・獲得 賢者ドロシー・トトの手記

 扉の先は小さな書庫になっていた。

 隙間なく本棚に刺された書籍は無秩序で、娯楽小説と学術書、日記が混じっているような混沌とした有様だった。


 たぶんこれは『木を隠すなら森の中』というやつだろう。

 これら全てが一冊の手記を隠すための森かと思われた。


「うへぇ……日が暮れるぞ、こんなの……」


 わかっていてもやるしかない。

 俺は手記を求めるクローディアを出し抜くために、本を抜いては中を確認していった。


「……お探しの物は、これ……?」


「なっ、見つけたのかっ、どうやって!?」


 いつの間に復活したのやら、クローディアは一冊の日記帳を持っていた。

 その日記帳を彼女はパラパラとめくって見せる。


 そう、その日記帳の3分の2は、後から繋ぎ合わされたフェイクだった。


「うん……ドロシー様の匂い……したから、すぐわかった……」


「ドロシー・トトを知っているのか?」


「……ドロシー様は、わたしの師匠……。わたしを愛したドロシー様は……わたしを……黒猫にした……」


「……ちょっと後半、何を言ってるかわかんないですね」


 愛したからってフツー猫になんてしないだろ。賢者ドロシー・トトって、実は超ヤバいやつ……?


「懐かしい文字……懐かしい匂い……これが本物……」


「待て」


「うん、待つ……」


 さっきまでの挑発と冷笑が嘘のような素直さだった。


「お前はそれをどうするつもりだ……? それは俺が元の世界に帰るために、どうしても、必要なやつなんだけどな……?」


 そう聞くと興がそがれたのか、彼女は開いた手記を畳む。


「これは……わたしの物……」


「ならばまたエッチなことをしてでも奪い取るっ!」


「そんな勇気……ない、くせに……」


「あ、ああああっ、あるってばよっ! 童貞にだって五部の魂、って言うだろっ!?」


「ふ…………」


「あーーっっ?!」


 どんな魔法を使ったのかわからないが、彼女はマジックのように賢者の手記を消してしまった。


「……さっきの……すごく、素敵だった……。最後まで……しようとしないとこ……完全に、童貞だったけど……あんな刺激、初めて……」


「失神しちゃった女の子にっ、それ以上のことなことできるか、馬鹿者ーッ!」


「ふふ……。これ……ナタネ教授のところに、届けておくね……」


「え……? 手記を、あの人のところに、届けてくれるのか……?」


 それ、最初の話とだいぶ違わない……?


「わたし……手記を独り占めするなんて……一言も言ってない、よ……」


「まぎらわしいんだよっ、そういう言い方ーっ!?」


 どうも最初からからかわれていたようだった。

 彼女はおかしそうに笑う。

 ムチャクチャ無表情な子が笑うと、マジ微笑みの爆弾だった。


「あ、次の手記の場所……突き止めておいたけど、知りたい……?」


「マジかっ、至れり尽くせりじゃん教えてくれっ!」


「ふふ……素直……。2つ目の手記は……交易都市トリッシュ……その大図書館の、希書室にあるみたい……」


「お、トリッシュなら仲間と行ったことある。後のことは任せてくれ」


 交易都市トリッシュはここから北西。

 大陸西部の海の町だ。

 昨日に続いて再び海鮮料理が期待できるいい町だ!


  舶来品が集まるので、食べ物のジャンルも多彩で――あ、俺、飯のことばっか考えているな。


「ホント、すごく……気持ちよかった……。ミフネは童貞だけど……エッチの天才……」


「そ、そうか……?」


 エッチの天才。

 言われて悪い気分になるような言葉ではなかった。


「じゃ、また……」


「お、おう……! おお……っ!?」


 猫の姿の方が旅が楽なのか、クローディアはまた黒い影になって愛らしい黒猫に戻った。


「ミャーッ♪ ゴロ、ゴロロ……♪」


 それから気に入った相手の足下にまとわりついてから、気分屋にも突然に洞窟を出て行った。


 猫の姿を見せられると、廃坑道の罠に引っかからないか心配だ。

 けど順路全部の罠にひっかかった男に心配されても、豪快余計なお世話だろう。


「はぁ、かわいかった……。猫の姿も、人の姿も、すげーよかった……。いや、けど……」


 色ぼけして浮つく胸、収まらない欲求を下腹部に感じながら、俺はとある現実に気付いて我に返った。


「これ……シペラスに知られたら、俺、刺されるんじゃ……。いや、すげーな、ハーレムものの主人公たちって……やべー橋渡ってるわー、アイツらー……」


 ともかく俺は廃坑道を出て、腹ぺこのお腹を『盗まれたエレクトラム亭』の大盛りピラフセットで満たしてから、次なる目的地トリッシュへと旅立ったのだった。


 はぁ、黒猫ちゃん、かわいかったな……。

 再会したら猫になってもらって、またモフらせてもらおう……。

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