職業ギャンブラー、運で異世界を生き残る
糸島荘
第1話 「こんにちは、異世界」
こんにちは、異世界
月の光に照らされながら、札束を握りしめた男は満足気に嗤う。
「今日も爆勝ち♪いやー、ギャンブルなんてちょろいもんだな」
定職にも就かず、昨日の競馬に続いて今日も朝からパチンコに明け暮れていたその帰りである。2日合わせて15万勝ちと、財布も心もホクホクだった男は完全に調子に乗っていた。
焼肉と酒で上機嫌になり、怪しげな人影に普段なら無視するところを声をかけてしまった。
「んー?そんな所で蹲ってどうしたのー?酔っ払いの俺に声をかけられるくらいだから、危機感がゼロだなぁ。暗い場所にひとりでいたら危ないよ」
声をかけられた人物は、まるで待っていたかのようにスッと立ち上がった。街灯も疎にしかない薄暗い場所で佇んでいたその姿が、月の光に照らされると美しい金髪と端正な顔立ちを持つ少女である事が判明した。
唐突に現れた美少女に酔いも手伝って「おお、美人だ」と無防備に近づいたのが運の尽きだった。
少女は一歩踏み出し、何故か胸の中へと飛び込んできたのだった。
「お……おい!なんだよ急に。美人局って奴か?金なら……ほら、やるから帰ってくれよ」
「まあ!私の事を心配して下さるのですね。やはり、私の思った通りのお方。これはもう、誰かに手をつけられる前に送って差し上げますわ」
「何を言って……ってなんか光って……」
抱き合った2人が光り輝き……というよりも男だけが眩い光を放ち始め、自ら発しているであろう光が間近にいる少女すらをぼやけさせる。
そして、何故か目だけでなく、耳は遠くなり、少女に触れているはずの手の感覚がどんどん失われていく。
「では、いってらっしゃいませ。貴方には幾つかの……と祝福を授け……。ですので、安心して……してくださいませ」
回っていた酔いは不測の出来事によって完全に醒め、冷や汗が
「ざっけんな!話が急展開すぎるし、雑すぎる!俺が選ばれるのは抽選だけだろ!ッ今すぐこの光を止め……」
言い切る前に感覚が完全になくなった。ここで意識すらもなくなっていれば、死んでしまったのか、情けない。となっていた所だったのだが、生憎ながら意識は完全に残っている。
得られる感覚情報がないというのは不思議なもので、目で見えないのは当然のことながら、立っているのか座っているのかもわからないし、手触りや臭いすらもわからない。
どうしたら良いのかわからないまま体感で1分程経過した後、急に全ての感覚が戻された。そして今、体を駆ける風とヒシヒシと感じる落ちる感覚。自分の体がどうなったかを推察する時間は要らなかった。
「おいおいおいおいおい……おい!なんで急に空へ放り出されてんだよ」
このままでは「ぶつかる」なんて生優しい表現では済まされない事が起こってしまう。下手をすればプチッと落下の衝撃で体が大喝采する未来がみえる。
「映画のように茂みに引っかかって助かりました。なんて期待できないよねぇ、これ!なんで周りは森っぽいのに、俺の落下ポイントにだけ何も生い茂ってないんだ」
誰に問いかけた訳でもないが、急速に迫りくる死に対して饒舌な独り言をかましてしまう。もう1度言おう。返事を求めて独り言を呟いた訳ではない。ないのだが、聞いたことのない機械音声が独り言に応じる。
『ここは封印の森と呼ばれる難度B+に認定されている地域です』
「誰だ、俺に話しかけてる奴!いや、誰でもいいから助けてくれ」
『助かりたければスキル 『ダイス1』の使用してください。ダイス1と念じるだけで発動します。引きが良ければ助かりますよ』
何を言っているんだと思ったのも束の間、近づく地面を見て考えている暇などないと思い至る。
「助からなかったら恨むぞ、誰か!ダイス いちぃぃぃぃ」
頭の中に響く機械音声に従い、叫ぶように念じる。すると、目の前にサイコロが浮かび、宙でくるくると回転し始めた。
「ほんとに転がってら……こんなので助かるのかよ」
数回転したところでサイコロは動きを止め、目の前に大きく数字が浮かび上がる。
『結果は5。ダメージ無効化を付与』
「な……なんだ!?5……5なんて微妙だ。6にしてくれ!」
すると、唐突に体が発光し始める。弱い光で色も薄い青色の光だ。どこかへ移動させてくれるのかと思いきや、光はすぐに掻き消えた。
「…………え?これで終わり?……引き弱?」
この後、何か凄い事が起こるのかと待ち続けるも、一向に何も起こる事はなく、そのまま地面へと直行する。ぶつかる所を見ていられずに目を瞑り、事が一思いに終わるのを待ったがいつまで待っても体には衝撃はあれど痛みは走らなかった。
痛みすら感じず死んだのかとも思ったが、体はまだ動く。手触りが草。臭いも草。これには単芝も生える。
おそるおそる目を開けてみると案の定、視界は緑色で埋め尽くされていた。
「……生き残った。ビル10階分くらいの高さだったのにバラバラになるどころか、どこも痛くない。実は俺、不死身だったか」
『間違いです。個体名 煉瓦 勝は種族 人間のままです』
「……いや、さっきから誰だよ。姿も見せずにぶつぶつと喋りやがって。何者なんだ」
『私はハロ。あなたを導く為に充てがわれたナビゲーションシステムです』
「ナビゲーションシステムぅ?すまほみたいなもんか?姿は見せられないのかよ」
煉瓦 勝は齢38のアラフォー。電子化の時代を迎えている現代において、彼は超がつくほどの機械音痴であった。ギャンブル仲間に教えられてスマホを持つ事はできていたのだが、その使い道は電話とギャンブル仲間に教えられた漫画アプリ、それと辛うじてメールのみ。故に彼はスマホどころかインターネットに対する知識が疎く、頭の中に声が直接届こうと最近の技術は発展しているな程度にしか思っていないのである。
『残念ながら、今は不可能です。私達のレベルではそこまでの事はできません』
「レベルって……熱くでもなるのか?ってか機械もレベルなんて上がるんだなぁ。漫画以外で初めて見たよ。レベル上がる奴」
『何に感動しているのか私には分かりませんが、あなたもレベルは上がりますよ。ステータスオープンと呟いてみてください』
先刻、助けてもらった事もあり、言われた通りに言葉を発する。
「ステータスオープン」
若干高めの電子音と共に目前へ奥が透けた青色の壁が現れる。壁には幾つもの文字が羅列されており、少し読むのを躊躇わさせる。ので、読む前に指示をした存在へと答えを問おうとするが、
『私に聞くのではなく、しっかりと上から読んでください。これからの話において重要ですから』
本音のところは読みたい気持ちなんて1ミリ足りともなかったが、無言の圧力に負けて大人しく読み始める。まともな活字を読んだのはいつ以来だろうかと記憶を探る。思い出せたのはパチンコの元となった原作を買ってみようと思った時。面白そうな内容ではあったのだが、勝負の結果の文字さえ読めれば良い勝は結局読むのを諦めた。内容は確か異世界へ飛ばされる……だったか。今の状況に少しだけ似ているのは気のせいだろう。
「なになに、俺の名前と年齢……合ってるな。なんだ、ただのプロフィール板じゃないか」
『はい』
「はい……じゃねぇ!自分のプロフィールをみて、自己分析でもしろってのか?そんなのお断りだぞ」
『はやくしてください』
「いや、だから『いいから』
強くなった語気の圧に負けて、渋々と年齢の後を読み進める。年齢の隣は職業と書かれていた。定職についた覚えのない勝は空欄になっていると踏んでいたが、そこにはしっかりと文字が記されていた。
「職業……ギャンブラー?そのまんまかよ!」
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