第10話 死海手紙

「シャククク。雑魚しゃめ」


 黒尽くめの死骸を見下ろしながら、サメタマは吐き捨てるように言った。


「その殺虫銃とやらは何かね?」


 すると、いつの間にか俺の隣から博士が消えていた。ソルト人たちのもとまで近付いて話しかけている。


「あんにゃろー……!」


 武器を持った敵か味方かどうかもわからない相手になんで不用意に近付いてんだよ。

 サメタマは怪訝な目を向ける。


「おまえは誰しゃめ?」

「僕は月光時幸村。気軽に博士と呼んでくれたまえ」


 博士は目を輝かせながら再度尋ねた。


「それでサメタマ、きみが生み出した武器は何かね?」

「あれは道具卵エッグムの殺虫銃しゃめ」


 サメタマはどこか自慢げに説明する。


「人には無害だけど蟻人ぎじんには猛毒のガスを発射するしゃめ」

「蟻人?」

「そこでお陀仏したエイリアンみたいなのしゃめ」


 見下ろすようにサメタマはヒレの先で黒尽くめを差した。


「宇宙人のペットがエイリアンとか言ってんじゃねえよ」


 そうツッコみながら俺はやっと博士と合流した。


「誰がペットしゃめ!」


 サメタマは憤慨していた。


「サメタマ、喋りすぎ」


 ソルト人はそっとたしなめる。

 その手には殺虫銃が握られていた。引き金に指がかかっている。

 しかし、俺はそんな脅しには屈しない。


「てか、この野郎。さっさと俺のカブ返せ!」

「雇われ配達員のくせに」

「うるせえ! バカザメ」


 俺はソルト人の肩に乗ったサメタマを睨む。

 俺は愛車のハンドルを掴んで多少強引にソルト人から奪い返した。あっさりソルト人は郵政カブから降りた。

 その際に無感情の声音がやけに俺の鼓膜に響く。


「あなたは宇宙人のペットと呼んだ。サメタマのことを」


 伽藍堂の瞳が俺を射貫く。


「どうして私が宇宙人だと?」

「それは……」


 意外と鋭い。

 こうなってしまった以上、観念して俺は答える。

 それにもしかしたら未来に帰る方法もわかるかもしれない。


「どうしたもこうしたもねえよ。俺は未来から来た」

「どうやって?」


 ソルト人は驚いたように黒い複眼を開いたように見えた。

 目蓋がないので錯覚だと思うが。


「おまえらが答えたら俺も答えてやるよ」


 ちなみに俺はソルト人と話したことはほとんどない。

 俺は改めて問う。


「ソルト人、どうしておまえはこの時代の、ここにいる?」


 しばし考え込むようにしてからソルト人は博士のほうを見やる。

 それからサメタマとアイコンタクトを交わしたあと、抑揚のない声で答える。


「未来を変えるために来た。私たちは」

「未来を変えるために……?」


 おいおい、その言い方じゃまるで……。

 それからソルト人は何でもないことのように平坦に告げる。


「タイムマシンを使って」

「「……タイムマシン」」


 俺と博士は双子のようにオウム返しした。


「イエス」

「イエス……って、おまえ」


 俺が状況を呑み込めないでいると、博士は俺に目線だけで、「未来ではタイムマシンはあるのか? それならなぜ黙っていた?」と、責めるように問うてくる。しかし、俺は首を横に振って「知らなかった」と答えるしかない。


「それならタイムマシンは今どこにある? それがあれば俺は未来に帰れるのか?」

「故障してしまった。タイムマシンは不時着によって」

「はあ? どういうことだよ」

「つまり現時点では未来には帰れない」


 マジかよ。過去で宇宙人とよろしく仲良くしろってか?

 冗談だろ?

 明らかに落胆する俺に構わず、ソルト人はあっさり続ける。


「この時代の重要人物が殺害されることになっていた。その重要人物とは月光時幸村」

「僕、かね?」

「イエス」

「博士が何やったって言うんだ?」

「ヤモリ、それは違う」


 博士がそう否定してから確信したように言う。


「おそらく僕が未来で何か重要な出来事に関わるんだろう?」

「イエス」


 ソルト人は無機質に頷いた。


「月光時幸村はソルト人のなかでは有名人」

「ほう。なぜかね?」

「それはあなたがソルト人全員の命を救うため」

「博士がソルト人を……?」


 俺は驚きすぎて閉口してしまう。

 つまり博士を助けたことが結果的にソルト人を俺が助けたことになるのか。

 さらにソルト人は衝撃の告白をする。


「そして大きく関与する、タイムマシン開発に」

「僕がタイムマシンに?」

「イエス。以上のことから月光時幸村を守る。それが私の役目」


 正直、真に受けるのはどうかと思う。

 俺の知ってる未来ではタイムマシンなんて開発されていなかったしな。


「つーか、おまえらは西暦何年から来たんだ?」

「2094年」


 俺と同じかよ。

 これで俺より先の時代から来た可能性はなくなったわけだ。


「そもそも蟻人はなぜ博士の命を狙う? あの蟻人もソルト人の仲間だろ?」

「違う。蟻人は歴史改竄特殊部隊。ソルト人をベースに造られたホムンクルス」


 俺の疑問にソルト人は答える。


「未来から2024年に世界線の大きな変動が観測された。それは何者かが未来から蟻人を送り込み、月光時幸村が殺害されることに起因する」

「それを突き止めてあっしらはこの時代に来たしゃめ」


 サメタマがいけしゃあしゃあと付け足した。


「あのダンプカーで轢こうとしたのも、その何者かの仕業か?」

「おそらく」


 ソルト人は首肯した。


「本来死なない、この世界線の月光時幸村は。しかし死の危険が迫るとすれば、それは未来からの刺客の可能性が高い」

「なら俺を使って博士に奇妙な手紙を届けるように仕向けたのは、おまえか?」

「テガミ……?」


 すっとぼけるソルト人。

 俺は博士に横目を使うと、博士は白衣のポケットから古びた手紙を抜き出した。

 それを見た瞬間、ソルト人は白々しくも棒読みで呟く。


「それは……死海手紙」

「やっぱり知ってるのか?」

「知っている。けれど知らない」

「どっちだよ!」


 俺はトカゲがコオロギを睨みつけるように目線で詳細を要求した。

 するとソルト人はやおら口を開く。


「死海手紙は宛先人の死を予知する」

「なーに言ってんだ?」


 俺は鼻で笑った。

 しかし、ソルト人は特に気にしたふうもなく続ける。


「正確には手紙に触れた者の死を予知する」

「つまりこの死海手紙は僕の死を告げる予言の書というわけだね」


 博士は真剣な表情でうなずいていた。


「そして僕は死を回避したために手紙の文字が消えた、と」

「私たちは一切関与していない。その死海手紙に関しては」

「つまりどこかの誰かが博士を守るために手紙を俺に届けさせたってことか」


 いったい誰が……。

 博士がソルト人の繁栄に一役買っているならソルト人の誰かが届けさせた可能性が高いだろう。


「ソルト人、その人物に心当たりは?」

「ない」

「だろうな」


 俺はため息を吐いた。

 肺の中が空っぽになる特大のやつだ。

 俺たちを取り巻く問題が見えてきたが未来に帰れないんじゃ何の意味もない。


「そういえばソルト人、あんたの名前を聞いてなかったな」

「@〒※☆〆▽●&¥□%◎」

「は?」


 俺は聞き慣れない音に思わず聞き返してしまう。

 するとソルト人は首を傾げてから改めて答える。


「日本語の発音では、ソルティライト・スノーマン」

「はじめからそう言えや!」


 とはいえ、本名かどうかは怪しいところだ。


「俺は忍壁家守だ」

「ちなみにソルティーはソルト星からの歴としたプリンセスしゃめ」


 サメタマが横槍を入れてきた。


「サメヤロー。嘘つけ」

「嘘じゃないしゃめ」

「じゃあなんでそんなお姫様がこんなところに……」


 そもそも女だったのかよ。

 俺はそんなデリカシーのないセリフが喉元まで出かけた――まさにそのとき、ガサガサと地面を這うような物音がコスプレ会場に響いた。

 嫌な虫の知らせがする。

 俺は視線を滑らせると黒光りする化け物が立ちあがるところだった。手足を地面につかずゼログラビティーで起き上がる。


「ゴキブリ並みの生命力かよ」


 俺は虫唾が走るのをこらえながら唾棄するように言った。

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