第2幕 苦境

 中学に持ち上がった頃、美玖の親父おやじさんの町工場こうばは最悪に近づいてたな。親父さんが信頼した社員たちが、親父さんを批判するようになった。元銀行員の佐賀美副工場長のせいでさ。


 初めは財務諸表作成や設備投資の指南だけで。それが販路開拓や商品開発で口出し始め、ついには社員たちに手を出したんだ。なのに親父さんは見て見ぬふりでさ。僕の父さんが不満の捌け口になってたよ。


 けど副工場長にも一理あって、無下に退けられなかったらしいね。対立だけ深まって、納得いかない人たちが工場こうばを去ったんだ。おかげで新人を指導出来る人が足りなくなってさ――


『固定費だけ押し上げて売り上げに寄与しねぇ……』


 人事も本格的に見るようになった父さんまで愚痴り出す始末だったよ。


 そんな状況に子供の僕らでも出来ることはないか、美玖やハルと相談したね。それでハルの提案が……美玖へのアルバイト斡旋……だったよな。


『家庭教師、してみない?』


 この上なく嬉しそうなハルに、何だかムカついて殴り掛かったっけ。でも美玖が抱きついて止めたんだよな。なあ美玖、どうして止めたんだ?


 最後は親父さんも止めに入ったから立ち消えたけどさ。それからハルとは気不味くて、顔合わせもろくにしなかったな。でも美玖は機会を持ち続けてた。時たま話してくれないから、け者に思えて拗ねたさ。


 僕らがまごついてる間に、工場経営もいよいよ終焉に近づいて……売上不振で父さんは役員を外され、親父さんが庇うでもなくて辞表を出した。意気消沈した父さんを励ますので一杯で、のちに変化が訪れると思わなかったな……


 父さんの離職からしばらくして、今度は親父さんが失踪……遠くの公園で池の中に浮かんでた。遺書もないけど、争った形跡もなかったって。警察は事故死の線で捜査してたよな。


 伝え聞いた美玖のお袋さんは寝込んで、工場の実権は佐賀美副工場長が掌握――四十九日が過ぎたら社長に就いてたな。ただ温情なのか、美玖やお袋さんを追い出しはしなかったね。とは言え、お袋さんは働けなくて、美玖の未来が心配になったよ。


 ヤキモキとしてる間に、週末三連泊すると美玖が僕の家にやってきたよな。そして同じベッドで……美玖は怯えるように震えてたよ。僕からそっと包みこんであげたんだ。


『ね、キスしよう?』


 お泊り最後の夜、美玖からお願いされて甘い味を覚えたね。でも翌日から、美玖はハルの家に通い出した……僕に何も伝えることなく……

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