10億の命が紡ぐ壮大なドラマーワールドゲーム。その全てをSSS評価でクリアしてやる。それが俺が背負った使命だ!

@Matasudasingorou

第1話 怪しいゲーム

「あなたは死亡しました!」


鮮血の色をした文字が拓海の目の前に浮かび上がった。


息を荒げ、汗が滴り落ちる。


まさか普通の一日が、こんな形で終わるとは――夢にも思わなかった。


3時間前。


何の前触れもなく、耳元で通知音が響いた。


「ピロリンピロリン!ワールドゲーム、ロード中……」


拓海は顔を上げ、戸惑いの表情を浮かべた。


幻聴だろうか?


神泉拓海(かみいずみ たくみ)、18歳、大学1年生。


心理学専攻。


趣味は哲学や推理小説で、普段はホラーゲーム配信も行い、一定の人気とファンを持つ。


その日もごく普通の日だった。


講義を終えたばかりの彼は、F社を名乗るスタッフに誘われ、カフェに足を運んだ。


「拓海君」

紅い髪をした容姿端麗な女性が、カフェのテーブルに座って穏やかに声をかけた。


「リアルゲームへの参加をお願いしたいの」


「俺はいいです」


人前に出るのが苦手な拓海は、ゲーム配信者であっても参加する気などなかった。


赤い髪の女はすぐには返事をせず、黒いカードを一枚差し出した。


「特別なゲームよ。ちょっと試してみない?」


無意識に視線を落とした拓海は、そのカードに刻まれた深紅の文字に目を留めた――血を連想させる色だ。


【世界を競技場とし、現実の命をライフポイントとする……】


【グローバルサーバー、無限に広がるダンジョン……】


どこにでもありそうなつまらないキャッチフレーズだ。


拓海は微笑を浮かべ、首を横に振った。


「すみません、興味がありません」

カードを返し、拓海はその場を離れた。


赤い髪の女の声が背後から響く。


「ここを去るのは、もう一つの茨の道を開くことを意味します……」


気にも留めず歩き続ける拓海。


女性の声は次第に遠のき、最後の問いかけだけが耳に残った。


「でも、それがあなたの選択なら……いずれ戻ってくるのではなくて?」


......


「ザァー!」

タクシーが水たまりを飛ばしながら走り去り、危うく拓海を濡らした。



「どこ見て歩いてんだよ」


隣を歩いていた通行人が目を丸くしてぼやく。


その瞬間、拓海は再び「幻聴」を耳にした。


【ワールドゲームロード中】


昨晩から何度も繰り返されるこの微かな声。


夜は高校の同級生の誕生日パーティーだった。


時間が押し迫る中、拓海はタクシーを拾った。


タクシーの中、車内のラジオがニュースを流している。


「TR科学研究所の心臓外科移植チームによる最新発表によれば、『心臓結合術』が実験の重要段階に入ったとのことです。この理論では、2つの心臓を結合することで、人間の寿命を効果的に延ばせるとされています。ただし、これはまだ実験段階にあり、模倣は避けてください……」


ニュースを耳にした拓海は眉をひそめ、困惑した。


このような社会不安を引き起こしかねない話題が、大衆の場で放送されるとは?


政府は一体何をしているのだろうか。


心臓は一人に一つ――それが自然の法則であり、不変のルールだ。


もしこのニュースが本当なら、それに伴う売買、取引、道徳的な圧力、そして世論など、不安定な問題が次々と押し寄せることになるだろう。


タクシーは目的地に到着した。


料金を支払い、拓海は急ぎ足で部屋に入る。


そこには今日の主役である絵里の姿があった。


絵里は軽い化粧を施し、灯りに照らされた彼女は美しかった。


彼女は拓海の手を引き、リビングへと誘う。


室内には心地よい香りのアロマが漂っていた。


拓海は、到着者が自分だけであることに気づいた。

台所では、絵里の従妹であるアンナが夕食の準備をしており、それ以外には誰もいない。


「他のクラスメートは? 全員遅刻なんて珍しいな」

拓海は少し不思議そうに尋ねた。


「もうすぐ来ると思うわ」

絵里の声は柔らかく、微笑を浮かべていた。


空が徐々に暗くなる。


拓海の記憶の中では、この優しく控えめな絵里が、かつて自分に片思いしていたという噂があった。


しかし、それは単なる噂であり、確証はなかった。


拓海自身は、ただの平凡な人間だと思っていた。


哲学を好み、心理学を学び、ゲームが得意――それ以外は何の取り柄もない。


絵里は拓海の隣に座り、何も言わず顎に手を当て、穏やかな眼差しを向けている。


「絵里、どうしたの?」


拓海が尋ねると、絵里は微笑みながら答えた。


「拓海君、卒業後は何をしたい?」



「うーん……フリーターかな」


「じゃあ、どうして心理学を選んだの?」


「それは、ちょっと心理学に興味があってね」


絵里はその答えを聞き、月のように輝く瞳を細めながら笑った。


礼儀として、拓海も問い返す。


「絵里は? 何になりたい?」


彼女の目が一瞬の迷いがあったが、短い沈黙の後、絵里は「海を見に行きたい」


「簡単な願いだね」


「そうかもね。でも私はまだ海を見たこともない。家から遠くは離れられないの」


その言葉に困惑する拓海をよそに、絵里は続ける。


「海を見るのはひとつの願いにすぎない。本当は、ジャーナリストになって真実を伝えたいの。とにかく、私は充実した素敵な人生を送りたいってこと」


拓海は黙った。


どう返答すればいいのか分からず、会話の方向性がクラスメート同士の軽い雑談から逸れていることに気づいた。


「これでもどうぞ」絵里が突然、ドラ焼きを差し出した。


拓海が手を伸ばし、受け取ろうとした瞬間――絵里が急に抱きついてきた。


普通の男なら、美しい女性からの突然の抱擁を喜んで受け入れるだろう。


しかし、拓海は警戒心が強かった。

心理学とホラーゲーム配信者の彼は、どこかで常に警戒を怠らない癖がついていた。


無意識のうちに、拓海の手は腰に携帯していた護身用ナイフに伸びていた。


だが絵里の動きは俊敏で、拓海が取り出したナイフを叩き落とした。


その瞬間、拓海は自分の体力が失われていることに気づいた。


その正体は……この部屋に漂うアロマだった……

「何をするつもりだ?」拓海の目が冷ややかに光る。


「うふふ、こーんな物騒なものを持ち歩いてるなんて」


絵里は床に転がったナイフを見つめながら言った。


「警戒心が強いのは知ってるけど、まさか同級生相手にまでに用心するなんて、驚きだわ」


「俺は……」


拓海が言葉を発しようとした瞬間――


「シュッー」


少女の手にあったスプレーが、拓海の顔に向けて噴射された。


吸い込んだ霧状の物質によって、拓海の意識が急速に薄れていく。


「あなたが……好きなの」


「ずっと私のそばにいて……!」


拓海の視界が闇に閉ざされる。


そして、胸に鋭い痛みが走った。

鋭利な凶器が胸に突き刺された。


心臓は命を取り留めようと強く鼓動し、その後――止まった。


彼女……俺を殺したのか?……



なんのために…?

ついさっきまで一緒に未来の話をしていたじゃないか――海の話とか…


【ワールドゲームが開始しました】


【ルーキー任務の失敗を探知しました。ランク:D。10億人の人間が参加するワールドゲーム開幕式に移行します……】


死んだはずの拓海の耳に、穏やかな男性の声が響き渡った。


【世界線を確定中……世界の結末を設計中……】


【設定が完了しました。ゲームスタート】


【黎明を追う守護者、プレイヤーAX6016、歓迎します】


【死を凌駕する権能があなたに授けられました。ワールドがあなたを待ち受けています】


【たった一人の時の川の住人として、この人類の命運を賭けたゲームを終わらせてください】


【あなたは絶望し、そしてまた希望を抱くことでしょう】


【あなたはすべてを失い、またすべてを得るでしょう】


【すべてを救い、すべてを殺し。皆の名を記し、皆の名を消し去り】


【善と悪はあなたの相反する両面なのです】


【すべての運命を体験し、失敗した世界線を埋葬し、皆に忘却させましょう】


【すべての運命を体験し、成功した世界線を創出し、皆に銘記させましょう】


【帰路なき救済への歩み、それこそがあなたの宿命の示す先ではありませんか?】


......


「なんだこれ……意味がわからない……」


拓海には何だか分らなかった。


【皆と歩む光明に包まれた未来があなたを待っています】


【あなた死亡しました……ロードしますか?】


その最後の言葉と共に、全てが静寂に包まれた。

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