君と雪の魔法
矢芝フルカ
第1話
寝顔も可愛いんだな……
……ちょっとよだれ出かかってるけど。
男子生徒のネイトは、机の上の魔法書に目を落としながら、目の前で眠る女生徒、アシュリーの顔を、チラチラと見ていた。
放課後の図書館。
いつもは利用する生徒も無く、ひっそりとしているのだが、今日はあちこちの机で、生徒たちが本をひろげ、ペンを走らせている。
季節は冬の盛り。
生徒たちは暖炉近くの席に集まっていて、寒い窓際の席には、ネイトとアシュリーだけが座っていた。
魔法騎士養成学校は、その名の通り、魔力と武力を兼ね備えた騎士を、養成する学校である。
ネイトとアシュリーは、この学校の同級生だ。
年の暮れを控えたこの時季、生徒たちはレポートの作成に追われていた。
これが通らなければ、新年の休暇を返上しなくてはならないとあって、皆、黙々と取り組んでいる。
ネイトとアシュリーも、レポート作成のために図書館へ来たのだが、早々にアシュリーが脱落、寝落ちしてしまったのだ。
真っ白なレポートの上で、気持ち良さそうに眠るアシュリー。
ずっと見ていたい気持ちと、起こしてレポートを書かせないと、思う気持ちが、ネイトのなかで葛藤する。
「……ふぇ」
ふいに、アシュリーが目を覚ます。
ネイトはあわてて下を向いた。
ガバッと起き上がったアシュリーは、口元が濡れているのに気づいたらしい。
取り出したレースのハンカチで、いそいそと拭いている。
手で拭いたりしないんだな。
さすが貴族のお嬢様。
……などと、ネイトは変なところを感心する。
「いやぁ~、ついウトウトしてしまったようだ」
いかん、いかん。と、アシュリーはペンを持ち直した。
いや、爆睡してたから。
寝顔は可愛いかったけど。
そんな言葉を飲み込んで、ネイトは指先でクイッと、眼鏡を押し上げる。
「……ネイト、進んだか?」
「いや。なかなか適当なテーマが見つからないな」
これは本当。
アシュリーの寝顔が可愛くて、ずっと見ていたから……では無い。
ネイトは奨学生なので、上位の成績を維持しないと、奨学金を止められてしまう。
奨学金が無ければ、学校を出なければならない。
「そうか……レポートを通すだけではなく、高評価を得る必要があるのだな。成績上位を維持するのも大変なことだ」
アシュリーは真剣な顔で、「うんうん」と、大きくうなずいた。
……大変なのは、君のせいだ……
ネイトは、心のなかでつぶやく。
アシュリーは、さる名門貴族の令嬢なのだ。
こうして気安く話ができるのも、同じ学校の同級生だからだ。
もし学校を出てしまえば、一般庶民のネイトは、アシュリーの顔を見ることさえできないだろう。
だから、レポートひとつにしても、手を抜くことはできない。
そう思ってはいるのだが、テーマが決まらなければ、何ひとつ進まない訳で……
「よし! 私もネイトを見習って、良いテーマを見つけよう!」
気合いを入れたアシュリーは、ビシッと姿勢を正して机に向った。
それを見て、ネイトも魔法書に目を戻す。
ありきたりなレポートでは、通ったとしても評価は高くないだろう。
欲張りすぎて、レポート自体の完成度が低くなってしまうのも、良くない。
限られた時間で、独創性のあるレポートを仕上げられるテーマはないだろうか……
魔法書をめくりながら、ネイトは懸命に考える。
「雪が見たいなぁ……」
……はいー?
ぽやーっとしたつぶやきに、ネイトはズリ落ちそうになった眼鏡を直した。
「こんなに寒いのだから、雪、降らないだろうか……」
頬杖をついたアシュリーが、ぼんやりと窓の外を眺めている。
おいおいおい。
あれから5分も経ってませんよ、お嬢様!
「アシュリー! レポートが……」
「魔法で雪を降らせることは、できないのだろうか?」
「えっ……?」
進んでいないことを注意しようとしたネイトを、アシュリーの言葉が遮る。
魔法で雪……?
その意外な言葉に、ネイトは目を丸くして、アシュリーを見た。
続く
君と雪の魔法 矢芝フルカ @furuka
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