お金がないなら、私が飼ってあげようか?

夜道に桜

お金がないなら、私が飼ってあげようか

春。


桜の花びらが舞う季節。


4月7日。


高校入学式の日。


新しい学校。


新しい制服。


新しい友達。


新鮮な日々の幕開け。


どこか落ち着きがない新入生達を横目に、


「ふぁぁぁぁ……」


目の下にできたクマをゴシゴシとし、何とも情けない欠伸をする男子学生が一人。


古川 スグル。


(…ねみぃ…)


緊張感など微塵も感じさせない程、


壇上でスピーチをする校長の話などまるで聞いていない。


そしてまた一つ。


「ふぁぁぁ……」


眠い。


とにかく眠い。


しまいには、立ったまま船を漕ぎだした。


「……君たちのコレからの人生において貴重な3年。くれぐれも無駄にしないよう頑張ってくれたまえ……それじゃ、私の話はコレぐらいにしよう」


そうこうしている間に、校長先生の話は終わった。


と、同時。


まるでそれが合図のように、古川 スグルは目をばちっと開けた。


「……なげーよ」


気怠そうにそう呟く。


だが、まだ入学式は続く。


司会の教務主任の先生は、校長先生が壇上から降りたのを確認すると、


「校長先生ありがとうございました。…続きまして在校生代表の西園寺 ミツルさん。お願いします」


「――はい!」


間髪入れず、静かな体育館に透き通った声が響き、勢いよく新入生代表の生徒が立ち上がった。


そしてその瞬間──


体育館がひと際大きくざわめきに包まれた。


そして、それは西園寺 ミツルが壇上に上がり、答辞を読み上げている時も変わらない。


「女神だ…女神がいる…」


西園寺ミツル。


高3とは思えない程の圧倒的な大人の美貌を持つ彼女に男子生徒のみならず女性生徒も息を呑んだ。


ついには、


「……あ、あ、あぁ…俺、この学校に入って良かった……」


何とも声にもならないうめき声をあげる新入生まで居る。


そんな色めき立つ男子達を横目に傑はまた一人欠伸をしながら——


(……みんな、ミツルの本性を知ったら卒倒するだろうぜ…何せミツルは…)


脳裏に浮かぶのは2か月前の出来事。


「……ねぇ、スグル。お金。……無いなら、私が貸して飼ってあげようか?」


「……は、ミツル? 何、つまんない冗談言って……」


「私、本気よ。でもね。黒川さんとは縁を切ってほしいの。もう黒川さんとは話さない、って約束してくれたら私がスグルにバイト代あげる」


「…………もっと意味わかんねーんだけど。何で俺が黒川にそんな事しなきゃいけないんだよ」


スグルは首を横に振ったが、


「彼女が前の学校で何をしたかスグルも知ってるでしょ? 私はあの子無理なの。ね、別れて」


「‥‥」


『あの日』見せた彼女のもう一つの顔。


スグルはぶるっと無意識に肩を震わせながら、壇上で彼女が読み上げる答辞を適当に聞き流していた。

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