白く舞う約束の空

季都英司

第1話:クリスマスの約束

○人工の空を持つ街で

 天を仰ぐ。

 どこまでも青く澄んでいて、不自然なまでに雲のない空。

 この街はすべてが機械制御されていて、それは天気だって例外じゃない。

 いつだって快晴。湿度も完璧。雨なんて降ったこともない。

 僕はそんなこの街に、雪を降らせようとしている。

 物語の中だけにしか存在しない、白く降り注ぐ雪。

 かならず、僕は雪を降らせてみせる。

 だって、それは、大切な人との約束だったから。


○病室の約束

「おっす、キサラ。元気にしてるか」

 僕はいつものようにキサラの病室を訪れる。

 小さい頃から体が弱く、ずっと病室にいるキサラに外の話を聞かせたり、本を持ってくるのが僕の日課だった。

「いらっしゃいセラン、最近はすごく体調がいいの」

 キサラがそういうのはいつものことだけど、今日は顔色もいい、体調が悪くないのは本当のようだ。

「なんだか、楽しそうだな。いいことでもあったのか」

「だって、もうすぐクリスマスじゃない。街もにぎやかでわくわくしてくる」

 そういうキサラは病室から出ることはできない。

 キサラにとってクリスマスは、いつも外から見ているだけだ。

「その本おもしろいか?」

 キサラは昨日僕が持ってきた本を楽しそうに読んでいた。それは、ずっと昔のクリスマスの物語だ。

「ええ、とっても。昔のクリスマスはきっと今よりも、もっともっと素敵だったんでしょうね」

「そうか? 今だってそんなに変わらないだろ」

「全然違うわ、セラン。だって、今じゃ雪なんて降らないもの。きらびやかに飾り付けられた街に、粉雪が静かに舞い降りていくの。すっごく幻想的で夢のような景色」

 キサラが夢見るような表情を浮かべている。

 キサラにとって、クリスマスはいつもこの部屋の中で夢見るものだった。

「じゃあ、見せてやるよ」

 だから僕は思わず言ってしまっていた。

「え? なにを?」

「だから、ホワイトクリスマス。見せてやるよ」

「だって、セランこの街に雪なんて降らないわ」

「いいから、まかせておけって。キサラは気にせずに見たいって言えばいいんだよ」

 キサラは少しだまって、そしてうなずいた。

「うん、私見たい。ホワイトクリスマスすっごく見たい」

「ああ、約束だ」

「うん、約束だよ」

 それが二人の、クリスマスの大切な約束になった。


○雪を探して

「とは言ったものの、どうするかなあ」

 もちろん雪なんて、この街では降るはずもなく、僕はあれこれ文献を探しているのだった。

 しばらく探していると、人工的に雪を降らせる機械の文献が見つかった。その昔雪が足りない地方では、これを使うことがあったらしい。

「これだ! これで雪を降らせられるぞ」

 それからの僕は人工降雪機の開発に夢中になった。

 日課だったキサラのお見舞いにもいかず、約束を守ると言う想いだけで寝る間も惜しんで造り続けた。

 でも、結果は失敗だった。調整されたこの街では、気温が高すぎたんだ。

 吹き出した雪の元は、ちっとも形にならずただ霧みたいに舞うだけだった。

 僕は途方に暮れた。

 思いあまった僕は、天候を制御している管理局に直訴しにいった。

「お願いします。クリスマスの日に雪を降らせてください! 病気の女の子に雪を見せてあげたいんです!」

 でも、すげなく断られた。当たり前だ。たった一人のために天気をいじれる訳なんてない。

 キサラに合わせる顔がなかった。

 申し訳なさで心がいっぱいだった。

 ――僕は約束を守ることができない。


○待ち人の思い

 私は、誰もいない病室の中で、セランにもらった本を眺めながら、雪の降るクリスマスの光景を楽しみにしていた。

 昔からセランは、私の願いをなんだって叶えてくれた。

 時には隠している願いにも気がついてくれることもあった。

 それは、とってもうれしかったけど、セランがときどき無茶をしているのが心配だった。

 今度のことだって、きっとセランは無茶をしてしまう。

 わかっていたのに、なんで願ってしまったんだろう。

 ずっと一人だった私のそばにいてくれるのは、セランだけだった。

 いつもぶっきらぼうで、厳しいときもあるけど、優しいセランが私は大好きだった。つい、甘えを口にしてしまうくらい信頼していた。

 私は本当の気持ちを願う。

 雪なんてなくてもいい、二人で同じときが迎えられればいいと。


○白く舞うものは

 雪を降らせる方法が見つからないまま、24日の朝を迎えていた。

 いろいろな方法を試してみたが、雪を造ることはできなかった。

 天気が制御されていることを、こんなに恨んだことはなかった。

 キサラの失望する顔が浮かび、胸を押しつぶされそうだった。

 小さい頃から人並みの楽しさも与えられず、ずっと白い箱の中で過ごしているキサラ。

 そんな彼女に、少しでも幸せを届けたかった。

 キサラが浮かべる笑顔が、僕にとって最高の報酬だった。

 そのためならどんなこともできる気がした。

 気分転換に街にでた僕を迎えたのは、クリスマスイブを迎えてにぎわう街だった。

 華やかに飾り付けられた街、いい匂いを放つ料理の数々、そして綺麗なケーキを子供がねだっていた。

 きっとあの子には、楽しいクリスマスが待っているのだろう。

 キサラにもあんなクリスマスが過ごさせてやりたいと思った。

 試食をさせてもらったらしい。子供の口元に、クリームがかわいらしくついていた。

「っ!」

 僕の頭をひらめきが走った。

 間に合うだろうか、クリスマスは刻一刻とすぎていく。

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2024年12月25日 20:00

白く舞う約束の空 季都英司 @kitoeiji

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