非政府組織――いったんは命拾いしたかのように思えた彼らはまた、無自覚なまま謀略の中枢へ――

第1話【自衛団〝天陽〟】

 ルヴェンにとって、見慣れた貧困街であった。

 そこでは、貴族、魔術師、騎士、商人などの傍若無人な振る舞いにより、傷を受けた人間が多かった。

 そんな中ルヴェンは、せめてもの抵抗として、自衛団を結成していた。といっても愚連隊程度の規模だが。

「ルヴェン」

 ぽんと背中を叩かれた。

 振り返るとルヴェンの見慣れた姿があった。

 猫のように目の大きな顔立ちの少女、だが、肩に悪魔の刺青がある。 

「シャマル、久しぶりだな」

 ルヴェンは微笑んだ。

「三年間半のお勤めご苦労様、ルヴェン」

 ルヴェンにとっても、三年半というのは実に長い月日でだった。前ボスの、シンの亡きあと、この愚連隊を仕切っていたのはルヴェンだったから。シンは実に有能で、彼の作った掟は、ルヴェンがそのまま引き継いだ。

「で、俺らの古巣は今も健在なのか?」

 ルヴェンはシャマルに問う。

「いいえ、もうなくなっちゃった……けどねルヴェン、新しい事務所ができたのよ!」

 シャマルは嬉しげに目を見開いた。

「ほう、じゃあボスの出所祝いパーティでも開いてくれるのか?」

「あなたは私の中じゃ、まだ代理よ。ボスは死んでもシンさんかな。命尽きても、その教えは生きているのよ」

「そうだったな」

「けど、出所祝いくらいは当然するよ」

「おう、キマリだな!」

 シャマルはルヴェンを連れ、天陽の新事務所に案内する。

 歩めば歩むほど懐かしい風景がルヴェンの目に転がり込んで来た。

「騎士さんよぉー。ちょっとばかり、安すぎるんじゃねえのか?」

 ガラの悪い男が、身なりの良い騎士に凄んでいる。

「なにを言う。私は充分な額を支払ったはずだ」

 騎士は反論するがその言葉には力ない。

「お前の汚職の件、口が滑りそうで滑りそうで、参ったなぁ。この口を滑らなくする方法を知りてえんだが、なぁ! 高給取りの騎士さんよお!」

「流石にこれ以上は無理だ、勘弁してくれ。確かに私は高額給与を頂いている。しかし、これ以上は無理だ、ない袖は振れぬ」

 騎士は逆に強気に出た。

「ほー。騎士の癖して、無辜の民間人を刺殺、ここまでは許される、ああ許されるよ。無礼討ちとして処理されるんだろうよ、騎士の立場ならな。しかしなぁ、その目撃者である子供まで殺害となると話は別だぁ。無礼討ちだけでも、名誉ステイタスには多少なりとも傷がつくだろうが、目撃者の子供も殺したら、もはやこれは無礼討ちではなく虐殺だ。曲がりなりにも騎士はメンツの生き物だろう。お前の上司がそれを許してくれるかなあ? お前は給料から、俺に渡す金を引き算した額が懐に入ってるんだ。それすらもなくなっちゃうかもしれないぜ? 生きていけないよ、ああ、困ったなあ!」

 ガラの悪い男は追い込みをかける。

「わ、分かった、分かったから……もう少し静かな声で話してくれ」

 騎士は同様していた。

「分かってくれたなら結構。俺たちは、持ちつ持たれつだ」

 ガラの悪い男は騎士の鎧の肩の部分をぐいと掴んで揺すった。

 ルヴェンのよく知る人物だった。

「テオロじゃないか!」

 ルヴェンは後ろから声をかける。

「おお、ボス! 遂にお帰りで」

 テオロは嬉しそうにルヴェンとシャマルに歩み寄る。

「相変わらずお前の取り立ては厳しいな」

「なに言ってるんですかー、俺が居ねえと、上流階級の奴ら、やりたい放題ですよ。正直治安維持の役割を担ってるはずの騎士が、治安乱してちゃあ洒落にならんですわ。だから俺らが治安守ってるんじゃねえですか」

「そうだったな……事務所に案内しろ」

 ルヴェンがそう言い終える、その時だった。


 —―「この私にゆすりをかけるとは良い度胸をしていますね」

 聞きなれた声をルヴェンの耳が拾う。目を凝らして見てみると、夕暮れのドヤ街の中、八人の人影があった。

 たった一人を七人が取り囲んでいる。

「喧嘩かなぁ、見にいきますか?」

 テオロがそう言う。

「いや、良い」

 ルヴェンは答える。

「見に行こうよ、ルヴェン」

 シャマルがルヴェンの手を引っ張ってそこへ向かおうとする。

「しょうがねえな」

 ルヴェンはめんどくさそうに続く。

 軽装に身を包んだ男が七人、各々短刀を抜き、一人を囲んでいた。

 囲まれている男は、グラハムだった。

「おいおい、七人共完全武装してますぜ。しかも一人のほうは丸腰だ」

 テオロは驚いている。

「こりゃあもう喧嘩じゃないね、コロシか。けど、あたしらのシマじゃあそれは通らねえ、止めに行くわよ」

 シャマルがそう言って、腰に刺したレイピアを抜いた。

「ああ、止めにいかなきゃな……」

 ルヴェンもそう言った。

 七人が一斉にグラハムに斬りかかる。

 グラハムは一太刀目をミリ単位で見切り、斜め前に踏み込んだ、その時既に、グラハムの右拳は武装した男の顎を真下から突き上げるような形で捉えていた。

 打撃音が響く。

 グラハムの背後からその瞬間、首を横なぎに斬り飛ばそうとする者がいた。しかし、グラハムはそれを目視するさえなく、姿勢を低くし、その剣激を回避しつつ、正面の男に肝臓打レバーブロウちを入れる。

 先ほどにも増した衝撃音が響く。

 間髪入れずに、グラハムは残るならず者たちを、近い順に左右の拳を連打ラッシュでなぎ倒していく。あっという間に、ならず者はあと三人だけになってしまった。

 三人は流石に同様したのか、一歩後ずさった……はずだったが。

 グラハムの鋭い踏み込みにより距離を潰されていた。一人目は正面から顔面を殴りつけられ、獲物を振る間もなく失神。

 二人目は獲物を振り上げた瞬間、グラハムの拳が横凪に顎を掠め失神。

 三人目は獲物を振ることには成功した。しかし、その刃がグラハムに届く一瞬前に、グラハムのレフト軽打ジャブがフラッシュのように三連打。男は、刃物を持つ手を痙攣させながら前のめりに倒れた。

 倒れた相手へグラハムの拳が〝ダメを押す〟べく接近。その瞬間、ルヴェンがグラハムの腕を掴んだ。

「やめとけ、もう戦意喪失してる」

 シャマルとテオロはその壮絶な戦闘風景を見て呆然と立ち尽くしていた。

「言っただろ……止めにいかなきゃな、と」そう言って、ルヴェンはシャマルとテオロのほうに振り向いて、苦笑した。

「お、お知り合いなんですか? それにしても強えぇ!」

 テオロは震える声で聞く。

「ああ、お知り合いだ」

 ルヴェンは答える。

「すっごいハンサム!」

 シャマルはグラハムの丹精な顔立ちを二度見した。

「あなたたちは、このならず者どもの一味ではないでしょうね」

 グラハムは強い口調でルヴェン、シャマル、テオロの三人に問う。

「知らねえなぁ……そもそも俺は長いことくそつまんねえ牢獄に閉じ込められてたしなぁ。で、どうなんだ? シャマル、テオロ」

 テオロは「知らねえよぉ」と答える。

 シャマルは「ぜんっぜん知らない。と言うか、お兄さん何者?」

 逆にシャマルはグラハムに興味を持っているようだ。

「こいつぁなぁ。拳闘王者で英雄的存在だ。俺にも勝ってる」

 ルヴェンはそう説明する。

 シャマルは興味深々でグラハムを色々な角度から見た。

「全然殴られたあとがないわね。拳闘王者っていったら、もっと殴られて、デコボコした顔だと思ってわ。まあそれはそれでシブいんだけど」

 テオロは驚愕の表情を浮かべる。

「ボスが負けたんですか……⁉ そ、そりゃあ強えわけだ」

「それよりも……私はこの者たちに薬を買えと言われた。当然断ったが、〝買えないならば嫌で使ってもらおうか〟と襲われた。私はこの者たちに今から尋問をかける。しかし尋問に関しては私は素人だ。ルヴェンさん、あなたなら得意そうですね、こういうのは」

 ルヴェンは、まったく、と呟いて、

「おいおい、俺そんなイメージを持たれてたのか。甚だ心外だぜ……まあ任せろ、おい、シャマル、テオロ、こいつを連行するのを手伝え。まったく……新しい事務所に行く前に仕事が増えちまった」

 と言った。

 テオロと動揺したような表情を見せたが。

「ボスがそんな汚れ仕事をやらなくていいですよ」

 シャマルは嗤った。

「私達だけでしっかりと吐かせるからルヴェンはくつろいでてね」

 —―ルヴェンは少し、この二人に違和感を覚えたが、シンの教えを継ぐものならば信用していいだろうと、自分の器の小ささを心中で嘆いた。

「いいだろう、お前等に任せる」

 グラハムは賛同がしかねる表情をする。

「いいんですか? ルヴェンさん貴方は三年半もこの方々と連絡を取れていない。天陽の構成員がそれほどまでに信頼できる関係だとルヴェンさんが仰るのならば、私は止めませんが……」

 ルヴェンは怒りの籠った表情で言った。

「まあとにかく、薬さばいてる奴らが天陽の目の届く場所に居るってのが、まず納得できねえ。こいつらには全て吐かせろ。それから、出どころを俺が直々に抑える」

「分かったよボス」

 テオロは頷いた。

 すぐに天陽の構成員が集まってきて、テオロと一緒に失神した七人をずるずると引きずっていく。

「じゃあ私が案内するね、ルヴェン」

 シャマルがはにかんだ。

「ところで、グラハム、なんでてめぇがこんな場所に居るんだ」

「居ではまずいですか?」

「いいや、お前の考えていることはよく分からねえが、まあ、久しぶりの故郷だ、しばらくてめぇの顔は見たくねぇな」

「そうですか、では今回の一件は貴方たちに任せて、私は私の仕事をさせてもらいますね」

 グラハムは答える。

「仕事……だったのかよ」

 ルヴェンはそう言って、シャマルについていった。

「ここが……天陽の事務所……か?」

 ルヴェンの前には、まるで廃墟のような寂れた建物が立ちはだかっていた。

「だって私達昔から貧乏〝だった〟じゃない。そもそも収入源が乏し〝かった〟じゃないの」

 シャマルがそう答えた。

「そ……そうだな……そうだった。思い出した。うん。合格」

 ルヴェンはそう言って廃墟に入る。

 シャマルはその廃墟の、地下に繋がる階段へルヴェンを案内する。

「ん? んん? これは、もしかして」

「そうよ、今は、私たちの事務所は地下なの。それも以前とは比べ物にならない広さよ!」

 シャマルは嬉しそうに言う。

「そうか……」

 ルヴェンの目はどことなく寂しげであった。

「おかえりボス!」「おかえりルヴェン!」「お勤めご苦労様です!」「おかえりなさい!」「お勤めご苦労さん!」

 ルヴェンが事務所の扉を開けると一斉に天陽の構成員が歓迎の声が投げかける。中にはルヴェンの知らない者までいるが、ルヴェンはそれを気にしない。

「どう? ルヴェン」

 シャマルはしたり顔で事務所を見渡す。

 内装は整い、広く、豪華なものになっていた。そして、本革性のソファーに、黒曜石の椅子が備え付けられている。以前と変わらないものは、壁に備え付けられた武具達だけだ。

「随分と豪華になったじゃねえか! おい」

「じゃあさっそく、パーティかしら?」

 シャマルは可愛らしい顔立ちをほころばせて、嬉しそうに高級グラスを机に置き、上物のシングル・モルト・ウイスキーを注ぐ。

「じゃあ自分らも」

 天陽のメンバー達も各々酒を手に取る。

「ボスの帰還に乾杯‼」

「……おう」

 ルヴェンは悲しそうな表情のまま、ウイスキーを一気に飲み干す。カンっと、グラスを机に強く叩きつけた。

「どんな酒であれ、旨ぇな‼ なにせ三年半ぶりだからな‼」

 しかし周りは静まり返っている。誰ひとり酒を口にしようとしない。

「これが前みてーに安酒で、寂れた事務所で質素に呑んだなら、もっと旨かったのによ‼」ルヴェンはシャマルを睨みつけ。「おかわりだ!」とグラスを差し出す。

 そしてシャマルに注がれた上物のウイスキーを再び、一気に喉に落とす。そして再び、机にグラスを叩きつけるた。

「なんで、なんでだ‼ なんでお前等……そこまで落ちた⁉」さも悲し気なルヴェンの咆哮。そして「おかわりだ‼」と再びシャマルに酒を注がせる。

「この上等な酒の出処は大体察しがつく‼ てめえら……薬をさばいていやがるな‼」再びルヴェンが吠える。そして、「おかわりだ!」とグラスを叩きつける。

ルヴェンの両の眼は血走り、天太の構成員を見渡す。構成員は流石にルヴェンの迫力に圧倒されたのか、ただ黙って息を飲む。

「—―しかも、しかもだ、睡眠薬入りとは、本当に気の効いた連中だぜ‼ まったくよお‼」

 眉間に皺を刻み、血管を浮き出させ、目を見開き鬼の形相となったルヴェンの視界が、だんだんと、だが確実に、ぼやけていき、やがては意識さえも遮断された。

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