・さらば、交易都市トリッシュ
仕込みの結果が耳に届いたのは、あの過激な夜から3日が経った昼過ぎのことだった。
既に完全勝利モードに入っていた俺は、気まぐれで店を手伝いながら、ときおり観光に出たりして、策略の結果が出るのを待っていた。
「なんか外が騒がしいな」
「ですねですねっ! サーカスでもきてるのかなぁー!?」
「違うな、妙に物々しい感じだ。……おっと」
「大変です、大神官様はいらっしゃいますか!?」
来店客は神殿の若い男性、ここを時々手伝ってくれる親切な兄さんだった。
大神官セウタは不在と彼は察すると、明るい笑顔を浮かべてマルタに寄った。
「不謹慎な話となりますが……やりましたよ、マルタ様!」
「ほへ……?」
「あの汚職政治家が刺客に倒れ、今は瀕死の重傷にあるそうです!」
信じてまいた不和の種――
「それって、都市長サルバトーレ・ペスカのことか?」
「はいっ! しかも犯人は、ロドリコ商会からの告発文を残して現場を立ち去ったと!」
立派な爆弾に成長し、悪党の共犯者を吹っ飛ばす。
はい、生産者として誇らしいです!
あいつならいつかやると思っていました!
「こ……怖いです、お兄ちゃん……っ。はっ、はうっ、はにゃぁぁんっっ♪」
不安がるマルタの頭を撫でながら、さらに詳しく話を聞いた。
マルタの手前、過激にならないようにぼかしていた部分もあったが、どうやら俺の計画通りに事が進んだようだった。
都市長サルバトーレは今も生きるか死ぬかの峠にあり、都市長の配下はロドリコ商会上層部の粛正を声明している。
その一方でロドリコ商会もまた、都市長サルバトーレが娘を汚したと、証拠の手紙を大義名分に町中にふれ回っている。
「サルバトーレには町中がどん引きですよ!! それも当然ですよ、赤裸々に語られた気持ちの悪いラブレターの写しが、公衆の面前に張り出されてるんですから!!」
「あ、それって、前にお兄ちゃんが……。えっ、ええええーっ!? あれって、そういうお手紙……ええええーーっっ?! みゃぁぁんっ♪」
それは黙っていろと、マルタの頭を再び撫でて黙らせた。
そのラブレターが偽装された物であることを、彼女と大神官セウタだけが知っている。
まさか筆跡、声、刻印、その全てを完コピできるやべーやつがいるとは、誰も想像すらしていない。
口元に指先を立てて黙っていろと警告すると、やさしいマルタは口を両手に当てて、青い顔でこちらにドン引きしていた。
・
その日の夕飯の食後、マルタとセウタさんが金貨の束を食卓に置いた。
「これは拙僧らからの気持ちだ」
「650万イェン、ありますっ!」
「希書室の特別室。あそこには賢者ドロシー・トト様の手記があったが……気付かなかったことにしよう」
「ありがとう、お兄ちゃん! お兄ちゃんのおかげで、町中のお店が勇気を出してねっ、戦いの装具をまた売るようになったんだってー!」
「さあ、緑の英雄殿、遠慮せず受け取ってくだされ。君の旅の無事を祈っている」
善意たっぷりの金貨の山を前に、俺は首をかしげて見せた。
「あー、それなんだが……」
売り上げの一部、300万イェン分だけ受け取って、後の金を突き返した。
「いらなくなった。店の建て直しに使ってくれ」
「えーーっ、希書室に入らなくて、いいのですかーっ!?」
「ははは、いや、それがさぁ……? よくよく考えたら、さぁ……?」
スマホを取り出してフォトモードを起動した。
そこには既に、賢者の手記61ページ分の画像が収められていた。
「金払って入る必要なかったわ。最初からインビジブル・リングを使って、忍び込めばよかったんじゃん」
「な、なんとっ、拙僧もそれは盲点……っ! しかし我々としては、勇者様の別働隊である貴方に、全額の支援を……」
本当にいい人たちだ。
別れるのが惜しい。
「いや、神殿の力でこいつが手に入っただけでも、十分だって」
インビジブル・リングを見せると、大エロ神官様はまた貸して欲しそうにそれを見た。
いや、先日貸したばかりでしょ、お父さん……。
公共浴場では、お楽しみだったようですね……?
二人はそれでも俺に金を受け取らせようとしたが、こっちはもうこの町で200万イェンは稼いでいた。
足して500万イェンの稼ぎである。
「わかった、マルタとこの店を大きくして待っている。神殿も一枚岩ではないが、拙僧らはいつだって君の味方だ。いつでも頼ってくれ」
「お兄ちゃん……いつ、いっちゃうの……? 明日……?」
「マルタ、彼は勇者様を支えるべき男だ。我々に引き留めることなど――」
そう、俺には大切な使命がある……。
「いや、半月くらいなら、余裕で引き留められる気満々だけど?」
「えっ、本当ーっ!?」
いやあるんだけど!
よーく考えたら、今すぐここを出る必要あるっ!?
まだ入ってない店、食ったことのない飯があるのに、なんでそんなに急がなくてはならないのか?
全部食ってから旅立つ。
それこそがたった1つの正解ではないか。
「意外と、君は、マイペースであるな……。そうか、ならば引き続きうちに泊まってゆくといい! 休暇を楽しんでもいいし、商売をしてもいい!」
「はは、いや実際、今って稼ぎ時だしな。んじゃ、もう半月お世話になるぜ、マルタ、セウタさん!」
元の世界に帰るにしても、一財産を稼いでおいた方がいいに決まっている。
異世界と日本を行き来するなら、お茶とか白砂糖とか、金になりそうなの持ち込みたいところだし、元手がいるよな。
「うんっ! ずっと、ここにいても、いいからねっ、お兄ちゃん! にゃぅぅんっ♪」
散逸した手記は残り1つ。
それは中原地方のどこかにあることが既にわかっている。
すぐに見つかるかもしれないし、なかなか見つからないかもしれない。
しかしそれはそれ、これはこれ。
少女マルタをもう少し甘やかしながら、がっつりお金を稼ぎたい気分になった俺は、乗るしかねぇこの稼ぎ時ビックウェーブに乗ってから、手記探しの旅に戻ることにした。
最新式ハイエンドのスマホとかに交換してみたいし!
そいつにこっちで遊べるミニゲームとか、マンガとか限界までぎっちり入れておきたい!
踏破性能の高い電動オフロードバイクとか、キャンプ装備もいいかもしれない!
旅が格段にしやすくなる!
となれば、ここでお金を稼いでからでも、勇者パーティの別働隊としても、全然ありありのアンサーなのだった。
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