第47話 雪解け
「でもなんであのとき、シロヤギはばっちゃんに心臓を差し出したんだろうな」
今、本人に直接訊いたら答えてくれるだろうか。
「無駄さ。人工心臓を移植した際に初期化されている」
博士は代わりに独自の見解を示した。
「僕の目算では、きみとシロヤギの間に走った閃光が関係ありそうだがね」
「うん。やっぱ博士もそう思うか」
「うむ。たとえばきみの義手が何らかのウイルスを感染させたのではないかね? そのウイルスによってシロヤギ側にエラーが出た。そして心臓の自爆も解除され、移植できた」
「いちおうの筋は通るな」
であれば、その義手にウイルスを仕込んだのは十中八九サメタマだろう。
スイステ5のコントローラーを持ったときの感電、あそこで仕込まれたに違いない。
「つまりヤモリ、きみがシロヤギに対して右手を差し出していたら結果は変わっていたのかもしれないということだね」
あのとき俺が右手でシロヤギの手を掴んでいたとしたら?
ばっちゃんに人工心臓は移植されず、どころかシロヤギの自爆も解除されずに、全員爆死していたのかもしれない。
「いや、俺はそうは思わねえな」
即座に俺はその考えを否定した。
「それはなぜだね?」
「だって感情ってのは、心ってのは、そんな白黒はっきりつけられねえもんだ」
俺は彼の感情を否定したくなかった。
シロヤギはアンドロイドに感情が認められた時代から来た。
ならば少女を助けたいと思う感情がゼロだったとは俺にはどうしても思えねえ。
それは感情の否定になりかねず、矛盾してしまうからだ。
とはいえ、一度は殺したはずなのに心臓を移植して介護まですることになるとは……アンドロイドの人生もわからないものだ。
俺は病室の窓拭きをしていたシロヤギの背中を見つめる。
すると煙草のにおいがほのかに香った気がした。
いや、ここは病院だ。気のせいだろう。
それにアンドロイドが喫煙するわけがないのだから。シロヤギが局長時代にタバコを吸っていたのはあくまで人間に擬態するためだ。
突如、シロヤギの足下をパンダ猫が走り抜ける。
それに肩を跳ねさせた次の瞬間、ビキッとシロヤギは苦悶の表情を浮かべて腰を押さえる。窓に両手を突いて「あいたたたたたー」と、前屈みになった。
「アンドロイドでもギックリ腰になんのかよ!」
「古い型だからね。一度メンテナンスが必要かもしれない」
そう補足する博士。
この世界線では博士とヒバカリが一緒になったことで未来が変わった。
ひとりの天才が殺されずに本気を出せた世界。
タイムマシンを作っていたはずの時間で博士は天気を操り、配達物をテレポートさせる装置を作った。
そんな世界線。
「それからヤモリ、きみに渡してほしいとヒバカリから預かっているものがある」
そう言って、博士は白衣のポケットから金色の懐中時計を取りだした。
「これは……」
「ヒバカリの形見だ」
俺は懐中時計を受け取り金蓋を開けてみる。
ばっちゃんの亡くなった時間で止まっているということもなく、秒針は動いていた。
人工心臓のように狂いなく時を刻んでいる。
「ではそろそろ僕はカエルちゃんを呼んでくるよ」
どうやら博士は母ちゃんと交替交替で俺を看ていたらしい。
「あっそれはそうと、カベチョロ郵便局からきみに何通か手紙が届いているよ」
ヤモリの刻印された赤いダンボールに重要書類やら手紙がぎっしり詰まっていた。
F美ちゃんが仕分けしているのだろう。
さすが元郵便局員だ。
違う世界線のだけど。
俺は立ちあがった白衣の猫背に声をかける。
「ぜんぶ博士のおかげだ。俺がここまで来られたのは」
「いやヤモリ、きみが2024年に来たおかげだよ。あの年にすべてが始まった」
博士は回顧するように言った。
「何もかも変わってしまったが、これだけは言わせてくれ。どの時代、どの世界線にいてもきみは僕の孫であり親友だ」
「ありがとう、じっちゃん」
俺は心からじっちゃんにお礼を言った。
その白衣の背後には車椅子に乗る博士が見えた気がした。
そして博士がシロヤギとともに病室を出て行ったあと、俺は手紙を拝読する。
兄からの手紙には地球人初のソルト警察官に就任したという内容がしたためられていた。
そして意外にも顔面凶器の父からも手紙が届いている。
毒蛇のような達筆だ。
『警察官にならないと言ったときはどうなることかと思ったが立派なもんだ。いつでも家に帰ってくるといい』
それは短い手紙だった。
しかし、長い時間がかかって俺に届いた手紙だった。
「父ちゃん」
涙こそ出ないが雪解けしたってことでいいよな?
マジで涙こそ出ないが。
他にも元同級生や恩師からの手紙もあった。
それに混じって犯行声明文のようなものまで混じっている。
『シンサクゲーム、カッテ』
汚ねえ字だ。
こんな失礼な手紙を送りつけてくるのはひとりしか覚えがない。
どうやらサメタマも生きてるようだ。
ならば。
と、俺がさらに手紙を分別すると最後の一通に目が留まった。
差出人も宛先も書かれていない。
まるで新品の手紙。
宛先が書かれていないということは直接届けたのだろう。
手紙を開くと中の便箋も白紙だった。
「?」
いや、何かが挟まっている。
ひらりと白いベッドの上に滑り落ちた。
それは一枚の桜の花びらだった。押し花のように保存されていたようだ。
俺は同封されていた桜を摘まみ上げる。
窓の外のみずみずしい太陽に桜の花びらを透かして見た。
未来は見えなかったが、すでに目的地は決まっていた。
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