第3話:自社物流の承認を得るための戦い
山田と佐藤は上層部へのプレゼンに臨んだ。
このプレゼンには、社長の藤井健二をはじめとする役員陣が勢揃いしていた。
藤井は50代半ばの温厚な性格で、創業者の意志を継ぎながらも時代に即した改革を推進するリーダーだ。
その一方で、慎重な判断を下すことで知られ、特に組織改革のような大きな決定には厳しい目を持っている。
また、物流業務に対しても強い関心を抱いており、これまでも複数の改善プロジェクトを見守ってきた。
その他には物流業務に特化した知識を持つ経営企画部長の高橋、財務面に厳しい目を持つ経理部長の鈴木、そして新規事業に意欲的な営業本部長の中村など、各部門の重鎮が出席していた。
初めてのプレゼンでは、自社物流のメリットとデメリットを明確に提示した。
「まず、現在の委託契約のままでは、顧客満足度を維持するのが難しいという現状があります。」
山田はスライドを示しながら説明を続けた。
「自社物流を導入することで、リアルタイムでの在庫管理や急に注文に対して柔軟な配送スケジュールの調整が可能になり、顧客対応の迅速化が期待できます。しかし、その一方で初期投資や運用コストが増加するという課題もあります。」
経理部長の鈴木が厳しい表情で質問を投げかけた。
「確かに効率化は魅力的だが、その初期投資をどのように回収するつもりだ?」
佐藤が即座に応じた。
「短期的には投資回収が難しいかもしれませんが、長期的には顧客満足度の向上により、大口契約の維持と新規顧客の獲得につながると考えています。」
さらに経営企画部長の高橋が鋭い視線を山田に向けて質問した。
「物流業務を自社で行うと言うが、物流の知識とスキルを持った人材はどうするつもりだ?外部から調達するのか、それとも社内で育成するのか。どちらにしても、具体的なプランが必要ではないか?」
この質問に山田は一瞬考え込みながらも、冷静に答えた。
「おっしゃる通りです。まずは委託先の物流会社を吸収合併して、既存の作業員を引き継ぎ、経験豊富な人材を活用します。その後、社内での物流専門教育プログラムを立ち上げ、現場に即した人材育成を進めていく予定です。また、最新の物流管理システムを導入することで、新人でも一定の効率を保てるような環境を整えるつもりです。」
「現状をもう少し具体的に分析し、改善策をより明確に提示してほしい。」
という社長の藤井健二の一言で、初回のプレゼンでは、それなりの説得力があったものの、自社物流への切り替えは会社全体の組織構造を変える大きな提案であり、上層部の承認を得るには至らなかった。
その指摘を受け、山田と佐藤はデータをさらに掘り下げ、具体的な運用シミュレーションを準備した。
2回目のプレゼンでは、より詳細なコスト分析とシステム導入のロードマップを提示した。
「こちらをご覧ください。自社物流導入後のシナリオでは、初年度のコスト増加率は15%ですが、3年目以降は効率化により10%のコスト削減が見込まれます。」
山田の説明に社長の藤井健二の表情が徐々に変わっていくのが分かった。
最終的に静かにうなずきながら口を開いた。
「非常に説得力のある提案だ。リスクはあるが、長期的な利益を考えれば賢明な選択だろう。山田君、計画を進めてくれ。」
こうして、山田たちは自社物流の構築に向けた承認を得ることができた。
ほどなくして、委託先の物流会社会社は、吸収合併された。
吸収合併されたからといって、物流会社内の組織が大きく変わることもなく、グループ会社になっただけだが、現場は大きく変わる節目となった。
その第一歩として、山田は元委託先の物流会社の現場作業者たちを集めたミーティングを設定した。
作業者たちには不安と期待が入り混じった表情が見られた。
「皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます。」
山田は落ち着いた声で始めた。
「この度、私たちは皆さんと一緒に新しい物流体制を構築していくことになりました。これは単なる吸収合併ではなく、より良い物流環境を作るための挑戦です。吸収合併というと不安になるかもしれませんが、皆さんのスキルを活かし、共に成長するチャンスなのです。」
作業者の中から、従業員の一人、ベテランの吉田が険しい表情で尋ねた。
吉田はこの物流会社で25年以上働いてきた熟練者で、現場作業の隅々まで把握している人物だ。
新人の指導にも熱心で、現場では "吉田さんに聞けば間違いない" と言われるほど信頼が厚い。
ただ、突然の変化や大きな改革には警戒心を抱く一面もあり、今回の吸収合併についても複雑な感情を抱いていた。
「山田さん、私たちの仕事が変わるというのは分かりますが、具体的にどんな改善を考えているのですか?」
山田はにっこりと笑いながら答えた。
「良い質問です。まず、作業効率を上げるために、最新の倉庫管理システムを導入します。それに加えて、作業動線を見直し、無駄な動きを減らす工夫をしていきます。また、皆さんのスキルアップのための研修プログラムも準備しています。」
若手作業員の一人が声を上げた。
「でも、新しいシステムって難しいんじゃないですか? 私たち、ちゃんと使いこなせるでしょうか?」
山田はその質問に真剣な表情で答えた。
「その点は心配しなくて大丈夫です。研修は丁寧に行いますし、実際に現場で試しながら進めていくので、皆さんが慣れるまでしっかりサポートします。それに、現場の声を最優先に考え、改善を進めていきます。」
吉田が再び口を開いた。
「もしこの改革が成功すれば、私たちにとっても働きやすい環境になるということですね。」
山田は力強くうなずいた。
「その通りです。今まで以上に皆さんの知識と経験を活かしながら、顧客にも喜んでもらえる物流体制を作り上げましょう。」
作業者たちは次第に納得した表情を見せ始め、会場には前向きな空気が広がった。
山田はこの変化を感じ取りながら、新しい物流体制に手応えを感じた。
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