・浮気調査なう 暗き欲望のハーレム

「ま、待ってくれ、御船さんっ!? な、中はダメだっ、少しだけ僕に時間をくれっ、頼むっ!」


「でも鍵かかってるし大丈夫。そう思うじゃん?」


「え……」


「ところがこのくらいのシリンダー錠だと、ピッキング余裕みたいな?」


 スマホに気を取られている隙に、ご自宅のピッキングは済ませておきました!

 カチャンと開かれた玄関に、旦那さんは青ざめた。


「ま、待っ――ああっ?!」


 クローディアが玄関に飛び込んだ。

 旦那さんはその背を追って自宅に駆け込む。俺も後を追った。


 自宅はちょっと荒れていた。

 奥さんが突然失踪すれば、手も回らなくなるし、精神的な事情から無気力にもなる。


 仕方がないだろう。

 愛する人が突然消えたら誰だって壊れる。


「ここから……変な匂い、する……」


「ああっ、ダメだっ、その部屋はダメッ、あーっっ?!」


 そんなわけで旦那さんも辛かった。

 誰も彼を責められない。

 それだけの心の痛みを彼は抱えていたのだ。


「ミフネッ、大変……! 浮気、してた……!」


「してないっ、してないよ、僕っ! あ、あれはただの……その……あの……ち、違うんだ、御船さんっっ!?」


 暗い寝室のベッドで誰かが横になっていた。

 その人は俺たちが騒いでも身を起こそうともしない。

 そう、まるで、死体・・のように。


「この子……動かない……。独り身の男の家に……動かない、女の子……」


「ま、まさか、康一さん、貴方……っ!?」


「違うよっ、誘拐なんてしてないよっ!? というか勘違いしないでくれよっ!!」


 奥さんを失った心の傷は、旦那さんを快楽殺人者に変えていた。

 この状況、コバヤシさんになんと説明すればいいのだ……。


 いやとにかく、コイツを無力化して、ここは警察に通報を――


「わかったっ、本当のことを言うっ、だから待ってくれ!!」


「どうする、ミフネ……? ちょん切っとく……?」


 さすが異世界の民。

 暴力が法律か。

 快楽殺人者・小林康一は裸の少女の遺体に駆け寄り、何を思ったのか、かけ布団をはいだ。



「違うよっ、これは、これは――ラブドールなんだぁぁぁーっっ!!」



 ラブドール。

 いわゆる現代技術の粋を集めた、超高級ダッチワイフである。


 1体30万とか、100万とか、目の玉飛び出るほどに高価な等身大フィギュアにして夜のお供である。


「…………えっ?」


「大変……ミフネ、これ……人形だよ……」


 それが今、我々の前に、マッパで横たわっているのだよ!!

 奥さんを失ってしまった虚しさを、旦那さんはラブドールで満たしていたのだった!!


「あー……その、えーと、まぢ、すんません……。俺、とんだ無神経なことを……。あ、こっちにもエロフィギュアッ!?」


 虚しさはエロフィギュアでも満たされていたのだった!


「ミフネの……いいお客さん、なれそう……」


 それなー。

 けどそれやったら、コバヤシさんにネチネチ言われそうだから、ナシで。


 いや、逆に魔法使い主婦コバヤシのフィギュアをプレゼントするコースも……?


「け、結婚する前は、こういうのが好きだったんだよ、僕……」


「オタクなの、隠してたってわけ?」


「そうなんだよ……。結婚を機に全部、処分したんだけどね……。清美が消えたら、急に欲しくなって、しまって……」


「ミフネ、大変……! この人形……おっぱい、やわらかい……!」


「おい、人のお宝勝手に触んの、こっちじゃ超NGだからな?」


 まあとにかく。

 コバヤシさんの旦那さんは浮気なんてしていなかった。

 コバヤシさんが言うとおり、浮気なんてする根性なんてなかった。


 俺たちはリビングに落ち着き、粉末緑茶をいただきながら話を本筋に戻した。


「い、異世界っ、僕、異世界に行けるのっ!?」


「まあ、そこは康一さんが望めば?」


「行く行く行く行くっ!! もう工場勤務は嫌だっ、清美のいない世界は嫌だっ!! 行くよっ、君と一緒に行くよ、異世界!!」


 話、超はえー……。

 さらに詳しい話、魔法使い主婦コバヤシの大活躍を旦那さんに語った。


「いいなぁ、いいなぁ、清美のやつ……。でも、浮気……してないよね……?」


「俺の知る限り、康一さんの話ばっかりだったですよ」


「そ、そうか、ははは、照れるよ……。あの明るさからかな、清美、大学時代からモテてね……」


 のろけ話は犬も食わない。

 軽くその辺はスルーして、異世界行きの段取りをまとめた。


 猶予は半月。

 それまでに財産を処分して、全ての契約を打ち切ってほしい。


 異世界での再スタートを奥さんが望んでいる。

 無茶どころじゃない要求だったけど、そこはコバヤシさんとの2分15000円の通話で説得できた。


「待っててくれ、僕は必ず君の元に返る!! 愛しているよ、清美!!」


 康一さんの叫びを聞きながら俺は思った。

 処分すると言ったって、あのデカいラブドールをどうやって処分するのだろう……。


 ラブドールのお顔がコバヤシさんには似ても似付かないロリ系だった件は、永遠に心のオシャレ小箱に封じておくことにしよう。


「言うなよ?」


「口止め料……いるかも……?」


「なんで俺が払うんだよ」


「帰り……秋葉原、行きたい……」


「アキバか。何が欲しいんだ?」


「もち……エッチなゲーム……。みんなで、やろ……陵辱系……」


「なんの修行だよ、それっ!?」


 埼玉県大宮市の役目を済ませた俺たちは、意外と好き者な旦那さんとお別れして、秋葉原に寄ってから沼津市オーオカに帰った。

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