第38話 根深く 呆気なく

 ルクスエの嘘が事実に接触し、焦りを滲ませ始めていた従者が口を滑らせた。

 5年。余りにも長いカルアの苦しみに加え、イヴェゼ達が隠そうとする業の深さに、怒りと殺意が煮えたぎる。 

 様々な知識と刺繍の技術、そしてリシタをカルアへと与えた両親が、一体どうなったのか。亡くなっていると察してはいた。その死因にラダンの村人が関係しているのも分かっていた。

 忌み子に関して村八分、迫害を想定していたが、黄金に目を眩んだ結果なんて。


「……彼の両親をどうした?」


 威嚇をする様に低い声でルクスエは問う。

 広間には張り詰めた空気が支配し、口を滑らせた従者は顔を青ざめる。


「買い物の為に下山をしている最中に、竜に襲われたそうです。無残な事件だと」

「つい先ほど、忌み子の力が竜避けに使えると言ったのを忘れたか」


 イヴェゼは事故を装うとしたが、何もかもが遅い。

 カルアの父は黄金竜の堅殻あるいは自然金に似たあの物質を発見し、研究対象にしようとした。

 しかしイヴェゼ達はそれを良しとせず、関係に亀裂が生じ、結果。


「おまえらが」


 声を発しようとした瞬間、イヴェゼは料理の盛られた大皿をルクスエに向けて投げる。従者たちは皿を蹴り上げ、懐に隠していた短刀を抜こうとした。

 だがどれも一歩遅く、ルクスエは大皿を躱し、瞬きの暇を与えない程の速度で間合いを詰め、イヴェゼを押し倒した。

 大皿は床に強く打ち付けられ、大きな音を響かせながら破片を散乱させる。


「動くな」


 抵抗を試みようとしたイヴェゼだったが、その首に冷たい竜の牙の刀を感じ取り、動きを止める。従者二人は短刀をルクスエへと向けようとしたが、大きな物音に中へと入って来た戦士達を見てたじろいだ。


「忌み子に絆されたか」

 イヴェゼは失笑する。


「醜い姿に化けて同情を誘った挙句に、虜にする為に身体を使ったか」

「不誠実な対応を取り続けた貴様が、何を言おうと無駄なことだ」


 アタリスの兄である医師が、化ける力の有無について証人となりえる。最初から信用が地に落ちた状態のイヴェゼが何を言い、取り繕うと意味を成さない。


「忌み子め。あの男の穢れた血を受け継ぐだけはある」

 肩を揺らし、イヴェゼは大いに笑った。


「全ては、あの男のせいだ! 俺のラシェッタを洗脳し、汚した挙句に子供を身籠らせた! あの醜き腹のふくらみを思い出す度に、身の毛がよだつほどだ!」


 逃げられないと悟り、声を上げるイヴェゼの瞳には、歪み、壊れた光が宿っている。


「哀れなラシェッタはあの男によって、餓鬼と忌み子を産まされた。彼女の笑顔は、私に向けられる筈だった! 彼女の腕は、俺の娘を抱くはずだった!」


 一方的に責任と感情を押し付け、妄想を並べる傲慢さ。カルアの母ラシェッタが逃げたのも通りだ。


「この黄金は、ラシェッタからの愛だ。私への、あの男から逃れるために死んだ彼女が残してくれた、愛だ! あの男に奪われるわけにはいかなかった。俺が使って何が悪い!?」


「……ラダンの村はどうなった」


 込上げた怒りは、その壊れた男によって嫌悪を生み出す。


「死んだ親父ばかり崇めるあんな村、滅びて当然だ」


 吐き捨てられた言葉に従者の2人は驚き、持っていた短刀は手をすり抜け、床へと落ちた。2人は、ラダンの村を守るために来ていたのだ。故郷を守る為なら罪を犯す覚悟であったが、イヴェゼの独善に乗せられていたと知り、動揺し、身体を震わせる。


「病気の両親の為だと嘘を抜かし、薬がほしいと頭を下げるあの餓鬼は実に愉快だった。材料となる薬草の場所を教え、崖から落としてやった」


 愛を語りながら見殺しにする支離滅裂な言動。理解しがたい行動に、この場にいる多くの者が顔をしかめる。


「あの忌み子は、愚かにもラシェッタの顔で産まれて来た。育つにつれて、ラシェッタが俺を哀れんで送ってくれたのだと気づいた。使ってみれば最初は泣き叫んだが、徐々に従順になった。あれを差し出せば、来訪者たちも喜んでくれた」


 竜の牙の刃が、イヴェゼの首の皮に触れ、一筋の赤い線を描く。


「俺を殺す気か?」


 勝ち誇るような笑みを浮かべるこの男を、今すぐにでも殺さなければならない。

 強く、強くそう思い、ルクスエの手に力が籠る。


「人を平然と殺す化物め。俺は一度だって、あいつらに刃物を向けた事はないというのに」


「報告いたします!!!」


 イヴェゼの言葉を遮ったのは、ルクスエでもアタリスでもなく、息を切らしてやって来た若い戦士見習いだった。

 周囲の目もくれず走って来た見習いは、現場を見て大きく慌てる。


「どうした? 話して見なさい」

 これまで沈黙を貫いていたアタリスが、報告をする様に促す。


「は、はい! 西の見張り台に襲撃があり、交戦。襲撃者を捕えることに成功しましたが、アイアラさんが手に負傷しをし、忌み子が錯乱して、力に当てられたと思われる走竜が暴れています!!」


 見習いは姿勢を正し、イヴェゼを抑えるルクスエに顔を向ける。


「アイアラさんより、伝言です!〈さっさとカルアさんを助けに来なさい〉だそうです!」


 毅然と喝を入れる親友の言葉。

 全ての色を混ぜた黒の感情に飲まれ、底なしの沼に落ちそうになったルクスエの心に光が戻る。


「後の始末は私達がやっておく。ルクスエは早急に西の見張り台へ行きなさい」

「……はい」


 アタリスの従者達がイヴェゼの両手足を掴み、ルクスエはその場から立ち上がろうとする。


「カルア? おかしな名前を付けたものだな。あれは」

「黙れ。喋るな」


 イヴェゼが嘲笑った瞬間、ルクスエは床へと刃を突き刺した。紙一重の距離に刺された刃に、イヴェゼは息を呑み、冷や汗を流す。


「後を頼みます」


 ルクスエはそう言って、協力者たちに目配せをすると、直ぐに西の見張り台へと走り出す。

 散乱した料理と割れた大皿。その中で、妄言を吐き続けながら拘束されるイヴェゼ。意気消沈する2人の従者は、戦士達の指示に従い歩き始める。

 座り込むデハンは、ただ茫然と眺め続けるばかりだった。


「デハン。ラダンとの連絡の仲介に入り、こちらへ情報を全く流さなかったね」


 遠方へ手紙や荷物を送る際、行商人や戦士に頼むのが通例だ。テムンがラダンへと連絡を最初に試みた際、アタリスと共に出向いた経験のあるデハンに手紙を送る依頼をしていた。そこで、両者の繋がりが生まれてしまった。


「ア、 アタリス様。私は町の為に……」

「情状酌量の余地はあるだろう。しかし、この様な事態を招いた罰は受けてもらう」


 ちらりと物陰をみれば、こちらの様子を伺うテムンの母がいる。事が済んだと言うのに、血の気を失った顔で怯えている。

 金メッキのような名誉と名声に目が眩み、危うくなり始めた立場から逆転を狙った愚行。

 三名のおおよその共通点を見抜いたアタリスは、静かにため息を着くと立ち上がった。

 

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