用無し聖女だと婚約破棄&島流しされたら、国中のスパダリが皆ついてきちゃいました
青空あかな
第1話:婚約破棄&島流し
「クロエ・カスティーユ」
「は、はい」
いつものように宮殿の教会で一人、女神様へお祈りを捧げているときだった。
後ろから刺すような声が聞こえた。
恐る恐る振り返ると、一人の男性が私を睨んでいる。
さらさらした美しい金髪に、エメラルドのような翠色の瞳。
お人形のように見目麗しく、宮殿中……いや、国中から羨望の眼差しを集める男性がいた
この方はトリスタン様。
ここミロスニア王国の第一王子でいらっしゃり…………私の婚約者でもある方だ。
祈祷を止めた教会は私たちの他に誰もおらず、不気味な静けさに包まれる。
トリスタン様はカツカツと無機質な足音を立てて私に近寄る。
「どうした、クロエ。普段から暗い顔が一段と暗いぞ。勘弁してくれ。見ているこちらまで気持ちが沈む。それにしても、相変わらず色気がないヤツだな。本当は人間じゃなくて幽霊や悪霊の類いなんじゃないのか? 女ならもっと男を楽しませてくれよ」
「あ、いえ……」
一つ一つの言葉が、ナイフのように私の心を浅く切り裂いていく。
私たちは婚約者同士ではあるけれど、実のところトリスタン様とはあまり親密な仲ではない。
挨拶しようと近づくだけで煙たがられてしまい、思い返せば婚約が決まった三年前からも、あまり会話することがなかった気がする。
……いや、会話しないというより、顔を合わせるたび罵倒される毎日だった。
今もまた、今度は何を言われるのだろうと緊張して言葉を待つ自分がいる。
トリスタン様は不適な笑みを浮かべると、私を指さして冷たく告げた。
「僕はお前との婚約を破棄する。そして、お前は今日で王国からも追放だ。聖女としての地位も剥奪する」
「……え?」
「聞こえなかったか? お前はもう聖女じゃないんだよ」
淡々と告げられた言葉は衝撃的で、私は思わず手に持った十字架を落としてしまった。
今から三年前、十五歳の誕生日に私は天より"聖女の神託"を受けた。
しがない男爵令嬢に過ぎなかった私は、国のしきたりにより瞬く間にトリスタン様との婚約が決まったのだ。
およそ五十年に一度、ミロスニア王国には聖女が生まれる。
女神様にお祈りを捧げ、聖なる力である"加護"を分けていただくのだ。
加護を授かった聖女の務めは主に二つある。
一つ目は国を守る結界魔法に力を注ぐことで、二つ目は回復や解呪などができる聖魔法で人々に奉仕すること。
聖女に任命されて以来、せっせとお祈りを捧げ、女神様から分けてもらった加護で人々に奉仕する毎日を送ってきた。
たしかに務めに夢中で、トリスタン様の言うように"良い女"にはなれなかったかもしれない。
でも、いきなり婚約破棄に追放、それに聖女の剥奪だなんて……。
どういうわけか教えてほしかったけど、トリスタン様の機嫌を損ねないよう慎重に言葉を選んでお話しする。
「お、お言葉ですが、私を追放されると聖女の務めを果たす者がいなくなってしまうのでは……」
「なに、心配は要らないさ。お前の代わりがいるんだから」
「代わり……でございますか?」
「ああ、お前よりずっと優秀な人材がね。……さあ、入っておいで」
トリスタン様が後ろの扉を振り返り、私と話すよりずっと優しい声音で呼びかけた。
扉がガチャリと開かれ、一人の少女がヒールを響かせ教会を歩く。
目が痛くなるほどのビビットなピンクのドレスを着た少女……、か、彼女は……。
「あら、お義姉様。まだ教会にいらしたのですね。てっきり、もう追放されたとばっかり……」
「マ、マルティ!」
今年十五歳になる私の義妹、マルティ・カスティーユだった。
彼女はさも当然のように、ひしっと抱きつく。
……トリスタン様に。
呆然とする私に、トリスタン様はさらなる衝撃的な話を告げる。
「先日、マルティは"聖女の神託"を受けたのさ。女神様も、お前みたいな暗い女よりマルティのような華やかな女性が好きらしい」
「……えっ……マルティが神託を……受けたのですか?」
まったく予想もしないことで、私は絞り出すような声しか出せなかった。
マルティが神託を受けた……。
今この瞬間、初めて知ったけど、もしかしたら、国民はみな知っているのかもしれない。
私は日中のほとんどを教会でのお祈りに費やしており、外に出るときは奉仕活動をするときだけだ。
同じ時代に聖女が二人出たなんて今まで聞いたことがないけど、きっと女神様の思し召しなのだろう。
マルティはいつも持っている金色の扇子を開くと、優雅に顔を扇ぎながら言った。
「女神様もようやく、あたくしの優秀さに気づかれたようですわね。神託を受けたので、聖女はあたくしが引き継ぎます。だから、お義姉様は用無しになりましたのよ」
「でも、二人でお祈りした方がより国に貢献できると思うけど……うわっ」
「お黙りなさい! お義姉様の意見なんて聞いていませんわ!」
聖女が二人いるなら協力を、と提案しようとしたけど、マルティに扇子で叩かれてしまった。
そんな私を見て、トリスタン様は笑いながら話す。
「この国に聖女は二人も必要ないんだよ。マルティの言うように、お前は用無しになったんだ。……聖女としても、婚約者としてもね」
「あたくし、トリスタン様と婚約いたしましたの。ご報告が遅くなって申し訳ございませんわねぇ。聖女として務める準備がございましたので、オホホホホ」
二人の高笑いが教会に響く。
おそらく、私の実家であるカスティーユ家もマルティの婚約には賛成なのだろう。
私が婚約したときも、王家との繋がりができたのが嬉しかったみたいだから。
力なく佇む私を見て、トリスタン様は思い出したように言う。
「そういえば……」
「は、はい」
トリスタン様はそこで言葉を切り、意味ありげに私を見る。
その不気味な視線に、私の心臓は冷たく鼓動した。
「東の果てにエスベア島があったな。ちょうどいい、お前は島流しだ。二度と王国の地を踏むことは許さん」
「そ、そんな……」
トリスタン様の言葉に私は息を呑む。
エスベア島――通称、"絶望島"。
王国から船で二週間ほどかかる、辺境の島だ。
土地は貧相で周囲の海流は荒れ、天候さえ常に悪天候が続く。
私と同じように追放された辺境伯が、懸命に管理されているらしい。
「せいぜい、"絶望島"の発展を女神に祈るんだな」
「さようなら、お義姉様。どんなに苦しくても、あたくしたちに助けを求めようなんて考えないでくださいね」
王子の命令は絶対だ。
逆らえば監獄行きとなってしまう。
それでも、私は教会から出て行くことはできなかった。
深呼吸して気持ちを整え、二人に話す。
「お待ちください。せめて、最後までお祈りさせていただけませんか?」
「……なんだと?」
「……お義姉様、何を言っているの?」
私が必死に呼びかけると、トリスタン様とマルティは至極不機嫌な顔になった。
馬鹿なことを言ってないで今すぐいなくなれ、と目で言われているようだ。
視線だけで心が追い詰められるのを感じるけど、懸命に伝えた。
「途中で終えてしまっては、女神様の加護がいただけなくなってしまいます」
覚悟を決めてゴクリと唾を飲んで言う私に対し、二人はあっさりと告げた。
「知らなかったか? お前はもう、聖女の資格さえないんだよ」
「お義姉様ったら本当に鈍くさいですわね。今の聖女は"このあたくし"でございます」
「それ以上ごねるのなら……監獄行きにするしかないが?」
トリスタン様とマルティに睨まれ、私の心には分厚くて暗い雲が立ちこめる。
私の居場所は完全になくなってしまったのだ。
「……申し訳ありませんでした。エスベア島に向かいます」
少ない荷物をまとめて王宮を出る。
実家にも帰るな、と言われたので、このまま港に向かおう。
そう思いながら宮殿の門を出て、森の中をしばし歩いていたときだ。
「クロエちゃん、待ってくれたまえ」
「おい、クロエ。待てよ」
「クロエ君、私を置いて消えようとするなんて良い度胸じゃないか」
後ろから男性の声が聞こえて足を止めた。
振り返ると、そこには三人の男性方が立っていた。
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