折れた筆

根津 光

無機質な日常

ー海賊王に俺はなる!!ー


コレクティブメモに新しい投稿があります。

”この物語の主人公は、徒党を組み暴力行為を正当化して現在も破壊の限りを尽くしています。また物語上の敵対勢力とはいえ、人を抵抗不能の状態に陥れて航行中の他の船舶を強取する描写も見られます。以上の点を持って、海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律(海賊対処法)に抵触している可能性が高い物語と言えます。また主人公の体がゴム上になる、女性キャラクターのバストサイズが全世界の女性の平均サイズから大きくかけ離れている点も、人体の構造上ありえません。”


世界的に有名なあの漫画が、一夜に炎上した。

そして非科学・反科学・倫理的でないとして、出版自粛に至った。

「反陰謀論」という名目で現れ出したこの市民の動きは、多くの人たちに支えられ、各SNSに搭載された「コレクティブメモ」機能を駆使した「コレクティブ職人」たちの活動は人々から絶大な支持をされていった。


「えーこのことがきっかけになって、『超科学主義』『超事実主義』と呼ばれる現代文化ができたわけだ。近現代の文化史は非常に入試でよく出る分野だからな、必ず覚えておくように。今日の授業はここまで!タブレットは片しておけよー」


やっと7限目の授業が終わり、タケルは机に突っ伏していた。

学ぶ内容も難しいが、3年間かけて学ぶものを2年でやり切るという授業スピードも疲労感をより強めてしまう原因なのかもしれない。


「オーっす!タケル!なーに突っ伏してんだ!」

「誰かと思えばユウゴか…でかい声出すなよ、ココは野球部じゃないんだよ…」

「そう怒んなよ!今週のジャンプ読んだ?新連載が2本始まったんだよ!未解決問題の『ヤン-ミルズ方程式と質量ギャップ問題』の証明とゲノム解析の論文!オモロそうだろ!」

「んー…気が向いたら読むわ。今日は疲れたんだよ。苦手な暗記科目ばっかある日だし。」

「あ、そうだ。先生から伝言があるんだ。一条のところにプリント持っていけってさ。」

「えーなんで俺がマリのところに行かなきゃいけなんだよ、第一こんなに時代が進んでるのに未だにプリントっておかしいだろ。」

「しょーがねーだろ!こんな時代でもITに取り残されてる校長がいるせいなんだから。それに、タケル、お前だけなんだよ。一条の幼馴染で付き合い長いのは。んじゃ任せた!」

都合のいいやつだ。と感じながらも、どうせ暇なんだからいいだろと自分自身を言い聞かせてさっさと向かうことにした。

つまんねぇな。

タケルの口癖だった。



かつて世界には「物語」というもので溢れていたそうだ。

現実や事実、科学からも離れた、人間の「想像力」で作られたものだという。そんなものがあったらデマや陰謀論が流行るモトになるだろうと、タケルは冷ややかに見ていたが、どこか羨ましく感じてもいた。


デマ・陰謀論、そんなものが世に急速に蔓延り出したことは、タケルは祖父から聞いていた。しかし、そんな状況を打破するために各SNSに搭載された「コレクティブメモ」で逐一撃退していった。最初はよかった。タケルの祖父はいつも言う。

段々とそれが加熱していき、漫画や小説でも反科学とみなされたものは「コレクティブメモ」で指摘され、炎上の的になっていた。

比喩と呼ばれる表現も昔はあったらしい。「檸檬色の悲しみ」みたいな感じらしい。でもこんなものも非科学的・事実と異なるとして、非難され、人々は使わないようにした。いや、みんな怖くて使わなくなったが正解なのかもしれない。


「物語」がある世界ではこういった動きは政府が音頭をとってやるのだろう。タケルの祖父のふるーい本棚の中に入っていた、物語ではそう書いてあった。だけど、この世界、現実は違う。あくまで自分達の意思で動いている。政府はむしろそれを正そうとしていた。しかし、タケルたちが小学生になるあたりで、もう諦めてしまっていた。この前も物語を肯定した大臣が「反科学・陰謀論者」として吊し上げにあい、議員辞職していた。


昔の週刊少年ジャンプは今とは全く別物だったらしい。7つの球を集めれば願いが叶う龍が出てくる話、体の中に狐が入ってる忍者の話、あげればキリがない空想の話が沢山あったそうだ。それが今では科学論文雑誌になってしまった。

ニュース番組と呼ばれるものも、「コレクティブメモ職人」たちによれば、「切り取り報道をすることで、事実に反することを広めている」として格好の餌食になり、どこのテレビ局もやらなくなってしまったらしい。タケルが物心ついた時には、テレビは天気予報を映す機械になっていた。


「は〜い?どちら様?」

「同じクラスの早川と言います。マリさんいますか?プリント持ってきて。」

「あら〜タケルくん!ちょっと待っててね、今開けるから。マリならいるよ。」

インターホン越しの会話は毎回慣れず、ぎこちなさを誤魔化すので、タケルは精一杯だった。


クラスのみんなはマリが休んだことは知らない。

だけどタケルは心当たりがある。

今日こそ確かめよう。


おじゃまします!


柄にもなく、ハキハキと通る声を出してタケルはマリの部屋へ行く。

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