第11話 僕は歪んでいる
「……なんですかこれ」
朝食後、後片付けなどを済ませ居間でゴロゴロしていると、出勤前の恭子さんにお使いを頼まれる。で、その渡されたメモの内容には、明らかに普通の店では売ってないようなモノまで書かれていた。
「メモだけど……ボケてる?」
「いや、ボケとかそういうのじゃなくて」
乾電池はいいとして、化粧品や三角コーナー用のダスターもまだわかる。
しかしコレはなんだ。
ビジュアル系専門音楽雑誌にサラリーマン銀次郎最新14巻。それに加えてMOディスクにSCSIケーブル。
いまどき秋葉原でも売ってないよ。
さらに丸ペンのペン先。恭子さん、マンガ描いてるんですか?
さらに加えてエレキギターの弦。何をしてるんだこの人。
「こんなの、どこで売ってるんですか」
「そこで」
恭子さんの指先の向く方向で、何かを売ってるいるような店……。
「羽代ストア?」
「そそ。沙夜ちゃんに聞けばすぐ出てくるわよ」
羽代ストア。
何屋、とも分類しがたい田舎特有のいわゆる商店。
沙夜ちゃんの自宅でもある。
そういえば沙夜ちゃん、随分と美人になってたな、などと考える。
昔から整った顔つきで、僕とは違って愛想もよくてご近所の評判も抜群だった。それでも昔はさんざん一緒に遊んだもんだ。
ちなみに沙夜ちゃんが子供の頃一番好きだった遊びは、銀座ごっこだった。
クラブのママ、三越に買い物に来た奥様。裏通りのホームレスなどと役割を決め、華やかな街に集う人々の人生模様を演じ分けるという、高級なんだか悪趣味なんだかよくわからない遊びで、他の子供たちは当然のように嫌がった。
この奇妙な遊びにつきあっていたのは、僕と遥香と、何故か恭子さんくらいのものだった。ある意味沙夜ちゃんよりもこの遊びが好きだった恭子さんの指導により、当時の僕は日本で一番リアルなホームレスを演じられる幼稚園児だったりもした。って、今はそんなことはいい。
「本当にコレ、全部揃うんですか?」
「羽代さんとこは仕入れの目利きがいいからね」
「そういう問題ですかね。まあ、行ってみます」
ほんとかよ、と思わなくはなかったけれど、しかし行ってみなくては解らないといえばその通りでもあった。
でもさすがに羽代ストアで全部揃うとはとても思えなかったから、商店街にまで足を伸ばすことを覚悟して重装備を整え、外に出た。
外はやはり、というか想像以上に寒かった。3月に入ったとはいえ、この寒さは東京でいうと1月下旬くらいの寒さだ。胸いっぱいに冷たい空気を吸い込むと、肺の中に針が刺さったような細かい痛みすら感じる。
ポケットに手を入れ、首をすぼめると、僕は近所にある羽代ストアまで小走りに駈け出した。
到着、というほど遠くにあるわけでもない。小走りでたった数分、距離にして数百メートル。東京でコンビニに行くにしたってもう少しあるだろうという恵まれた立地条件。自動ドアじゃないのでポケットから手を出して戸を開けたとき、手袋を忘れたことを激しく後悔した。
「……はぁ」
店内の暖かい空気に強張った身体から力が抜ける。5分も外にいなかったのに、それほど寒かったってことだ。
「あら、いらっしゃい」
「こんにちは」
僕に気づいた沙夜ちゃんに軽く手を上げて挨拶を済ませる。
「……なんでそんなところに突っ立ってるの?」
「いや、店の中が暖かかったから、つい」
「そんなに寒い? これでも、今日はまだ暖かい方よ」
「そうなの? たった数分の距離歩いただけでもう身体ガチガチだよ」
「昔ここに住んでた人の台詞とは思えないわね。今時の子供でもこれくらいの寒さならTシャツ一枚に半ズボンで駆け回るわよ」
「……それはさすがにどうだろうね」
沙夜ちゃんは基本的に馬鹿がつくほど正直者だったけれど、対象が僕になると大嘘を平然と吐く人だった。
「ところで、何の御用かしら?」
「あ、そうそう」
ポケットに入れてあった、恭子さん特製メモを取り出して彼女に渡す。
「そこに書いてあるもの欲しいんだけど、ある?」
「あるわよ」
「……ほんとにあるんだ」
「そんなに意外? なんでも揃う羽代ストアで何十年も商売してるのよ」
「確かにコンビニ行くより近くて便利だけど、そんなものまで置いてあるなんて思わなかった」
「客層が決まってるから、マーケティングもばっりちよ」
そう言うと彼女は店内をぐるりと見渡し、渡したメモに書かれた品物をてきぱきと集めはじめた。
ホントにそんなもん売ってるんだ、と僕は妙に納得して言葉なく頷いた。
サラリーマン銀次郎が全巻揃ってるなんて、専門店でもなかなかないと思うけど。
「随分と楽しそうだよね」
「まあね、毎日やってればいやでも慣れるわよ。それに接客業も嫌いじゃないし」
「接客業って、他にも何かしたことあるの?」
「無いわよ。前にバイトしようと思ったこともあったけど、通勤に時間かかるし。それにその話を両親にしたらウチでいいじゃないって言いくるめられたんだけど。まあ、これでも一応バイト代もらってるから」
「へえ、随分羽振りがいいね」
「時給450円だけれど、働いてく?」
「いえ、謹んでご遠慮させていただきます。あ、いくら?」
ビニール袋に品物を入れ終わるのを見て、僕は財布を取り出した。
「8764円になります」
「ちょっと待ってね……そういえば、引っ越すって言ってたけど、お店の方は大丈夫なの?」
財布から1万円札を取り出し、それを手渡す。
「4月から新しいバイト雇うって言ってたし、大丈夫じゃない?」
「そっか。ご両親も寂しがってるんじゃない?」
「残念ながらそうでもないかな。この町を出ていくことは昔ずっと言ってたし、真っ当な理由だから特に何もないでしょ」
そういえば、沙夜ちゃんは子供の頃からこの町を出ていくって折に触れて宣言していたような記憶がある。「沙夜ちゃん出て行かないでー」なんてままごとで言わされていた僕が結果として先に出ることになったのは予想もしていなかったけど。
そして彼女は、かねてからの宣言どおり、この町を出ていく。この町は、また一人分だけ過疎化が進行する。
一瞬寂しく思ったけど、5年も前にこの町を出た僕には何も言う資格がないことを瞬時に自覚した。
「じゃ、そろそろおいとましようかな」
「……あら残念。もう帰っちゃうの?」
「いつまでも店内で話し込んでたら迷惑でしょ」
「そうでもないわよ、最近はこの時間ずっと一人で暇だったから」
確かに僕以外のお客さんはいないけど……。
「店の中で立ち話、というのもちょっとね……」
「あっ、それならウチでお昼ご飯でもどうかしら? ちょうど休憩入れようと思ってたところだし」
「それこそ迷惑なんじゃ……」
「いいからいいから。ほら、こっち来て」
僕はやや強引に連れられて店舗兼自宅の2階……というか沙夜ちゃんの部屋に上がった。
「適当にくつろいでて、いま用意してくるから」
「えっ、もしかして沙夜ちゃんが作るの?」
「そうだけど。……なにか言いたいことでもあるのかしら?」
「……いえ、なんでもないです」
有無も言わさぬ鋭い眼光に、僕を目線を逸らしてそう答えるほかなかった。
僕の記憶では沙夜ちゃんは料理が苦手だったはず。けれど、あれから5年も経ってるワケだし、さすがにオニギリくらいは握れるようになっている、と思いたい。
「じゃ、ちょっと待ってて」
そう言って台所へと消えて行く彼女を見送る。
久しぶりに訪れた幼馴染みの部屋。改めて周囲を見渡した。
すると、どうやら多少ぬいぐるみや写真が増減しているようだった。
部屋の主と同様、控えめには変化もしているらしい。
ある程度の予測をつけながら机に飾られた写真立てを手に取る。
やっぱり、どれも僕と沙夜ちゃん、あるいは遙香を加えた3人で撮ったものばかりだった。
幼馴染みとしてうれしく思う反面、どうして友達だとか自身にとって記念になるような写真がないのか、と不安にも思う。
僕はこんな体質だから、人に依存したり、されたりすることを極端に恐れる。
この5年間、僕は可能な限り故郷のこと、沙夜ちゃんのことを考えないないように、そして何よりも自分の色を消して、日々の生活を送っていた。
そうして本来あるべき姿から徐々に遠ざかっていくことで気づかされていく、自らの歪み、そして孤独。何千何万の語を頭の中で費やしながら、いつだって最悪の未来図を最優先に描いてしまう。そんなけったいで奇っ怪な心を窓に外界を眺める僕は、一人冥王星の住人のようだった。
「……っ」
頭が割れそうに痛い。発作のようなもの。
これからしなければいけない演技と、これから起こるであろう出来事への不安が綯い交ぜになる。
しばらくすると階段を昇る足音が聞こえて、僕は改めて思考を切り替えた。
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