ゲームの主人公に転生したけど、推しが敵側なので寝返ります
織羽りんご
1話・転生
俺は今、少し恐怖している。
ああは言ったものの、実際に目の前にすると本当に。
けれど、言ったことは取り消せない。彼女の未来を変えるにも、今ここでやらなければ。
「最後の情けだ。本当にやるのか?」
「もちろん。お前こそ、ピンチになって皇帝にルール変更してくださいとかダサい真似すんなよ?」
両者、目前の敵に切先を向ける。
静寂する空間。耳には風の音と鼓動する音のみ。
睨む。
「それでは……決闘、開始ぃぃぃぃい!」
□
諸君、俺はゲームが好きだ。
諸君、俺はゲームが好きだ。
諸君、俺はゲームが大好きだ。
特にクリア後に何度も周回できるできるゲームが大好きだ。
現在この極寒の季節、
なら何故まだプレイしているのか?それは数多いルート分岐があるからだ。
メインとはまた違うストーリーが展開され、そこでしか取れないアチーブメントや限定マップ、メイン未登場の敵モブなどが見られるからだ。
船渡湊は数々のルートをクリアしていった後に、あることが疑問となる。
それは、このゲームの推しキャラである『ロゼ・セレスト・クロウリー』の救済ルートだ。めちゃくちゃビジュが好みで技のエフェクトもオシャレ。けれど、作中の彼女はどこか不憫であり、オタクの俺はどうにか救済できないかを数百時間模索し続けている。
が、どこにもない。ネットを調べてもだ。掲示板の書き込みにも、俺と同じ気持ちの人は居るみたいだが、依然としてロゼルートの手掛かりどころか存在すら確認できていない。
こんなにもルートがあるのに、何故彼女のルートはないのだ。
そう思いながら、湊は暖房の効いた部屋から出る。
「寒……」
あまりの寒さに両手で反対の二の腕を擦る。
こんな寒い日には、あっついお湯に浸かるのが一番だろ。階段を下りて脱衣所へと向かう。廊下、脱衣所ともに冷えており、まるで氷の洞窟にでもいるようだった。
これはお湯に入るのが楽しみだ。
寒さから逃げるように急いで服を脱いで、いざ浴槽へ!ザバーンと大きな音を立ててお湯に入る。なんと温かいのだろうか。なんと幸せなのだろうか。青森に住む十七の少年はそう思った。
しかし、
「!──────────」
突然、俺の体はおかしくなった。
胸が、苦しい──────!
なんだこれは……とりあえず、風呂から出て助けを呼ばないと……
苦しい最中立ち上がった。まさにそれがトドメのトリガーだった。フラッと視界が揺らぎ、その後すぐ衝撃が走り暗転した。
ヒートショック。
温度の急激な変化によって血圧が著しく変動していまい、体に大きな負荷がかかることで発生する健康被害。
こんな真冬、しかも青森だ。そんな中でいきなりアツアツの湯に入ってしまっては、起きてしまうのも当然。ただ、十七の男にそこまでの知識がなかったのが問題だった。ゲーム以外のことにも知識を働かせていれば、こんなことにはならなかったというのに……
□
「──────きて!起……!」
んん……うるさいなぁ。もう少し寝かせてくれよ。
肌触りのいいシーツの体を擦りながら、布団を絡める。こんな寒い季節に朝早くから出るわけないだろうに…
「起き──────き…!」
はいはい、あと30分後にね。
「起きろぉぉぉぉぉ!」
「ぐああぁぁぁぁぁぁぁ!」
何度言っても起きない俺に対し、その声の主は握った両手を振り上げ、思い切り俺の腹へと落とした。最悪の目覚めだ。何故こんな目に遭わなけりゃならんのだ……。まったくどんな起こし方だ──────
「アインやっと起きた!今日はダンジョンに行く日でしょ!?もうみんな待ってるんだからね!早く準備して!」
目の前の光景に、俺の頭は真っ白になった。
俺を起こしに、拳を振り下ろした人物は日本人ではなかった。赤髪のボブヘアーに緑の瞳、赤いマフラー。間違えるはずもない。
なんで、俺の前に『ディストーション・アストロ』の主人公の幼馴染であるサーナが居るんだ?それに、さっき俺の事を『アイン』って呼んでなかったか?
アインはディストーション・アストロの主人公の公式名だ。このゲームは主人公の名前を好きに変えられるが、デフォルトの名前にすると見ることができるイベントやアチーブメントがあるので、この名前には馴染みがあった。
どういうことだ…?
すると、部屋を出る直前のサーナが戻ってきて一喝。
「ほら早く!まだ寝ぼけてるの?顔洗ってきな!」
と言って出て行ってしまった。
俺はベッドから出て洗面所に行く。目の前の鏡を見て唖然とする。
「──────マジじゃん…」
鏡に映った顔は、俺の普段の情けなさそうな顔ではなく、薄ピンクの白髪で青い瞳を持つイケメンが映っていた。
マジでアインだ。
いやいや、そんなことはあり得ない。これはただの夢だと自分に言い聞かせた後に、さっきくらった拳を思い出す。
完全に痛覚があった。夢の中で痛いだなんてことは絶対にないはず。てなるとこれは、夢なんかじゃない?いや、この鏡に何かトリックがあるかもしれない。そう思ってゆっくりと手を前に動かす。刹那。
「わっ!」
ピコンという音と共に、半透明の青色で構成されたシステムウィンドウが現れた。突然現れたので、危うく腰を抜かすところだった。
ウィンドウは自分のステータスやスキルツリー、武器などを表示している。
名はアイン。レベルは7。何で7なのかはわからない。属性、光・魔狩り。魔狩りというのは主人公の持つ特殊な属性で、魔族に対するダメージが上がるという固有スキルだ。武器種はバスターソード。現在装備しているのは『スチール・セイント』。バスターソードは片手剣と両手剣の両方を兼ね備えており、それぞれの専用スキルを使えるが、如何せんぶっ壊れ武器というものは無いので、終盤は少しキツくなる特徴がある。
大体の慣れ親しんだプレイヤーは使うことは無いが、公式設定なのでここは仕方ない。
スキルツリーも少しだけ伸びており、レベルも相まって相当序盤のようだ。色々と確認していると、ドアの奥から声が聞こえてくる。
「コラー!いつまで待たせるのよ!」
「ご、ごめん今行くから!」
とりあえず出なければ。
装備タブを選択し、寝巻を外して装備品を整える。ゲームでよく見る格好になったことで、より一層アインを感じる。
扉を開ける。
「もう遅いよ!みんな待ってるからね!」
「ごめんごめん…じゃあ行こうか」
「うん!」
幼馴染とともに、仲間の元へ向かう。
これまでサーナをまじまじと見ることは無かった。画面ですらあまり無かったのに、いきなりこんなに近くで見ることになるとは。タイプではないとはいえ、とても顔が整っている。
「ん?どうしたの?顔に何か付いてる?」
「い、いや…気のせいだよ」
よくないよくない。今の俺がアインなのだ。画面の前にコントローラーを握っているプレイヤーなんかじゃないんだ。
朝の風が髪を靡かせる。外套は翻り、ひんやりとした空気が鼻を通る。
彼女の反応やこのリアルな感覚を通して確信する。俺は本当に、主人公のアインに転生してしまったみたいだ─────
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