーテンズコール
とまそぼろ
序幕【シャル・ウィー・ダンス】
第一場:はじまりのカーテン
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誰かになるって、難しいけど。
自分を忘れることだって怖いけど、でも。
誰かを演じたその涙に、慟哭に、
──────
(☆は初登場のキャラクター)
【登場人物紹介】
[☆
・誰にも壁を作らない朗らかな女の子。幼なじみの影響で、恋愛ものの演劇や映画、ドラマが大好き。誰かを演じることへの興味は、きっと人一倍。
[☆
・快活で、好奇心の尽きない女の子。子供っぽいところが目立つものの、その振る舞いはまるで、誰かの標となる一等星のよう。
──────
いつか小さなハコで観た、幼なじみが演じた劇。
初めて大きな役を掴んだって、嬉しそうに誘ってくれた。どんな役を演じるかは秘密にされてたから、私は小さいなりに色々と想像していて。
笑顔がとても素敵な子だから、きっと陽だまりの真ん中で花冠にとまるミツバチを愛でるような、そんな役だと思っていた。
でも、いつだって可愛い笑顔の
悪いのは全部従者たちなのに、家族もみんな殺されて、あまつさえ独りの夜に寄り添ってくれた優しい愛犬まで、残酷なその手にかけられて。
笑うことを許されなかった肇ちゃん。
かわいそうな、肇ちゃん。
肇ちゃんのいつもの笑顔が、思い出せなくなった。
どんなふうに笑ってたっけ。もしかして、ずっと泣いてたのかな。だって、あれはすごく自然だった。
肇ちゃんはお姫様じゃない。家族だって友達だって、いたずらに殺されたりはしない。でも、どうしてそれが、自然に思えてしまうんだろう。
いつもの表情だと、思えてしまうんだろう。
上塗りされた違う肇ちゃんに怯えてしまって、エンドロールは憶えていない。ただ怖くて、寂しくて、泣きそうになっていた。ううん、もしかしたら、もう泣いてたかも。
降りた
だっていつもの肇ちゃんはもう、いないんだから。
この劇を経た明日からの肇ちゃんはもう、今までのそれじゃない、なんて思ってしまったのだから。
そんな時、誰もいない舞台に掛かる
拍手はまだ続いていた。耳が痛くなるくらい。
すると、舞台袖から次々に役者が帰ってきた。まるで、降りた
あの人は、肇ちゃんの家族を殺したのに笑ってる。あの人は、肇ちゃんに氷みたいに冷たく当たったのに、嬉しそうな泣き顔になってる。
そうだ、そんな仕打ちの末に、泣き顔を浮かべた肇ちゃんは──
「本日は、劇団ケイライズ主催、『メメント』にご来場いただき、誠にありがとうございました!」
──いた。主演の王子役の人の、隣で──
──笑ってる……笑ってる!
いつもの肇ちゃんが……笑顔の可愛い肇ちゃんが、少し目尻を潤ませた、清々しい笑顔で!
どこかに消えちゃったわけじゃなかった。どこにも行ったりしなかった。
肇ちゃんは、ずっとそこにいた。ただ、いつもの笑顔を出さないようにしてただけで。
その瞬間だったと思う。私の中で、何かが弾けた。
『私もあんな演技をしたい! 私も、いつもと違う私を演じて、あの
♢♢♢
「……ん」
薄らぼんやりとした肌寒さの中で、意識は次第に醒めてくる。耳元で鳴り続ける無機質な電子音に嫌気が差すから、まだ眠ってたいという欲は捨てなきゃいけなさそう。
「……よし。ちゃんと起きれた。ふぁ……ぁ」
窓を粧う、薄いカーテンを引く。昨日と何ら変わらない晴れ空。まばらに雲が散ってるけど、曇ることはないかな。
眠気覚ましに窓を開けると、春風と共に桜の花びらが数枚、窓枠を駆け抜けていった。
それがやっぱり少しだけ肌寒くて、すぐに閉める。
窓から見えるあの子の部屋には、寝相に布団を剥がれたあの子が薄らと見えた気がした。
「……支度しよう」
寝癖を指でいじりながら、私は自室を跡にする。
「ん〜……はぁ。今日から新生活だなあ」
ドアを閉めるために振り向いた。大きな風が吹いた気がして少し閉めるのを躊躇うと、さっき眺めた透明板の薄型テレビの画面には、目いっぱいの空色に、白と薄い桃色が散りばめられていた。
♢♢♢
「か〜が〜り! おっはよー!」
「はい、おはよ。今日もちゃんと起きれたね」
「アラームいっぱいかけたもん!」
重苦しい門扉を開いて駆け足でやってきたのは、幼なじみの
「ほら。歩きながら直すから、前見てしっかり歩いてね」
「ありがとー! 毎朝ごめんね、ちゃんと鏡見て結んだんだけどな〜?」
「いいよ、もう慣れっこだし。これも朝の一部なの」
まだ褪せていない新興住宅地。街路樹として植えられた桜並木が私たちの門出を祝ってくれてるような気がして、ほとんどノールックで結べるツインテールよりは、自然とそっちに意識が向いていた。
「ねーねーかがり、桜キレイだねー!」
「うん、ほんと綺麗。学校のもまだ散ってないかな」
「先週咲いてたんだからへーきだよ!」
「ふふ……まあ、操がそう言うなら平気かな。せっかくだし、始業式とオリエンテーションが終わったらお花見でもする?」
「したい! よーし、お団子買ってくぞ〜!」
ツインテールを結び終えて両手が空いたから、すかさず操と手を繋ぐ。こうでもしないとすぐ走りだすんだから、困ったものだなあ……って、桜にぼやいてみたり。
からかうように花びらが舞って、私たちの標となるよう、前方へと駆けていく。
ひと月前までとは真逆の方向に変わった登校ルートを歩いていると、次第に繋いだ右手から、操の子供体温が伝わってきた。
それは肌寒い日にはちょうど良くて、ほんのり眠たくもなってくる。でも今眠ると操が多分学校に着けないから、欠伸ひとつでごまかしておいた。
「かがり〜」
「どうしたの?」
「おなかすいた!」
「早い早い。ちゃんと朝ごはん食べたんだよね?」
「食べたよ! でもそんな時もある……よね?」
「な……」
「な……?」
「……ある。あるある。よし、じゃあコンビニ寄ってこ。買い食いも許されるようになったし」
「やったー!」
高さと毛量の揃ったツインテールが、身体に呼応してぴこぴこと動く。追い風も助けになったのか操は少しだけ駆け足になって、麗らかには1歩足りない春風を、もっと鮮明に感じられた。
そうだ、今年はあの2人とも同じ学校に通うんだよね。だったら、比較的生活リズムが近くなるんだ。
まだ春先だし、2人が本格的な受験シーズンに入る前に、たくさん遊んでおかないと!
「あ! そういえばさ、みんな
「うん。
「久しぶりに2人が先輩だー!」
まだ履き慣れないローファーが走りづらいのか、いつもより慎重に歩みを散らす操。慣れなくても向こう見ずで走っていた頃に比べたら、この子も高校生なんだな、と安堵の風がそよいでくる。
でも、それが勿体ないと思う私もいる。この子の純真無垢な心が歩く道に、落石注意の標識が置かれてしまったみたいで。
私と違って誰にだって侵されないこの子ならきっと、目がけて襲い来る岩だって、無意識のうちに華麗に避けて──
「どーしたのかがり、あんまり元気ない? あ、もしかして、かがりもおなかすいちゃった!?」
「……うん、そうかも。何買ってこうかな〜」
「わたしはコールスローサラダ!」
「操、元気っ子なのに
大通りに足を踏み入れ、その少し先にあるコンビニへと向かう。
「あ! かがり、花びらついてるよ!」
「ありがと……って、ふふ。操もついてる」
「ほんと!? おそろいだ〜!」
前髪に乗った花びらは、いつか私があげたヘアピンを思い出す。毎日つけるからいい加減な閉じ具合になって、そうなってからも毎日つけてて。
そうしていつか、完全に閉じなくなるまで使ってくれたっけ。
「? かがり、どーしたの?」
「ううん、ちょっと昔の操を思い出してた」
「えー! じゃあわたしも昔のかがり思い出そ〜!」
遅刻まではまだ遠い。高校生活初めての買い食いを、操と一緒に楽しもう。
♢♢♢
「走ったら汗かいたね〜! 春なのにあっつい!」
「あ、それあこちゃんが縫ってくれたハンカチだよね。……ほら、おそろい」
「かがりも持ってきたんだー! あこちゃんと肇ちゃんも持ってきてるかな〜?」
「ふふ、どうだろうね。持ってきてたら、一緒に写真でも撮ろっか」
「持ってきてないと撮っちゃいけないのー?」
「……ごもっとも。いやほら、なんかさ、記念にと思って。入学式じゃ会えなかったし」
「これからはずっと記念日だよ! 幼なじみとずっと一緒記念日!」
「まあ、うん……そっか。そうだね、記念日……うん、記念日だね」
「楽しみだな〜!」
「(こと操ともなると、他学年なのに授業も一緒に受けられると思ってそうだなあ……)」
──────
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